●日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第57号 2007年12月6日
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目次
1)「ペンの素顔」第3回・国際委員会 井出勉委員長に聞く
2)世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」出演者に直撃インタビュー
──火山列島に生きる・高田宏さん──
3)世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」参加申込について
4)イベントのお知らせ 言論表現委員会
5)日本ペンクラブ「電子文藝館」のご案内
6)編集後記「ぺんぺん草」(高橋千劔破)
//////////////////////編集長:高橋千劔破 編集:鈴木康之 記事:穂高健一////
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■「ペンの素顔」第3回・国際委員会 井出勉委員長に聞く
──国際ペンが日本に期待すること
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日本ペンクラブは、第15代阿刀田高会長の下で、各委員会の再編成が行なわれ
た。その一つに、新たに国際委員会が発足した。従来の外務室と国際委員会を統合
したものだ。委員長には井出勉(つとむ)さんが任命され、7月の理事会で承認され
た。
インタビュアーは広報委員会の高橋千劔破(ちはや)委員長と、鈴木康之副委員長
のふたりである。
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●獄中作家・人権委員会をサポート
[高橋] 日本ペンクラブは国際ペン(本部・ロンドン)に所属する国際的な団体です。
来年2月には世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」が開催されますが、今後日本ペ
ンクラブが国際面で担う役割は大きいと思います。
そこで、井出委員長に国際委員会の現状、今後の展望、抱負を語ってもらいたいと
思います。まず上部組織の国際ペンについて、お話いただけますか。
[井出] 国際ペンはユネスコと協力関係にあります。メルマガの読者は、ユネスコと
いえば「世界遺産」などでご存知でしょう。国際ペン本部は、文化的なことを担うユ
ネスコから一部補助を受け運営されています。
国際ペンで何が行われているのか。何が問題で、どんな課題が取り上げられてい
るのか。私たち国際委員会は、それを日本ペンクラブにしっかり伝えることが重要だ
という認識を持っています。と同時に、国際ペンから日本の役割を発信してもらう。そ
れを日本ペンクラブで検討し実行する、という方向性を作りあげたいと考えていま
す。
[高橋] 日本ペンクラブの会員は、日本語、日本文学には精通していますが、外国
語、外国文学に精通する人が少ない。国際的な視野が弱くなりがちの側面がありま
す。それだけに、国際委員会にはサポートしてもらう必要があります。委員会の多く
は国際ペンと連動しているわけですから。
[井出] 外国のペンセンターの方々と交流するとき、外国の文学者が来日されたと
き、国際委員会がそのお手伝いをする。これも主要な任務の一つです。
外国のペンセンターとの交流ですが、メルマガ読者にわかりやすいのは、「獄中作
家・人権委員会」でしょう。日本には、書いたことで逮捕されたり、獄に入れられたり
した人は現在はいません。刑務所から出所後に作家になった人はいますが、それは
獄中作家ではありませんね。日本に獄中作家がいないとなると、日本ペンクラブの
「獄中作家・人権委員会」の「獄中作家」については国際的な活動になってきます。
[鈴木] 永山則夫さんは騒がれましたけれど、それは獄中作家ではない。そうです
ね。
