メールマガジン「P.E.N.」バックナンバー

日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第54号2007年10月1日

第23回平和の日の集い(秋田市)より 対談2〜俵万智VS浅田次郎
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目次
1)新企画「ペンの素顔」・阿刀田高 新会長に聞く
2)『世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」』の全容ほぼ固まる
3)10月6日 シンポジウム「女流文学者会の記録」
4)「電子文藝館」9月の新掲載作品
5)編集後記「ぺんぺん草」

※今号より紙面を大幅に刷新し、新連載をスタートしました。これまでお届けして
きました「平和の日」のイベントなどの対談記事は、今後はホームページに掲載す
る予定です。掲載の際は、その都度メールマガジンでお知らせします。

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■新企画「ペンの素顔」・阿刀田高 新会長に聞く
──「ゆるやかな反体制」を

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 日本ペンクラブには会員のほかにも、当会を支えてくれる一般のファンが大勢い
ます。ホームページやメルマガなどを通して、これらファンの方々に、日本ペンク
ラブの活動や内部情報をより多く伝えていきます。
 今回からは新しい企画で、『ペンの素顔』シリーズを連載します。
 高橋千劔破(ちはや)広報委員長が毎回、日本ペンクラブの顔となる会員と個別
に対談し、談話やメッセージ、エピソードを聞いていきます。一番バッターは阿刀
田高会長です。

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●言論統制の時代に設立

[高橋] 阿刀田さんが新会長になって4か月が経ちました。会長の立場で、メッセー
ジをいただけますか。

[阿刀田] 「日本ペンクラブとは何か」。ここから話を進めましょう。日本ペンク
ラブの歴史は思いのほか古いのです。1935(昭和10)年の創設です。当時の日本の
状況といえば、国際的に孤立を深めていたときです。文化、芸術、とりわけ文学を
通して国際協調を図り、「せめて一筋の国際的な連絡をもっていたほうがよい」と
勧めてくれる方がいました。
 他方で、国際ペンが1921年に誕生しており、そちらからの誘いもあって、島崎藤
村をはじめとする文学者が賛同し、日本ペンクラブが設立されました。
 言論統制とか、言論活動の自由が著しく阻まれていた時代です。それを考えれば、
画期的な決断だったと思います。その後の日本はますます孤立化が進み、挙句の果
てには第二次世界大戦へと突入していったわけですから。
 こうした時代背景で生まれた日本ペンクラブですが、大きな変動の波を越えなが
ら、今日まで72年間の歴史を数えてきました。実は、日本ペンクラブの誕生と私の
生まれた年が同じなんです。

[高橋] だから、会長からは1935(昭和10)年の創設がすらすらと出てくるのです
ね(笑)

[阿刀田] そうです。話は前後しますが、国際ペン発足の趣旨は「表現の自由」を
推し進めるものでした。1921年当時のヨーロッパは、表現活動がずいぶん制限され
ていました。ナチの台頭があり、東西の対立なども顕在化し、言論に対する弾圧が
非常に厳しい時代でもありました。もちろん、日本は最たるもので、言論活動の自
由が阻まれた時代がずっと続くわけです。
 日本ペンクラブは「表現の自由」を標榜する団体です。この団体の存続活動には
いろいろな弾圧や干渉があったはずです。しかし、日本ペンクラブはあまり無様な
こと(解散など)をしないで、その時代を通過してきました。
 残念ながら、弾圧に対して画期的な活動をしたとは言い切れない。そんな活動を
すれば、みんな小林多喜二になる可能性があった時代です。ただ、困難な時代にあ
っても、無様な状況にならなかった。私見であり、私の感想ですが、それは当時の
文筆に携わる人、この団体の旗の下に集まった文学者の良心であり、良識であった
と思います。

[高橋] 厳しい時代でしたからね。

●「言論の自由」から「表現の自由」へ

[阿刀田] あの過酷な時代にあって、上(政府)から見て、日本ペンクラブは決し
て許容される活動を標榜した団体ではなかった。それでも存続できました。戦後に
おいて、今度は文学者の戦争協力の問題がずいぶん論じられましたけれど。
 日本ペンクラブの団体に携わった人が、全部が罪なく清く生きてきたとは、とて
も思えない。はっきり言えることは、戦前の困難な時代において、それなりの良識
をもって日本ペンクラブを存続させてくれた事実です。
 戦後、約60年が経った。この間にも、日本ペンクラブは「言論の自由」の諸問題
にふさわしい対応をしながら活動を続けてきました。この団体が創設された昭和10
年代は、「言論の自由」でしたが、いまの時代は言論だけではなくなり、「表現の
自由」です。

