メールマガジン「P.E.N.」バックナンバー

日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第8号2004年3月4日

■阿刀田高講演「クリエーターの仕事」〜その2(前号より続く)

      2003年10月4日 ペンクラブ京都例会(ゆうりぞうと洛翠)にて

●小説のアイデア捜し
 私小説のようなものは、自分の生活をジッと観照するというか、眺めることから
始まるんだろうと思います。ところが私の小説は、何か小説にふさわしいアイデア
、つまり「アッ、これなら小説をひとつ組み立てることができるかな」というアイ
デアから始まるんです。そのアイデアが、どういうものなら小説になりそうか、そ
ういうことを思いつくのは、実は簡単には言えない。どうとも言えない不思議な何
か脳味噌の作用によるものかなあ、というふうにしか言いようがありません。

 実は8年前、私は「オール讀物」に『アイデアを捜せ』(のち文藝春秋刊)と題
して連載しました。その第一話「猫の耳立つ」にも書きましたが、私が小学校の高
学年の時に家では猫を飼っていました。非常にネズミ捕りの上手な猫でして、我が
家は言うに及ばず向こう三軒両隣、町内一円を猟場にして3日に1匹くらい捕まえて
くる。

 飼い主が褒めてやるから半殺しのネズミを口にくわえて朝方、私の枕元にやって
来る。(笑い)ネズミを空中に投げたり、しばらく弄んだのち頭から尻尾まで、き
れいに食べてしまいます。ですから餌を与える必要もなく、完全な自給自足経済で
、まるまると太っていました。(笑い)

 ある時、たしか日曜日の昼近く私が昼寝をしていると、枕元にネズミが出てきた
んです。うまく押入れの中に閉じ込めてはみたものの、下手に襖を開けると逃げら
れてしまいます。そこで私は「そうだ、あいつを連れて来よう」と思い、すぐ猫を
捜しに行きました。すると、もう日溜まりで、だらしなく眠っている。夜は仕事を
しているから、昼間は実にだらしない格好ですけど、それを叩き起こして連れて来
ました。

 ネズミを閉じ込めた押入れの前に投げ出しても、まだゴロニャンと崩れてしまう
。ところが、私が押入れの襖を数センチ開けて、猫を近づけた途端、今までだらし
なくしていた猫が気配を感じたらしく、すっくと身を起こし、耳をピンと立て、眼
はカッと見開き、忍び足で押入れの中に入っていくではありませんか。次の瞬間、
中からネズミが飛び出し、猫がパッと出て来て、それでもう哀れネズミは一期を終
えたのでした。その時、私は子ども心にも感動的というか、すごいものを見たなあ
、と感じ入ったものです。

 ここで話は戻りますが、私も日頃はグチャけた生活をしていますが、ここに小説
の材料があるなと思うと、急にハッとなるんです。耳は立ちませんが、気分として
は耳が立つような感じで、ちょっとしたきっかけさえあれば小説作りのアイデアに
なっていく。猫がこれで3日分の食事にありつくなと思うのと同じように、私もひ
とつ小説が書ければ、これで1ヶ月分くらいの何がしかの収入になるかなと、まあ
非常に似た構造で仕事しているような気がします。

 そうしていると、また今度は人様の小説も同じような眼で、この小説は、どうい
うふうに書かれたものか、ということも当然に考えるわけです。文学史家の方もい
らっしゃると思いますが、ちゃんとした具体的な裏付けのある資料によって島崎藤
村とか谷崎潤一郎などを研究していらっしゃる。しかし私は、これとは全然別な方
法もあるのではないかと思います。

 かつて私は向田邦子さんと同じマンションに住んでおりまして、もちろん同じ部
屋ではありませんが(笑い)、そこそこに親しかった。向田さんという方は食いし
ん坊でしてね、たしか小料理屋さんも経営していらして、お店は妹さんに任せてい
たようですが、よその店にも行ってお料理を食べる。そこで非常に気に入った料理
があると、これどうやって作るんだろうと考える。まあ、それはシェフに訊けば分
かるでしょうけれど、シェフは一番大事なところは話してくれないのが普通ですし
、そういうことは訊くものではないという節度を向田さんは持っていた方だと思い
ます。

 だから向田さんは訊かないけれども、非常に美味しいと思った料理は家に帰って
作ってみる。しかし作ってみると、どうも少し違う。また次に同じレストランへ行
って同じ料理を注文する。どうもショウガを隠し味に使っているらしいとなると、
また家に帰って作ってみる。しかし、まだ違う。そうして何度もトライして、最終
的に自分でレシピを考えて料理を作るのよ、という話を聞いたことがあります。

 私は面白いなあと思いましたが、その時はお料理の話として聞いていました。が
、小説も他人の小説を読んでいると、それと同じことがありまして、この小説はど
うやって作ったのだろうかと考えることがあります。もちろん文学史家が日記だと
か手紙だとか、それから知人の話などを裏付けにして構成するのとは違い、同業の
小説家の立場として、この小説は「きっと、こういうふうに作られたに違いない」
と推理するわけです。

