メールマガジン「P.E.N.」バックナンバー

日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第64号 2008年6月26日

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目次
1)シンポジウムのお知らせ「女性と戦争IV」沖縄集団自決訴訟とNHK番組改変訴訟
2)「新型インフルエンザ対策を求める声明」を発表
3)世界P.E.N.フォーラム『災害と文化』報告(3)
4)「電子文藝館」のご案内
5)編集後記「ぺんぺん草」

//////////////////////編集長:高橋千劔破 編集:鈴木康之 記事:穂高健一////
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■シンポジウムのお知らせ
「女性と戦争 IV」−沖縄集団自決訴訟とNHK番組改変訴訟−

2008年6月28日(土)13:30開場・14:00開演・16:30終了(予定)
会場:明治学院大学 1255号教室
定員:150名 参加費:無料
*事前のお申し込みは必要ありません。当日直接会場へお越しください。
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日本ペンクラブ女性作家委員会ではこれまで3回「女性と戦争」をテーマと
するシンポジウムを開催してきました。4回目となる今回は「沖縄集団自決訴
訟」と「NHK番組改変訴訟」の二つの裁判を通して、「テクスチュアル・ハラス
メント」というべき表現されたものに介入するメディアと権力の問題について
考えてみたいと思います。表現者に対する昨今の問題、それを回避する方策
について、皆様と意見交換ができればと考えております。ぜひご参加くださ
い。
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○第一部 講演「表現をめぐる圧力」
宮城晴美さん (沖縄女性史家、『母の遺したもの』著者)
「"自決"という名の加害性 --ジェンダーの視点から見えてくるもの--」
林博史さん(関東学院大学教授、『沖縄戦と民衆』著者)
「なぜ"集団自決"が引き起こされたのか--教科書検定によって歪曲された研究結果--」
西野瑠美子さん(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク共同代表)
「NHK番組改ざん事件と歪められた記憶」

○第二部 パネルディスカッション「表現の危機に現状にどう向き合うか」

会場へのアクセス方法など詳細は日本ペンクラブのホームページをご覧ください。
http://www.japanpen.or.jp/katsudou/event/080628.html
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■「新型インフルエンザ対策を求める声明」を発表

 日本ペンクラブは、6月20日、記者会見を開き、「新型インフルエンザ対策
を求める声明」を発表した。
 記者会見には、阿刀田高会長、浅田次郎専務理事、西木正明常務理事(環
境委員会担当)、森詠環境委員会副委員長が出席。高橋千劔破広報委員
長が司会を務めた。

 高橋広報委員長が、「日本ペンクラブが、新型インフルエンザについて声明
を出すのを奇異だと思われる方もいるだろうが、日本ペンクラブには環境委
員会がある。環境破壊が我々の平和を脅かしている。メンバーには専門家も
いるので、今回の声明ということになった」と始め、出席者がそれぞれコメン
トを述べた。

 阿刀田会長は、2月に世界ペンフォーラム「災害と文化」を開催したことに触
れ、「病気による災害と文芸も大きな関わりを持っている。文学にとって、災
害のもたらす意味は大きく、ずっと関心を持ち続けていた。伝染性の疾病とい
うのは、文化交流の負の部分でもある」と述べた。

 浅田専務理事は、スペイン風邪で、たくさんの人とともに文学者も亡くなっ
たことを挙げ、「あらゆる災害は文化破壊につながる。それを防ぐために訴え
るのは日本ペンクラブの使命だろうと考える。危機管理について、日本人は
うとい面がある。総合点を付ければ完成度は高いが、唯一劣っているのは危
機管理の面。国家がどうにかしてくれるだろう、元々が平和な国だから、何と
かなるだろうという意識がある。今回のことは、もしかしたら、かなり危ないこ
とになると思う。マスコミを通じても、真剣に訴えかけていきたい」と話した。

 西木常務理事は、アフリカでラッサ熱の流行に遭遇したことを話し、西ナイ
ル熱が合衆国でも散発的に発生していることを挙げ、「赤道直下に限定され
ていた疾病が、あちこちに拡散するようになってきた。いまや、世界的な環境
問題として、捕らえざるを得ない」と続けた。

 記者からの質問は、「なぜ日本ペンクラブが新型インフルエンザについて声
明を?」というものが多かった。
 それに対し、浅田専務理事は、「僕は、文学者は社会に対して相当の責任を
負うものと考えている。日本ペンクラブには多様な文学者、詩人、編集者、
作家、エッセイスト、ジャーナリストもいる。当然、必要な態度であろうと思う」
と明確に答えた。