[高橋] 文字メディアだけでなく、表現の範囲がTV、インターネットへと拡大して
きましたからね。

[阿刀田] そうです。日本ペンクラブは、いま「表現の自由」を一番に据えていま
す。日本のいまの現状(表現に対する自由度)は五段階の「3点」くらいです。一般
の日本人は、わが国は表現の自由が認められている、という印象をもっている。し
かし、潜在的に、ときには顕在的に言論と表現がチェックされています。世界の水
準からみて、けっして表現の自由において良い環境ではない。日本人が思っている
ほど、国際的にも評価は高くないと、日本のジャーナリストはそう見ていると思い
ますよ。
 私たちはその前(戦前)に「1点」を体験していますからね。今後とも、「表現の
自由」の問題ではナーバスにならざるを得ない。「表現の自由」の根底にあるのは、
当然ながら平和の存続です。

[高橋] 日本ペンクラブは、いついかなるときも言論・表現の自由を守る。同時に、
それを阻害する一番の大きな要因が戦争であり、いかなる戦争にも反対する。それ
が国際ペン、日本ペンクラブの姿勢ですね。

[阿刀田] そうです。双方のペンの基本的な姿勢です。

[高橋] 「言論・表現の場」は、かつては文学をはじめ、紙に印刷されたものが中
心でした。戦後になり、新しいメディアのTVとか、いまはインターネットとか、さ
まざまな表現方法が出てきました。日本ペンクラブが対応すべき範囲が広がったわ
けですね。

[阿刀田] 範囲は広くなりました。日本ペンクラブは新たな問題として、私たちの
生活をしっかり維持するために、環境問題も考えていかなければならない。日本ペ
ンクラブが創設された1935年ころには考えられなかったことです。

[高橋] この問題は60年代以降でしょうね。

●「ゆるやかな反体制」を

[阿刀田] 私たちは文筆家の団体ですから、文学・文芸に対する関心を持ち続けて
いきたい。文芸の根底にある、日本語の問題。つまり、私たちの国語をどう保って
いくかという問題も、日本ペンクラブが考えていく一つのアイテムです。
 日本ペンクラブの会員はすべてボランティアです。志をもった皆さんがこの活動
に参加しています。それ自体は素晴らしいことです。
 日本ペンクラブの説明をしておきます。Pは詩人と劇作家、Eがエディターとエッ
セイスト、Nが小説家。それをPENという言葉に組入れ、同時に表現の手段であるペ
ンを含んでいます。原則として本業をほかに持つ人の集まりですから、おのずと(
ボランティア)活動には制限がありますけれど。
 申し上げた4つの柱である表現の自由、平和の維持、環境の改善、文芸の発展とい
うことを目標として、活動を続けています。
 会員は約2000人です。考えが全員一致することなど、とんでもないこと。しかし、
総論は一定のコンセンサスが得られていると思う。各論となると、微妙な違い、微
妙どころか、かなり顕著な違いが生じます。
 「平和を守る」ということで意見が一致しても、「じゃあ、憲法9条にたいしてど
う考えるか?」となると、2000人の会員が同じ方向に向いているとはとても思えま
せん。ですから、「ゆるやかな反体制派」、それが会長としての、私の考えです。

[高橋] ゆるやかな反体制。それはいいですね。

[阿刀田] 日本ペンクラブは反体制にならざるを得ない。この団体が持っている宿
命です。しかし、2000人会員を擁している以上、「ゆるやかな反体制」を良心と良
識にかけて保っていきます。事と場合によっては、厳しい反体制になることもある、
と予測しています。
 私は、個人的な発言でも、日本ペンクラブ会長という立場がつねに付いて回る、
と思っています。ペンとは違うシチュエーションの場でも、ペン会長の発言として
捉えられることもあるでしょう。ですから、つねに2000人のコンセンサスをどこか
に置いた、発言をしていく必要があると考えています。

[高橋] 日本ペンクラブとしては今後とも、言論の自由を守る、いかなる理由があ
っても戦争に加担しない、平和を維持する、人権を擁護する、環境を守っていくわ
けです。私たちの発言を支持してくれる人が沢山いなければならない。私たちペン
の思いを、ぜひ一般の皆さんに受け止めていただいて、ペンの活動に注目していた
だきたい。賛同していただいて、その声を広げる役割を担っていただきたい。この
メールマガジンの読者の方々にもぜひ、お願いしたいですね。