 本当は全然違うことかも知れないけれども、その推理は、またひとつの新しいク
リエーション、創造をやっていく時に役立つ可能性もあるわけです。
    
●清張さん創作の秘密           
 私は、松本清張さんの作品をよく読みましたし、作品集を編んだこともあります
。すると清張さんは、この小説をどうやって書いたのだろうかと思うことが、しば
しばあります。もちろん、それは文学史家がやるような考え方もしてみますが、そ
れとは別に同業者として「こんなふうに書いているんじゃないかな」と、それなり
に見えてくるものがあります。

 たとえばキネマ旬報社という映画関係の本を出している会社で『私の一本の映画
』(昭和57年刊)という本を出したことがあります。これは「キネマ旬報」という
雑誌に毎回いろんな方にお願いして、一番好きな映画についてエッセイを書いても
らって、それをまとめて1冊の本にしたものです。そこに清張さんが書いています

 清張さんは「戦後の洋画で印象に残るのを一つだけ挙げよといわれたら」として
、挙げたのはアンドレ・カイヤット監督の『眼には眼を』(日本では昭和33年に公
開)という作品です。これは、すさまじい映画で、清張さんが好きだ、というのが
何となくわかる作品です。

 簡単に粗筋を話しますと、ダマスカスの病院に勤務する白人の医師、映画では名
優クルト・ユルゲンスが演じていたと思いますが、その日の勤務を終えて自宅で休
んでいると、そこへ車が来る。アラブ人の男の奥さんが大変に重い病気で苦しんで
いるというが、白人の医師はオフタイムで自宅には医療器具もないし、当然のこと
として自分は診察できないので、病院へ行くように命じます。別の若い医師に代診
を委ねたわけです。

 良心的な白人医師は、そのことが気にはなっていたんですが、次の日の朝に病院
へ行ってみると、現地人の奥さんは子宮外妊娠を急性虫様突起炎と誤診され、手術
したが死んでしまったという。「ああ、可哀想なことをしたな。自分が診ていれば
何とかできたかも知れない」という思いもあるが、オフタイムに病院と離れたとこ
ろで診療しろと要求されても、どうすることもできなかったと自分に言い聞かせる

 その晩から、医師の家には正体不明の無言電話が夜毎にかかって来る。外出すれ
ば、何者かに尾行されている感じになる。やり切れなくなった医師は寝室を病院へ
移したりするが、例のアラブ人の車が病院の窓先に置かれていたりする。「あいつ
がやっているな」と思ったりするが、医師は次第にノイローゼになって平静さを失
っていく。

 バーで酒をあおったりしていると、そこに例の男が無言で現れる。医師は男に近
づいて釈明しようとするが、アラブ人はスッと姿を消してしまう。

 たまりかねた医師は、その男が住むアラブ人の村まで自動車を運転して行く。そ
こはダマスカスから車で3時間くらいの村落ですが、白人に対する敵意が強く、医
師は追い返されてしまう。帰ろうとすると、車のタイヤは外され盗まれていた。や
むなくバスで帰ろうとするが、それも来ない。とうとうバス停を兼ねた酒場で夜を
過ごし、次の日の朝になってダマスカスを目指して歩き出します。

 そこに例の男が現れて、ダマスカスへの近道を知っているという。医師は「やば
いな」と思ったけれども、沙漠の中で道に迷う恐れもあった。「こいつと一緒に行
けば大丈夫だろう」と思い、とぼとぼ歩いて行くと、次第に変な方向に連れられて
行く。2日たち、3日たっても灼けつくような沙漠の道。そのうちにアラブ人の男は
、ついに妻に死なれて自分も死ぬ覚悟で来ているということが分かり、最後に「あ
の山を登るとダマスカスの街が見える」と言って息絶える。

 最早、よろよろに疲弊した白人医師は、その山を登ってダマスカスの街を見よう
としたが、そこには今まで歩いて来たのと同じような沙漠が一面に広がっているだ
け。そこで終わるという、すごい映画です。

 それを清張さんは、一番印象に残った映画として挙げているわけです。これは日
本で昭和33年に封切られて、すぐ清張さんが見たかどうか分かりませんが、「これ
は、すごい」と思ったのは確かでしょう。先の文章には「非情性と抒情性の交錯し
た美事さ」とまで書いています。

 これからは私の想像ですが、清張さんは映画を見終わった途端に「何とか、これ
と同じようなものは書けないか」と思ったのではないか。お医者さんを主人公にす
るわけにはいかないので、何だろうと考えた時に「弁護士!」と閃いたと思います。