 また、森副委員長は、「とにかく、日本の技術を使ってワクチンを作ってほし
い。その上で、余裕があるなら、アジアの人たちにも手をさしのべてほしい」
と付け加えた。

声明の詳細は、日本ペンクラブのホームページをご覧ください。
http://www.japanpen.or.jp/seimei/080620.html

(構成:鈴木康之)

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世界P.E.N.フォーラム『災害と文学』報告(3)──挨拶と講演

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 前回までの2回で、最後に出演者が一堂に会して語り合った「インターナショ
ナル・スピークアウト」の流れを追いながら、フォーラムの様子を紹介しまし
た。第3回は、開会式、閉会式の挨拶、講演、スピークアウトから、出演者の
発言をご紹介します。
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●基調講演=大江健三郎さん

 大江健三郎さん(ノーベル文学賞作家、日本ペンクラブ会員)の基調講演
は、「『意志の行為としての楽観主義』に向けて」と題されていた。

 総合司会の中村敦夫さんが、「大江さんの書斎には、広島と東京の写真が
飾られているそうです。一つは四国の山深い故郷の写真。もうひとつは戦争
によって廃墟になった東京の写真です」と紹介した。「ふたつの写真は今回の
フォーラムの中心的なテーマにかかわるものです」と説明した。

 大江さんは12歳からの3年間で、四国の狭い谷間の寒村で過ごした。敗戦
から占領時代だった。空襲で焼けた地方都市の復興が進められた結果とし
て、木材需要から山林は乱伐されて、荒廃した。嵐のたびに、谷川の濁流が
渦巻き、氾濫する。その都度、村の半鐘が鳴りひびく。自宅の真下の川が不
気味で怖かった、と少年の目で語った。人間の仕業である戦争と、自然の猛
威の嵐と洪水とが結びついているのだと語った。

 第二次世界大戦の末期、沖縄のふたつの島で、集団自殺が起きた。家族
がみずからの手で身内を殺す。その悲惨さは、人間が起こす戦争という災害
なのだという。
 大江健三郎著『沖縄ノート』が名誉毀損に当たる、と告訴された。被告人の
立場で、大江さんは係争の論点をも説明した。

 大江さんは重度障害者の息子をもつ。「自分の家庭を回復させなければな
らない、という個人的な災害もあります」と話す。

 それらを踏まえたうえで、大江さんは災害には3つあるという。自然災害、異
常な人為的な行為で起きる戦争、それに個人的災害だという。

 近い将来は大地震が東京を襲う可能性がある、書斎で四国の写真と、廃墟
の東京の写真を見ながら、「関東大地震なみの、大混乱の街なかで、知的
障害者の息子と逃げ惑う、そんな自分を想像するのです」という。それは恐
怖だ。その反面で、「なんとか生きながらえるだろう」と楽観視する自分を発
見するのだと語った。
 それはエドワード・サイードのことば、「意志的な楽観主義」だと結んだ。

●「スピークアウト」=ユージン・ショールギンさん

 国際ペンのユージン・ショールギン事務局長は、開会式の挨拶で、「ヨーロッ
パにはあまり災害がない」と話した。特に母国のノルウェーは人口が少なく、
国土の面積の大部分は荒野だ。「嵐が荒野の上を吹きぬけ、樹が打ち倒さ
れていく程度で、災害はつねに限定されている」。ユージンさんは個人的な
体験を持つという。

 15歳のユージンさんは、親しい4人の友人たちと、数日間、山の上のコテー
ジで過ごした。ある日、友だち4人はブリッジをやっていた。ユージンさんはブ
リッジをやらないので、独りスキーを履いて山の方に向かったのだ。
 好天気だった。しかし、数時間後にはスピードの速い、ひどい嵐が襲ってきた
のだ。ユージンさんは完全に方向を見失ってしまった。雪は顔にびしびし当た
るひどい状況に陥った。それでも、ルートを探して数時間、さまよった。最終
的には無理だと判断した。

「私は雪の穴(雪洞)を掘り、2晩まるまる、そこで過ごしました。3日目の朝に
はやっと嵐が静まった。雪の穴から出たところ、小屋から50メートルしか離れ
ていなかった」
 人間がひとたびひどい状況に陥り、生き残る可能性がどんどん減っていく状
況下になると、『自分は生きたい』という意志がどんどん強くなっていく。

「災害の渦中では不条理な、理解できない出来事でも、人間は生き延びれ
ば、それだけ強くなる。それは病気の場合でも、嵐の遭遇でも同じ。残りの
人生はその力をもって生きることができる」
 ユージンさんは15歳の、48時間の非常に個人的なものだったが、それは自
分を強くしてくれた経験だったという。