[井出] はい。他の犯罪で死刑囚になった人が文学作品を書いても、それは獄中作
家ではありません。
このたび多大な関心を持ったのは、奈良地検と草薙(厚子)さんとの関係です。彼
女が捕まれば、釈放闘争で、日本ペンクラブは国際ペンに報告し働きかけをしたと
思います。国際委員会としても、国際ペンへの橋渡しの役を引き受けるでしょう。し
かし、日本ペンクラブなどの抗議もあり、検察も草薙さんの起訴は最終的に断念し
ました。
ただ、海外でも、「書いたものが悪いぞ」といって捕まるケース以外に、政治的な意
図の弾圧があって、他の理由で作家が捕まる。「おまえは、反政府的な転覆活動を
やっている」と、そっちのほうで捕まえるので、判断が難しい場合があります。
●来年は国際ペンが定める「アジアの年」
[鈴木] メルマガの読者に対して、井出さんが作家になられた動機とか、現在まで
の経緯をお話していただけますか。
[井出] 私はかつて日本航空に勤務していました。そこからNGOジャパン・プラット
フォームの事務局長としての出向しました。アフガン、東チモールに滞在した経験を
もとに小説を書き、出版しました。それが縁で日本ペンクラブに入会させてもらいま
した。
米原(万里)さんの誘いで、最初はスロベニアの国際ペン大会に参加しました。語
学ができるとか、海外活動に向いているとかで、外務室の委員に推されたかと思い
ます。
今年の春には、阿刀田高会長の新体制の下で、外務室が国際委員会に統合され、
私が委員長に任命されました。さらに縁があって、12月末からは日本ペンクラブの
事務局長代理という専従者の立場からも、国際活動を行なうことになりました。
[鈴木] スロベニアのほかにはどこの国際ペン大会に参加されましたか。
[井出] ベルリン、ダカールと3つの国際大会に、オブザーバーや代表で参加してい
ます。これら国際ペン大会に参加してみて、日本ペンクラブはアジアのなかでも有
数のペンセンターであり、各国からの期待が非常に大きいと実感しました。
[鈴木] 期待とは具体的にどういうところでしょうか。
[井出] 今年7月にはセネガルの首都ダカールで、国際ペン大会が開催され、日本
ペンクラブから堀武昭さんが理事の1人に選ばれました。アジアでペンの存在がま
だまだ小さいなかで、堀さんの当選の意義は大きいものがあります。一つには国際
ペン本部の運営に関する発言権を確保できたことです。一方で、今後の国際ペン
の活動に一定の責任を負うことになりました。
来年は国際ペンが定める「アジアの年」です。理事国入りした日本への期待が強
い。具体的には、アジア全体の国の数から見れば、ペンセンターの数が少ない。オ
セアニアをのぞけば、常時活動しているのは台湾、韓国、フィリピン、香港のペンセ
ンターくらい。ペンセンターの存在が弱いのです。国際ペンのロンドンから見て、ア
ジアは遠くてよくわからない部分があります。それだけに、日本ペンクラブから、アジ
ア諸国へのペンセンター加盟の働きかけが期待されているわけです。
[高橋] アジア全体を見渡せば、言論の自由がない国があったり、抑圧的な国があっ
たり。出版事情が悪い国、出版そのものが成り立たない国がありますね。そうした背
景があるだけに、ペンセンター加盟が期待されますね。
[井出] そうです。国によってはペンセンターの存在はあるが、活動が停止していた
り、出版は盛んでも、ペンがなかったりする。時々ペンの会議に出席する程度のとこ
ろもあります。亡命者が海外でペンセンターを作っているケースもあります。国際ペ
ンとしては、日本ペンクラブがアジア事情をよく知っているし、よく見えない部分は日
本を通して知りたいという面が強い。
日本ペンクラブとしても、国際ペンと連携して、アジアのペンセンターの数を増やし
ていきたい。しかし、一部の国では、国際ペン憲章が国家の在り様と矛盾したり、対
立したりしています。建前では「言論表現の自由」を言っても、現実は難しい国もあり
ます。
[鈴木] アジア各国の国情はそれぞれ複雑ですから、簡単にはいかないでしょうね。