[阿刀田] 日本ペンクラブは職能団体ではない。入会したら得する、というもので
はない。団体の志に対して賛同する人が会員です。他方で、一般の人にはこの団体
を知ってもらうことが重要です。盛岡大会「平和の日」でしたかね、新井満さんが
「どんな立派な意見でも、知られなくてはダメなんです。地方では日本ペンクラブ
なんてだれも知りませんよ」と言った。「ああ、そうか。そういうことだ」と思い
ました。日本ペンクラブとはこういう団体なのか。その団体がこういう声明を出し、
こういう発言をしているのか、というところに機能的な意味があります。
 ただ叫んで、自分だけ悦に入っている。それでは2000人を擁する団体としては淋
しい。発言がちゃんと一般の皆さんの耳にしっかり届く。それにはこの団体がなに
を考えているか、それをまず知っていただくことが第一歩です。

[高橋] 日本ペンクラブはホームページやメルマガによるペン情報の伝達のほかに
も、一般向けのさまざまなイベントや、言論活動を行なっています。それらに参加
して、ぜひ耳を傾けていただきたいと思います。

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■『世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」』の全容がほぼ固まる

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 日本ペンクラブが主催する『世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」』が2008年2月
22日から25日までの4日間、東京・新宿のスペース・ゼロで開催される。サブタイト
ルは「叫ぶ、生きる、生きなおす」。「自然災害に対して、文学や文化的表現がど
のように向き合ってきたのか」というテーマで、世界各地から文学者、音楽家、映
画監督を招き、それぞれの立場で作品を発表する。
 同フォーラムの準備は着々と進み、出演する国内の作家はすでにほとんどが決定
した。外国人作家の招聘者は最終調整に入っている。

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 同フォーラムの最大の特徴は、文学者たちが自分の著作を肉声で朗読したりして、
観客とともに災害と人間のあり様を考え、語り合うものだ。過去にさかのぼっても、
また国際的に見ても、こうした災害をテーマにした文学的なフォーラムが開催され
たことはない。それだけに、今から大きな関心が寄せられている。他方で、委員会
メンバーは、企画・演出への創意工夫に余念がない。

 長編小説は朗読するには長すぎる。エッセイは一編では短すぎる。出演が決まっ
た作家はそれぞれ一時間半の朗読に見合うように、いま書き直しをしている。短歌
も同様で一、二編では時間をもてあます。災害を詠う作品集を作り、それを朗読す
る予定だ。ある意味で、「書き下ろし作品」「新作」の発表のような魅力たっぷり
の場となる。
 作者の朗読には映像と演劇などが加えられる。自然災害の発生時の恐怖、悲痛な
叫び、さらにそこから立ち上がり、生きなおす姿が、観客の心に深く伝わってくる
だろう。

●フォーラム「災害と文化」の内容

 『世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」』とはいかなる内容か。メルマガの読者
には今号から、同フォーラムを紹介していきたい。

 今回はまず国内から参加する作家と作品を紹介する。(順不同)

・大江健三郎さんは「文学と災害」と題して、基調講演をおこなう。

・立松和平さんは自作長編『浅間』のドラマ化作品を朗読する。

 背景は天明3(1783)年の浅間山大噴火。生き延びた村人たちの意外な再生譚が
胸を打つ。

・高田宏さんの『火山列島に生きる』は、雲仙普賢岳などの火山災害を中心とした

書き下ろしエッセイで、災害と日本人の歴史を語る。

・出久根達郎さんは短編小説集『安政大変』所収の作品を大幅に改変し、震災に襲
われた江戸末期庶民の逞しさと純情を描く。

・短歌、俳句では俵万智さんと黒田杏子さん選による「阪神大震災」が朗読される。

・新井満さんは今回の世界フォーラムのために創作した詩歌「ニ・イ・ガ・タ」を
歌う。

・井上ひさしさんは今回のフォーラムのために、新作の朗読劇を創作中である。朗
読と演技は新国立劇場養成所の若いメンバーが行なう。

(以上は、現時点での内容ですので、変更になることがあります)

●吉岡忍委員長の語る開催への道のり

 今回は企画委員長の吉岡忍さんから、2年余の開催への道のりや目的、狙いを語っ
てもらった。

 吉岡さんは約2年半前にスロベニアで開催された、国際ペン大会に初参加した。故
人となった米原万里さんも一緒だった。

 「欧米を中心に約70か国、250人くらいが参加していました。何をテーマにして話
すのかな? 文学者の集まりだから、きっと文学中心の大会だろうと思っていました。
だが、期待していたものとは異なり、規約の改変や、中国やベトナムにおける
言論状況のことばかり議論されていて、文学的な話が出てこない。まるで国連総会に
出ているような気分でした」と失望感を語る。
 これではわざわざ文学者が集まる意味がないではないか、と思ったという。