●「スピークアウト」=阿刀田高さん

 最終日のリレー・トーク『インターナショナル・スピークアウト』で、阿刀田さん
は、「私が被った災害で、人為的な災害を二つ思い出しました」と切り出し
た。ひとつは第二次世界大戦のさなか、長岡で大空襲を受けている。「これ
は大変なものでした」と語った。
 もうひとつの災害は昨年5月に日本ペンクラブ会長に就任したことだという。
「大変な災害に遭ったな、と痛感しています。この災害はずっと続きそうな気
配があります」と話し、会場の笑いを誘った。

 阿刀田さんは日本ペンクラブ会長として、同フォーラムを総括した。「開会式
では、冒頭に3つのことを話しました」といい、あらためて取上げた。
 1番目には、災害を伝える面で、文字は映像的な手段にとてもかなわない。
しかし、災害後の後にはシンキング(考えること)、哲学などがあります。それ
は文学がいちばん伝えられるもの。それを掘り下げてみる。それがこの
フォーラムのテーマでした。
 2番目には、アジアの国々は国際ペンとのかかわりが非常に薄い。アジアの
皆さんにはこのフォーラムに参加していただき、アジアの声を国際ペンに届
かせる、という狙いがありました。
 3番目には、フォーラムが小難しいことばかりだと退屈でいけない。災害を
扱って、すこし拙いかなと思いましたが、参加された方が楽しい想いができ
る。それも添えたかった。
「この3つを狙っていました。この3つが見事に結集されて、成功いたしました」

「大江健三郎さんの基調講演の題名『意志的な楽天主義』を最初に聞いたと
き、これは難しいな、と思いました。しかし、打ち合わせや約束したわけでも
ないのに、大江さんは、『災害はどうしても来るものだ。災害のあとで、人間
はどう生きていくのか、どう考えていくのか。どのように楽天的な、ポジティブ
なものを考えていくか』と見事に話してくれました」

「災害を扱って、不謹慎かもしれませんが、今回のフォーラムは非常に面白く
できました。大勢の方々に参加していただいて、ご協力いただき、こんなにう
れしいことはない」
「災害のあとには喜びがある。会長に就任して、こんな喜びもあるのかな、
感激している、今日この頃です」と結んだ。

●「スピークアウト」=古川隆之さん

 全労済副理事長の古川隆之さんは、北海道出身である。「個人的な災害で
すが、私が中学生のころ、大雨による空知川の水害で、わが家が流されま
した。それも、2年続きでした。当時はまだカメラが普及しておらず、幼稚園、
小学校入学時には写真館で撮ったものです。それら写真が水害で全部流さ
れてしまいました。とても悲しい出来事でした」

●閉会式=井上ひさしさん

 閉会式では、日本側の作家代表として、井上ひさし(前会長)が挨拶に立っ
た。「大成功の4日間でした。日本ペンクラブの一員として、誇らしい」と始め
た。
「人間は生まれたこと自体が災害です。羊水にいたときは暖かく薄暗い、とて
も良いところで幸せでした。おぎゃあ、と泣いて呼吸をはじめた。災害だらけ
の世界に生まれてきたわけです。考えてみれば、災害ばかりの人生です。最
後は老いて死ぬという災害というか、救いというか、それが待ち構えている」
と井上ひさし流のエスプリのきいた話で、会場を沸かせる。

「大自然は、(地球上で)災害をやったと思っていません。すべて人間の受け
止め方で、どういう被害に遭ったのかは、すべて人間の問題です」と鋭く入っ
ていく。
「一番我慢できないのは、一部の人間が大勢の人間に対して傲慢になり、権
力とか、金の力で、災害を与える。これだけはガマンできません。たとえば、
戦争であり、カトリーナ(アメリカ・ニューオーリンズの堤防決壊)も人災でし
た」と井上さんは話す。
「お金とか、力とかを持っている人が他の人たちに災害を与え、平気な顔を
している。大勢を犠牲にして、ヌクヌクと生きていく」と強調した。

「戦争は平気で、人工的にひとを殺す災害です。文部科学省が教科書用に
決めた数字、つまり国が認めた数字によると、第二次世界大戦で、アジアの
人が1550万人殺された。約1000万人が中国の人たち。550万人はほかの
アジアの人たち。日本はアジアにとんでもない災害を作りだした。それに対し
て反省をしている人と、まったく反省をしていない人がいる」と続ける。
いま現在でも、私利私欲のために大勢に災害を与えている人がいる。日本
のジャーナリズムはこれら災害を取上げない。「日本のジャーナリズムそのも
のが、災害になっている」と批判した。