[井出] 実に多様です。文学者がペンセンターを立ち上げて加盟する、という単純な
図式では成立しません。国際ペンの立場は、アジア各国がそれぞれ複雑な状況下
にあったとしても、ペンセンターのある国を増やしていく。そして言論の自由、表現の
自由、少数言語を守っていく姿勢です。それが文学者の自由な活動ができる環境
づくりにつながります。
そのためにも、日本ペンクラブは過去の経験をアジアの国に伝え、ペンセンター設
立へと啓発していくことです。一つの国がペンセンター支部を作るには、設立までの
手続き、やり方などが決まっています。それらを伝え、設立準備の手助けをする。国
際ペンは、日本ペンクラブにそういう働きかけを期待しています。
[鈴木] 今回、日本ペンクラブがミャンマー政府への抗議声明を出しましたね。国際
委員会はそのお手伝いをされたわけですね。
[井出] はい。世界の政治や経済が動けば、文学にもいろいろなことが起こります。
文学者はそれを避けて通れない。ミャンマーも同様です。「獄中作家・人権委員会」
は前々からミャンマーの人権状況にいろいろ関わってきました。今回、日本ペンクラ
ブが声明を出す段階で、国際委員会はそのお手伝いをしました。
[鈴木] 日本ペンクラブでも、日中の交流は盛んですが、井出さんは中国に行かれ
たことはありますか。
[井出] まだありません。日本ペンクラブが創設されたのは第二次大戦前であり、言
論の危機的状況のなかで作られました。現在も将来も、日中文学者の交流が平和
を作っていくことにつながる。これは日本ペンクラブの存在意義の一つです。
日中文学者交流は毎年行なわれています。開催地は交互ですから、私も近いうち
に中国に訪問することになるかもしれません。
[高橋] 日本ペンクラブとしては、中国のみならず国際ペンと連携し、アジア各国と
も幅広く文化交流、文化活動を展開していく必要があります。日中関係に類似した、
文化友好関係をアジアのなかでいっそう推し進めていく。文学者同士の対話を促進
していく。それがアジアのなかで平和を築いていくことにつながります。
[井出] 同感です。海外のペンセンターと積極的に文化交流を推し進めていく、窓口
の一つとして国際委員会があります。日本ペンクラブの海外文化交流が盛んになれ
ば、諸外国から作家が来日し、懇談をする場が多くなります。そのサポート役も担っ
ていきます。
[鈴木] 現在、アジアには文化交流のネットワークはあるんですか。
[井出] 今はありません。ネットワークを作るほど、アジアにはペンセンターがない。た
だ、ネットワークを作る試みはあります。ペンセンターができれば、そこを窓口にして
連絡が取りやすくなるし、文学者の国際交流が盛んになり、メリットは大きいものが
あります。
●「たがいに会わないと交流が進まない」
[鈴木] 日本ペンクラブに期待されるものとして、他に各国からアプローチされるの
は何がありますか。
[井出] 各国から、日本の著名作家を「私たちの言語で、翻訳して出版したい」という
希望がかなり出てきます。問題は翻訳です。
「文学者どうしの交流は、その人の作品を読まないとわからない」と阿刀田高会長
がよく言われています。読むためには翻訳しなければならない。
どこの国でも、翻訳ビジネスはなかなか難しい。少数言語の場合はとくにコスト面か
らもハードルが高い。これは私見ですが、国際ペンはユネスコの文化活動の一環で
すから、日本政府がグローバルに捉え、世界少数民族への翻訳活動、出版活動の
サポートを行う。日本政府がとりわけ少数言語の人たちの出版サポートをすれば、
世界の隅々まで日本文化を伝えることになります。日本政府が国際的な文化発展
に寄与する一翼にもなりますし、外交手段にもなりえます。
[高橋] 井出さんは語学は何カ国語できるんですか。
[井出] 英語、スペイン語、フランス語の3カ国語です。国際ペン大会では、ともに会
議の公用語です。3カ国語の同時通訳がついています。驚くことに、委員会は英語、
フランス語は、通訳なしでもいい。つまり、委員会ではこの2カ国語ができなくてはい