 清張さんの名作に、有名な『霧の旗』(初版は昭和36年・中央公論社刊)という
作品があります。今は新潮文庫に収められていて、尾崎秀樹さんの解説によります
と、この作品は昭和34年7月から翌35年3月にかけて「婦人公論」に連載されまし
た。清張さんが最も脂の乗り切った時期の長編です。仮に清張さんが昭和33年秋に
『眼には眼を』という映画を見たとして、その翌年7月から連載を始めるとすれば
、昭和34年4月から5月頃にかけて原稿を書いたでしょう。しかも長編小説ですか
ら、大体その年の1月あたりから構想が始まったと思います。

 さて『霧の旗』を読むと、先の映画と話の筋が非常によく似ています。主人公は
、もちろん医師ではなく、大塚という腕利きの有名な弁護士です。そこに九州から
気の強そうな娘が上京し、自分の兄さんが殺人の嫌疑で裁判が始まろうとしている
から、お金はないけれども九州まで来て弁護してくれと頼みに来ます。

 ところが弁護士は、九州にだって立派な弁護士がいるだろうし、たまたまその日
は愛人とゴルフ場で落ち合う約束もあり、お金の問題は言わないまでも裁判に立ち
会うことを断ります。すると、お兄さんは第一審で死刑の判決を言い渡され、第二
審でも国選弁護士に無罪の弁護もされないまま刑務所で病死してしまいます。

 その知らせを聞いて、大塚弁護士は「気の毒なことをしたな」と思います。作者
の清張さんは「有能な医者が患者を拒絶したあと、ほかの凡庸な医者の手にかかっ
て死亡したと聞いたあとの、あの後味の悪さに似ている」と弁護士に後悔させてい
ます。すでにおわかりのように、清張さんは『眼には眼を』という映画の「有能な
医者」を自分の小説では「有名な弁護士」に置き換えて復讐劇を展開したのです。

 このことを私は、もう絶対の確信をもって(笑い)断言できます。清張さんは、
自分のエッセイの中では「この映画が忘れられず、ベイルートに行った時、ダマス
カスを訪れた」とか沙漠の様子などを書いています。しかし『霧の旗』の着想を得
たなどとは、ひとことも書いていません。

 ですから、以上は私の想像ですが、その追跡の仕方なんか清張さんの推理みたい
なところがあって、こういう小説観察法もありうるのではないでしょうか。(笑い

    
●クリエイトすること    
 こうした講演などで自分のことを語ると大概、自慢話になってしまいます。いか
に自分が駄目な人間かということを話しても、それも裏返しの自慢話でしてね(笑
い)、その点では講演には、どの道面はゆいところがあります。

 しかし私は今まで自分なりの0.1を求めながら書き続けてきたということ、これ
はまた自慢話と言えば自慢話ですが、本来は自慢話であるはずがない。クリエータ
ーというのは、そうでなければいけないので、0.1か0.3か分からないけど、クリ
エイトというのは言葉どおり新しいものを創造するということです。

 きょう書いたものよりは、あしたは何か新しいものを自分なりに書いていく。そ
れが本来あるべきクリエーターなのであって、クリエーターがクリエイトしたこと
について語って、それが自慢話になるということは本来おかしいわけです。

 文化的状況というものが今、日本ではかまびすしく論じられています。その中に
おいて日本ペンクラブのような、それぞれが皆クリエイトすることに携わっている
団体では、きのうより常に新しいものに挑戦していく心構えが大切かと思われます
。それで結果として、その通りになるかどうかはともかく、いつも心の中にそうい
うものを抱き続けていくべきではないかということを自戒を含めて、お話させてい
ただきました。
 ご静聴ありがとうございました。(大きな拍手)

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■日本ペンクラブセミナー

▼開催日
  2004年3月20日(土) 午後2時開演

▼講 師
  山本一力(やまもと いちりき 作家)

▼演 題
  生き方雑記帳

▼会 場
  ヘップホール ( 定員200名 )
  大阪市北区角田町5-15 ヘップファイブ8階

▼入場料
  前売券1000円 当日券1500円

▼販 売 ※全席指定席
 ・チケットぴあ ( 0570-02-9966 )  Pコード602-674
 ・ヘップホール事務局 ( 06-6366-3636 ) (11時〜17時電話予約も可 )
  
○講師プロフィール
昭和23(1948)年、高知県に生まれる。昭和41(1966)年、都立世田谷工業高等
学校電子科卒。会社員を経て作家に。平成9(1997)年「蒼龍」で第77回オール讀
物新人賞、平成14(2002)年「あかね空」で第126回直木賞受賞。
その他の著書に、「損料屋喜八郎始末控え」「大川わたり」「はぐれ牡丹」「深川
駕籠」「深川黄表紙掛取り帖」「いっぽん桜」「草笛の音次郎」などがある。
最新刊「ワシントンハイツの疾風」は、著者の自伝的小説。

 近畿地方にお住まいの方、また山本一力さんの愛読者の方、どうぞご参加くださ
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