●閉会式=莫言さん

 外国を代表して、中国の莫言さんが、今回のフォーラムに参加できたことに
謝意を表した。
「人類の歴史をたどってみますと、さまざまな災害との戦いの歴史です」。地
震、台風、干ばつ、洪水、火災、イナゴ、疾病。それらがもたらす飢えと寒さ
がたえず人類を痛めつけてきた。
「自然災害では、魂と肉体が過酷な試練を受けます。災害で、人間の心はよ
り美しくも、非常に醜くなることもあります。正確な数字はわかりませんが、
きっと戦争で死んだ人の数は、自然災害で死んだ人の数をはるかに上回る
ものと思っています」。
 そして、世界各国の芸術家はみずからの作品のなかで、戦争に反対し、平
和をたたえることがつとめだと強調した。

「地球温暖化で氷が解け、海水が上昇し、環境が汚染されています。これは
大自然が人類に対する報復です。『地球はみんなの家』であり、美しく青い
地球は宇宙の奇跡でもあります」。人間がもし自分たちの狂った欲望を抑え
ることができなければ、きっと大自然の厳しい報復を受ける、と予見するの
だ。
「国家の利益は何よりも勝るものではなく、全人類の利益こそが、何よりも尊
いものです。文学、芸術にたずさわる、私たちはみずからの責任を認識し、
人類社会が美しい方向に発展していくように、力を尽くすべきです」と結ん
だ。

●閉会式=浅田次郎さん

 閉会式の最後に登場した浅田さんは、「芸がないので、出番が4日目の一
番最後にようやくステージに立つことができました。私は東京生まれの東京
育ち。申し訳ないけど、災害に遭ってない。幸運を申し訳ないというのも変な
話ですが。小説を書く場合にも、災害というテーマは引き出しにくい」と切り出
した。
「災害が少ないから、ここに大都会の東京ができた。大都会があるということ
は、最も自然災害が少ないところ。だから、人が集まり、都ができる。東京は
自然災害の危険性が最も少ない土地の一つです。80数年前には関東大震
災があった。その後、大きな災害はない。60数年前は、人為的な災害の戦
争で、焼け野原になりました」
 浅田さんはその後に生まれたために、戦争も、災害も知らない人生を送って
きていると話した。

(構成:穂高健一)

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■日本ペンクラブ「電子文藝館」のご案内

 5月〜6月に新しく掲載された文藝作品です。閲覧はすべて無料です。

*招待席 反戦・反核
水野 廣徳(みずのひろのり 海軍軍人、評論家)「平和への直言」

*随筆
高橋 千劔破(たかはしちはや 文芸評論家)「虫の日本史」

*詩
薬師川 虹一(やくしがわこういち 詩人)「風化」
福田 純子(ふくだじゅんこ 詩人)「鳩子ひとりがたり 抄」

*短歌俳句
折口 春洋(おりくちはるみ 歌人、国文学者)「鵠が音」

http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/

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<<ぺんぺん草>>

 日本ペンクラブには多くの委員会があって活動している。「新型インフルエン
ザ」に関する声明は、環境委員会からの提案だ。

 環境委員会は比較的新しい委員会で、1997年、諫早湾干拓潮受堤防の締
め切りを契機に、翌年設立された。諫早湾の沖合に築かれた7キロに及ぶ長
大な潮受堤防が締め切られたことによって、ムツゴロウをはじめ多くのギャ貝
類が生息する世界有数の干潟は、広大な死の海と化した。

 1998年5月、環境問題に関心の高い当時の梅原猛会長以下、加賀乙彦・
下重暁子・小中陽太郎・加藤幸子・高橋千劔破の各理事で、諫早湾を視察
した。農地確保のための干拓事業といいながら、一方で、減反政策を押し進
め、干拓の理由は二転三転して判然としない。ただはっきりしていることは、
すでに数千億円という金がつぎ込まれ、さらに何百億円の金がかかるという
ことだ。

 死んだ干潟には累々と貝殻や魚の骨が散乱していた。農水省の出先機関で
ある立派な干拓事務所を訪れ、干拓の意義を聞こうとした。ところが、門前
払いを食わされた。所長はエライお役人であり、物書きごときがアポも取らず
に来ても、会見するいわれはない、ということであった。

 いや皆さん、これ本当のことですよ。同行した新聞記者も、干拓事務所役人
の高飛車な態度にはビックリ。梅原会長以下、訪れた人たちの名前も知らな
い彼らとすれば、当たり前の応対であったのであろう。
 これをきっかけに、環境委員会がつくられた。自然は人類の共有の財産で
あり、風土は文学の故郷だ。無謀な環境破壊には、断乎声を上げていこう、
ということである。

 今回の「新型インフルエンザ」に関する声明も、環境委員会としては看過で
きない問題なのである。(高橋千劔破)