けない、という原則がある。実際は文学者の誰もが2カ国語を喋ったり、聞けたりでき
るわけではない。ところが、フランス人はいきなりフランス語で始める。アジアの人た
ちは、フランス語で始まったらもう大変、ボランティアの英語の通訳が現れたりす
る。
ただ、開催国の場合は、委員会でも現地語は使えます。ドイツで開催したら、ドイツ
ペンの皆さんはドイツ語で喋っている。日本で国際ペン大会を開けば、日本語で大
丈夫です。
[鈴木] 国際ペン大会で、日本はどのような存在ですか。
[井出] 国際ペンは圧倒的にヨーロッパ系の国が多い。ラテンアメリカも多いですけ
ど。見渡せば、アジアの数が少ない。そのうえ、アジアのペン活動に対する欧米の認
知度が低い。
しかし、日本ペンクラブは会員数が約2000人、年間イベントを企画し、活動し、社
会に与える影響がある。世界のペンの人たちから見れば、日本ペンクラブは組織が
しっかりしているし、活動そのものが世界のペンセンターのモデルの一つという評価
があります。そのうえ、出版文化が豊かな大国です。
私たちが国際ペン大会に出て、胸を張って言えることは、日本ペンクラブがふだん
国内できちんと活動をやっている。同時に、アジアの友だちがたくさんいることで
す。
[鈴木] 国際ペン大会で、世界から集まる各代表は何を問題にしているのか、どうい
うことを議論しているのか。もっと知りたいところです。
[井出] 文学セッションでは、面白い話がいっぱい聞けます。なまじ政治家、出来合
いのメディアよりも、文学者は変なことを考えている(笑)。政治を越えた哲学的なこ
と、世界観、人間というものが語れる。そのほうが面白いし、訴えるものがあります。
文学者たちの根底には「互いに会わないと交流が進まない」という考えがあります。
書類、電子メール程度の世界では納得しない。顔を付き合わせた、魂の交流の場が
大切、という認識です。言葉の問題を克服できれば、いろいろな国の作家の生の声
を聞きたいし、そこに興味があるわけです。
国際ペンはグローバル、インターナショナルな組織です。各国のペンセンターだか
らといって、国の代表、政府の代表ではない。物書きは世界共通の立場だから、共
通項でわかり合える。表現の自由、言論の自由についても、原理原則を掲げ、共通
の価値観で、議論ができます。
●海外でいろいろな機会を作る
[鈴木] 表現の自由といっても、国によっていろいろな立場があるかと思いますが。
[井出] その通りです。それぞれの国で、表現の自由、言論の自由の捉え方が異な
りますし、実際にどうなっているのかも違います。政府から圧迫を受けた作家にとっ
て、何をするのが励ましになるのか。困っている作家にとって、書きやすい環境がどう
やって作れるのか。参加者は多様な文化の代表者です。互いに調べたことを交換
し、一緒に現状を把握したうえで、考えながらやっていくわけです。
さらには多様な価値観をどのように尊重するか。たとえば、多くのペンの人たちが
宗教的なこと、民族的なことを複雑に絡めて話しています。聞いていても、わからな
いことがいっぱいあります。書く人たちの問題意識ですから、それらを理解することも
ペンの大事な仕事だと考えています。
国家要人侮辱罪のような、偉い人の悪口を言ったらダメ、という法律がある国に対
しては、言論の自由の点から議論することもあります。ホロコースト(大虐殺)の問題
もしかりです。世界中にそれに似たことがあるんじゃないか、それを取り上げた議論
をするべきだ、いや、必要ではない、など、いろいろな意見が出てきます。
欧米でもセンシティブな課題があります。表現は自由だといっても、自己規制とか、
攻撃を受けることもあります。先進国なりの共通項がある。国際ペンはそういう意味
での情報交換ができる場です。
[鈴木] 国際委員会としては、日本ペンクラブの各委員会が把握していることを国際
ペンに伝えていく。今後も期待されますね。
[井出] 来年4月には、2年に1回行なう国際ペン獄中作家委員会の会議がグラス