 吉岡さんは米原さんなどと、文学者の国際交流はどうあるべきかを話し合った。
「文学的なテーマを設けて、向き合うべきだ」ということは、すぐにわかる。しか
し、具体的なテーマとなると、即座には思いつかなかった。
 各国にはそれぞれ抱えた問題はある。イラク、アフガンの戦争問題となると、米
軍を支援するか否かの政治問題になる。宗教を取り上げると、イスラム教徒とキリ
スト教徒の対立になってしまう。また、どちらも政治色が濃厚になる。

 日本に帰国後、あらためて世界を見渡した。スマトラ沖の大地震と津波、米国南
部を襲った巨大ハリケーン、パキスタン北部の地震、ヨーロッパ中北部の猛暑、フ
ィリピンの地すべりなど、社会的にも大きな影響をもたらしている。人間はいたる
ところで自然災害に翻弄されている。
 「こうした自然災害に、文学はどう向き合ってきたのか、調べてみました」と吉
岡さんは話す。災害に対する関心はどこでも高く、多くの調査論文や研究書も膨大
にある。だが、それらは防災の必要性や対策についてのものばかりで、文学的、文
化的なアプローチはほとんどない。

 古典の世界をみると、災害はさまざまに書かれている。ヨーロッパには「ノアの
箱舟」の洪水伝説。日本では『万葉集』や『方丈記』などにも、戦争の悲惨と並ん
で、災害のすさまじさ、それによる人心の荒廃が描かれ、作り手や書き手の心情も
書き込まれている。
 現代はどうだろうか。映画、音楽、芝居、テレビなどの作品が生まれている。現
実の災害現場に踏み込んでいき、人間を描いたドキュメンタリーもあれば、直接に
は触れなくても、家族や友人を失った悲しみ、そこから立ち直っていく人間像を描
いたフィクションもある。そこから自然を再発見する作品もあれば、災害によって
生じた亀裂から、社会を見つめたものもある。それは小説や映像ばかりではなく、
音楽にもある。

 しかし、それらを集めた世界的なフォーラムやシンポジウムは全然なかった。
「日本は地震と噴火、水害や雪害、津波などの被害が多い、災害の宝庫だから、こ
れをテーマに国際的なフォーラムとして、取り組んでみよう」と決めた。
 ここから、世界各地の災害の現場を直視した作品を一堂に集める、という日本ペ
ンクラブ主催の世界フォーラムとなったのだ。

●映像、音楽とのコラボレーション

 文学者や映画監督が災害について何を考え、なぜ書いたのか。互いに中身を知ら
ないと、コミュニケーションは成り立たない。国によって、人によって、災害の捉
え方がまったく違う。「それぞれの作品を読み、聞き、災害の作品にじかに触れる。
そして、作者や制作者がともに考えることが大切だ」と吉岡さんは強調する。

 問題は小説の朗読である。音楽などは災害の渦中で作られたり、その場で歌われ
たりしている。それに比べ、小説の朗読は難しい。「朗読では1時間も持たない。細
切れの朗読はあったかもしれないが、長いものはやった前例がない」。そこで浮か
んだのが、無声映画時代のような、活動弁士のイメージだったという。

 そこで、原作の朗読版を作ることにした。200ページ、300ページの小説も、その4
分の1、ときには5分の1に短縮する。それを機械的にやるのではなく、ときには作者
本人が行なう。あるいは編集者や作家が行なう。読むのは講談師、著名なアナウン
サー、俳優など、朗読の専門家である。そして、作品のクライマックスは作者自身
が原作の通りに読む。もちろん国際的企画なので、日本語のほか、英語と、作家自
身の母語でも行なう。
 ここに映像、音楽を入れたら面白いだろう、という着想を持ったのだ。「動画で
なく、静止画にこだわる」という。物語に即したイラスト、実際の写真、人形など
を使う予定。いずれも前例がない試みだ。「原作者たちは、執筆だけで、そうした
経験がないだけに面白がっています」と教えてくれた。

 自然が猛威を振るえば、生命を失い、傷つき、家族や友人をなくしたりする。自
然と人間がつねに軋み、共振する。文学が災害と向かい合えば、人間の諸相や家族
関係があらわになる。
「個人的な悲しみだけでなく、社会にも連動している。それを見ないと、災害を理
解したことにはならない。自然の猛威のなかで、めざましく生命力を発揮する人が
います。身に降りかかる危険を顧みず、隣人の救助に飛び込んでいく者もいます。
打ちのめされながらも、立ち直っていく人がいます。他方で、狡猾に立ち振る舞う
人間もいる」。さらには、それぞれの国や文化、人々によっても自然災害の捉え方
が違う。いろいろな表現方法がある。