ゴー(イギリス)で開催されます。9月にはボゴタ(コロンビア)で国際ペン大会が予定
されています。これらの大会では、日本はミャンマーについて何をしてきたか、奈良
の放火殺人事件に関連の出版問題についてはどういうアピールをしたか、それらを
各国に知らせていきます。つまり、国際委員会としては、日本にはこういう話があるん
だと、世界の場に持っていくことが重要だと考えています。
一方で、会員には極力現地に行ってもらう。海外でいろいろな機会を持ってもらう。
日本の作家の立場で、真摯に対話してもらう。国際委員会としては、そういう場をよ
り多く作ることが大切だと考えています。
[鈴木] 日本で国際大会が開催されるとき、メルマガ読者のなかで、通訳など言葉
の能力で助けてくれる人がいると、国際委員会としてはありがたいと思いますが。
[井出] そうですね。ただ、単に外国語が喋れるだけでは不足の面があります。国際
的な交渉とか、国際会議の通訳など実績ある方のご協力があれば、ありがたいで
す。将来、国際的なイベントが国内であれば、国際会議で活躍した経験ある方々に
ボランティア活動を呼びかけていきます。
[高橋] 長時間、ありがとうございました。日本ペンが国際ペンのなかで、アジアを
中心としたペンの再編成でリーダシップをとっていく。そのためには国際委員会が重
要な役目を担うわけです。井出さんがこのたび日本ペンクラブ事務局に入られる。
国際問題を中心とした面で、より積極的な活動が期待できるでしょう。国際委員会
には一段と、期待が高まります。
(構成:穂高健一)
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■世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」出演者に直撃インタビュー
──火山列島に生きる・高田宏
高田宏さんは小説、エッセイで活躍する作家だ。自然災害に関係した作品も数多
い。世界P.E.N.フォーラムでは、2月25日(月)に『火山列島に生きる』の書き下ろし
作品をみずから朗読する。
作品は8月に脱稿している。いまは、当日映写する災害資料集めのさなかだ。
フォーラム実行委員会のあと別途に、高田宏さんは吉岡忍・相沢与剛(ともつよ)委
員を交え、作品関連の資料入手の打ち合わせを行なっていた。伊豆大島・三原山の
噴火、雲仙・普賢岳の惨事、北海道・有珠山の噴火。これら写真や、映像の一つひ
とつの入手ルートについてのようだった。
「洞爺湖に近い有珠山(うすざん)の噴火はドラマチックだ。それを使いたい」と高田
さんから要望が出た。マスメディアに精通する相沢与剛委員が、博物館、地震研究
所を含めて入手することを引き受けていた。
吉岡忍さんが総指揮者として、「スペース・ゼロ(会場)の両サイドには6つの大型ス
クリーンを設置し、協賛・エプソンのプロジェクターで投影します。災害が生々しく映
し出される。観客が気持ち悪くなるかもしれない」と、火山爆発の迫力の演出を提
案する。それを受けて、「アイスランドのスルツエイ火山が、真っ赤な溶岩流が海ま
でとどく、20世紀の極め付きの映像をみた。4、50年前だったと思う。動画ならば、
迫力は抜群」と高田さんが言えば、「東大地震研究所にあるかもしれない」と3人は
推量を働かせていた。
●自然が豊かだから災害がある
高田宏さんがその打ち合わせの合間をぬって、直撃インタビューに応じてくれた。
「吉岡忍さんが日本ペンクラブの理事会に、災害と文化の世界フォーラムを提起さ
れたとき、私は大賛成でした。吉岡さんからは、火山災害、とくに雲仙普賢岳の火砕
流災害について、という注文でした」。しかし、日本は火山噴火、洪水、地震などに見
舞われる災害列島。「今回の書き下ろし作品は単に火山にとどまらず、もっと広い内
容で、『災害列島に生きる』と言うべきところで執筆しました」と教えてくれた。
「自然が豊かだから災害がある。だから、人間が住むんです」と高田さんは語る。そ
れは逆転の発想か? 高田さんの話を聞くほどに納得できた。
アメリカ中部の大平原は火山、地震、川の氾濫など、およそ災害はほとんどないとこ
ろだが、そこは人間が住むには却って都合が悪いところだと強調する。「サンフラン
シスコ、ロスンゼルスは、気候は温暖ですが、地震災害が多い。それでも人間が大
勢住む」。高田さんの切り口は、なるほど、と唸らせられるものがあった。
「日本は自然災害の宝庫。だけれど、私たちの先人は逃げ出さなかった。自然が豊
かで、恵みの側面があるから、定住しているんです」
言われてみると、日本に災害が多いことを理由に、海外に逃げた人は聞いたことが
ない。
高田さんは若いころ雑誌記者として、狩野川台風や伊勢湾台風を直接取材してい
る。災害地の市街には泥流で、犬、猫の屍骸がただよう悲惨な光景があった。直視
した高田さんは、そこから災害との係わり合いがはじまり、その後の執筆につよく影
響したという。
「自然災害は、人間本来の姿をみせてくれる」と高田さんは話す。いくつかを事例に
挙げてくれた。
伊豆大島・三原山の大噴火では、行政指導で住民が島から全員避難した。数年
後、高田さんは取材を通して、島の住民の本音に迫ったのだ。
「島民は、当時の全員避難させた町長を恨んでいます。次の選挙で、当の町長は落
選した」。そこには島の火山と運命を一体にする島民の生き方や考え方と、行政との
間でずれがあったからだと、高田さんは見なす。
島人は三原山を崇拝し、火山とともに共存する姿勢を持つ。噴火は神様の火、御神
火なのだ。「噴火で、島民の生命は多少とられるかもしれない。だが、先祖の時代
から伊豆大島を棄てる、という考え方は島になかった」。島民は三原山が怒れば、ど
こに逃げたら安全か、先祖からの知恵で知っていた。
当時の町長は都知事と打ち合わせた結果、苦渋の選択ではあったが、人命第一主
義で、島民に避難命令を出したのだ。家畜やペット類も置き去り、地場産業の「くさ
や」のタレもすべて放棄させられた。島民が金銭的、物質的、精神的に失ったものは
多い。
多くのマスコミは、島を渡ってきた人たちをつかまえ、「全員無事に脱出し、島民は
喜んでいる」と報道した。一部には歓喜もあっただろう。だが、島民の総意とか、避
難者すべての感情ではなかったのだ。少なくとも、島民感情を読み違えた町長は、
次の選挙で負けた。
高田さんの説明から、真実は報道の裏に隠されていることが多い、と改めて教えら
れた。
●ラストシーンはトランペットで
「自然災害は現地取材が重要です」と語る高田さんは、岩手県・三陸海岸にも足を
運んでいる。古から大津波の犠牲がつづいた地域だ。
明治大津波は数万人の死者が出た。昭和大津波は数千人。戦後のチリ地震津波
では数十人。大台が確実に減ってきている。高田さんは、そこに「災害とともに生き
る、人間の知恵」を見出すのだ。
自然災害の取材はさらに全国に及ぶ。鹿児島県・桜島火山の噴火にまつわる「大正
恨み節」を紹介してくれた。桜島の大噴火の兆候をみた島民の多くは早くから舟で
逃げた。反面、鹿児島測候所は、大噴火は起こらないと予測していたのだ。それを
信用した人は逃げ遅れ、犠牲となってしまった。「学者の理論は信用してはならない」
という趣旨の恨みの碑があるという。
直撃インタビューでは、「ネタばれ」への配慮から、作品への突っ込んだ質問は避け
た。ただ、何日間で書かれたのですか、と聞いてみた。「着想を持ってから、いろい
ろ構想を練りましたが、ペンを持ってから3日間で書き下ろしました」。災害に取り組
む熱意が一気に書き上げさせたのだろう。
「作品の朗読はド素人です。でも、練習はしません。8月に書き上げましたから、1月
になったら、もう一度読み直しをしますけれど」と話す。
「私は学生時代から、トランペットが好きなんです」。高田さんは見た目にも細身だ。
火山の噴火なみの迫力と声量があるとはけっして思えない。朗読とのコラボレーショ
ン(協力作業)として、時々トランペット・ソロの音色を入れる、と教えてくれた。
「ラストシーンはトランペットで終わらせたい」とも話す。
それは火山噴火と恐怖を演出する強い音なのか。悲惨な現場を哀れむ、悲しみの