 文学の書き手や作り手が経験や思考を語り合う。フォーラムに参加した市民がそ
の議論に加わる。そうすることで、文学的表現と災害とが出会うことが出来る。そ
れが『世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」』の目的だと、吉岡さんは語る。

(次回以降のメールマガジンでは、外国作品の紹介のほか、チケットの料金、購入方
法などをお知らせします)

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■イベントのお知らせ

日本ペンクラブ 女性作家委員会・日本女流文学者会共催シンポジウム
『女流文学者会の記録』〜女性作家のこれまで、これから〜

2007年10月6日(土)13時開場/13時30分開演/16時終演予定
会 場 :東京ウィメンズプラザ(B1)ホール(東京都渋谷区神宮前5-53-67)
地 図 :http://www.tokyo-womens-plaza.metro.tokyo.jp/contents/map.html
参加費 :500円
定 員 :200名(予約不要)
問合せ先:日本ペンクラブ事務局 TEL:03-5614-5391 FAX:03-5695-7686

「70年程前に『女流文学者会』が設立された。そして今、その幕を閉じようとして
いる。
 女流文学者会の果たした役割は何だったのだろうか。
 これから女性作家たちはどのように歩んでいくのだろうか。女性作家たちのホン
ネが炸裂します」

[プログラム]

開会挨拶     下重 暁子(日本ペンクラブ 副会長)
第一部      『女流文学者会・記録』と女流文学者会について
第二部      女性作家の現在とこれから
スピーカー    岩橋 邦枝 加藤 幸子 津村 節子 津島 佑子 中沢 けい
司会・進行    川村 湊
総合司会・まとめ 与那覇 恵子(女性作家委員会委員長)

詳しくは次のページをご覧ください。

http://www.japanpen.or.jp/katsudou/event/070912.html

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■ペンクラブ「電子文藝館」のご案内

 9月に新しく掲載された文藝作品です。閲覧はすべて無料です。ぜひご覧ください。

*招待席
森 有正(もりありまさ 仏文学者・哲学者)「ノートル・ダムと25年」

http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html

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<<ぺんぺん草>>

 今回から「ぺんぺん草」を担当する広報委員長の高橋千劔破です。まずは自己紹
介。千劔破は「ちはや」と読みます。よくペンネームですか、と聞かれますが本名
です。南北朝時代、楠木正成が籠った千早城は有名ですが、「太平記」など古い資
料には「千劔(劍)破城」と出てきます。読みにくいので、いつしか千早城と表記
されるようになり、今に至っています。名前のせいかどうか、30年間歴史出版社に
勤め、歴史雑誌の編集長を経て、文筆家として独立し、日本の歴史や文化について、
また歴史文芸の評論を書いています。著書は「花鳥風月の日本史」「江戸の旅人」
「名山の日本史」などなど、ごく近刊に「名山の文化史」があります。ペンクラブ
の会員としては30年、理事を務めるようになって10余年になります。

 ところで、現在ペンクラブには40人の理事がいます。そのうち会長1名、副会長3
名、専務理事1名、常務理事は小生を含めて6名、計11名が執行部です。列記します
と、会長(第15代)は阿刀田高。副会長は下重暁子・中西進・眉村卓。専務理事は
浅田次郎。常務理事は新井満・高橋千劔破・西木正明・堀武昭・松本侑子・吉岡忍
です。このうちペンネームは、下重暁子・眉村卓・浅田次郎・西木正明・松本侑子
の5名、あとは本名です。

 執行部を除く、29名の理事は、嵐山光三郎・井出勉・井上ひさし(第14代会長)
・五木寛之・猪瀬直樹・梅原猛(第13代会長)・大岡信(第11代会長)大原雄・加
賀乙彦・清原康正・倉橋羊村・黒井千次・小中陽太郎・今野敏・早乙女貢・椎名誠
・関川夏央・高田宏・立松和平・俵万智・辻井喬・中村敦夫・秦恒平・菱沼彬晁・
宮田昭宏・山田健太・与那覇恵子・養老孟司・横山征宏です。さて、この中でペン
ネームの人は誰でしょう。答えは次回の「ぺんぺん草」をお楽しみに。

 ということで、今後のこのページは、ペンクラブの楽しい内部情報やウラ話を掲
載していきます。