トランペット曲なのか。観客の立場で、今から想像が拡がる。
高田さん特有の着想の意外性があるかもしれない。
(構成:穂高健一)
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■世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」参加申込について
記事でも紹介しました、世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」の参加申込が始まり
ました。2月22日〜25日に、映画、コンサート、朗読、映像などによる多彩なコラボ
レーションが行われますが、すべてを9つのイベントに分けて、申込を受け付けていま
す。
参加ご希望の方は、日本ペンクラブのホームページ
http://www.japanpen.or.jp/から、<予定プログラム>をご覧になり、参加希望イベ
ント番号、氏名、連絡先をご記入の上、下記事務局宛に、E-mailまたはファックス
にてお申し込みください。
お申込みを受け付けた方には、事務局よりご連絡を差し上げます。
参加費は、各イベント1,000円。自由席。チケットは9つのイベントごとです(通し券
はありません)。各イベントとも定員になり次第、締め切りとさせていただきます。
お問い合せも、ファックスまたはE-mailでお願いします。
お申し込み先・お問い合わせ先──
世界P.E.Nフォーラム「災害と文化」事務局
112-0005 東京都文京区水道2-1-1
(株)勁草書房 コミュニケーション事業部内
FAX:03-3814-6904 E-mail:penforum@b-comm.gr.jp
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■日本ペンクラブ「電子文藝館」のご案内
11月に新しく掲載された文藝作品です。閲覧はすべて無料です。
*読者の庭
川野 純江(かわの すみえ)「近代の〈光明〉--作家漱石の夢--」
*招待席
新美 南吉(にいみ なんきち 児童文学者)「おぢいさんのランプ}
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html
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<<ぺんぺん草>>
皆さん、「ペンの日」というのをご存じですか。11月26日が「ペンの日」です。
1935年(昭和10年)11月26日に、日本のペンクラブ(当時は「日本ペン倶楽部」)
が発足し、ロンドンに本部を置く国際ペンの一員となりました。初代会長は島崎藤
村。昭和10年といえば、2年前に日本は国際連盟を脱退。軍国主義をひた走り、世
界から孤立しかかっていた時期です。その渦中で、言論の自由を守り平和を希求す
る文学者たちの世界的組織である国際ペンに、日本は加盟したのです。
その日を記念し、11月26日を「ペンの日」と定めました。毎年この日には、「ペンの
日」懇親会が開かれ、日本ペンクラブの会員と関係者が集います。今年も約500名
の人たちが集い、盛大な催しとなりました。
ところで、日本ペンクラブの発足に当たっては、一人の外交官の活躍がありました。
その名は柳沢健。福島県会津出身の詩人であり、欧米各国に赴任した外交官で
す。東京帝大在学中に三木露風らの「未来」に参加、西条八十や長塚節らとも親し
く、卒業後、逓信省や大阪朝日新聞の記者などを経て外交官となりましたが、文学
との関わりは途絶えることなく、多くの詩集や訳詩集、評論や紀行を著しました。
その柳沢健の努力がなければ、日本ペンクラブの発足はあり得ませんでした。国
際社会からの日本の孤立を憂え、せめて文学の面だけでも世界とのつながりを持つ
べきだと考えた彼が、藤村を初めとする親しい文学者たちに提唱し、ペンクラブ創立
に奔走したのです。ちなみに、初代の副会長は有島生馬と堀口大学です。
(高橋千劔破)


