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日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第44号2006年8月30日

第22回平和の日の集い(盛岡市)対談II〜立松和平VS浅田次郎
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目次
1)対談II「平和の日に想う・こころ」〜立松和平VS浅田次郎
2)新刊案内〜『翳りゆく時間』『捕物小説名作選<一>』
3)電子文藝館の新作〜村山精二「風の鳥瞰」、中村泰三「北緯三十八度線」

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 42号、43号に掲載した高橋克彦さんと西木正明さんのトークに続き、3月3日に
 岩手県盛岡市で開催された「平和の日」の集いの立松和平さん(作家)と
 浅田次郎さん(作家)の対談をご紹介します。
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■対談II「平和の日に想う・こころ」〜立松和平VS浅田次郎

立松 一昨日まで鹿児島の開門岳に登っていました。向こうではナノハナがもう散
って、サクラも、ヒカンザクラとかですが、もう終わっていました。ソメイヨシノ
はこれからですけど。それが岩手に来たら、雪が降ってました(笑)。日本は広い
ですね。浅田さんはよくこちらに来るんでしょう?

浅田 僕は盛岡には公式で年3回、非公式で年10回ぐらい来てますね。実は温泉が大
好きで、盛岡の奥座敷と呼ばれている、つなぎ温泉郷、松川温泉、知る人ぞ知る網
張温泉とかに来ています。

立松 非公式というのは何ですか?

浅田 温泉に入りに来るんです。でも、温泉の中で見つかると、恥ずかしいんです
よね。町を歩いていると、一目で分かるらしいんですが、風呂に入っているときは
裸だから、すぐには分からない。「そうじゃないかな」という顔でじっと見られる
と、身が縮みます。

立松 何か世を憚るようなことがあるんですか(笑)。

浅田 いや、そうじゃないんですけれどね。立松さんはどうですか。人に声を掛け
られて、いい気持ちがするほうですか。嫌な気持ちがするほうですか?

立松 たまに仕事でテレビに顔を晒しているので、見ず知らずの人から挨拶されて
知らない顔をしたら、嫌な人になっちゃう。だから、丁寧に挨拶するんですけれど
も。

浅田 僕は知らない人に声を掛けられるのがすごく苦手なんです。割と恥ずかしが
りなものですから。でも、恥ずかしがりながら、何でもやってしまうというところ
もありますが(笑)。だから、温泉とかお風呂の中で僕を見かけたら、できればな
るべく声を掛けないようにしていただきたいと思いますね(笑)。

立松 今、盛岡の温泉地の地名が出ましたが、この盛岡、それから岩手は、深いで
すね。深い、としか言いようがない。学生のころ、八幡平が好きで、よく山歩きを
しました。一つ山を越えると、別の温泉がある。よく歩きました。広くて深いです
よ、ここは。

浅田 昔は「三日月の丸くなるまで南部領」という言葉がありまして、昔の国分け
の面積から言ったら、断然、大きい国なんですね。

立松 南部藩というのも独特で、浅田さんの『壬生義士伝』の話になりますが、吉
村貫一郎という人物は子母沢寛の『新選組始末記』にほんの少し出てきますね。本
人の前で言うのも何ですが、よく頑張って書いたなと思います。吉村貫一郎に関す
る子母沢寛の文章って、本当に短いですよね。

浅田 はい、わずか数行です。

立松 史料を調べていくと、吉村貫一郎という南部藩士の名前は出てきても、どう
いう生活をして、家族が誰で、何をしたかというのは、一切分からない。でも、浅
田さんの『壬生義士伝』にはそれが克明に書いてありますね。

浅田 小説家にとっては、実はよく分かってないから書けるというわけです。先ほ
ど西木正明さんがおっしゃっていたけれど、戦争中のことを書くというのは、これ
はすごいプレッシャーのかかることなんです。僕にもいくつかあるんですが、これ
は実際に体験者がいらっしゃるわけだから、僕ら未体験の人間がそれを書くという
のは、すごく怖いことです。
 でも、幕末のことだったら、もし、何か文句を言われても、「じゃあ、お前、見
たのかよ」と言えば、それでおしまいだから(笑)。しかもその上、2行か3行しか
書かれてない人のことですと、想像はいくらでも膨らむ、というのが種明かしです。

立松 だけど、奥さんとか子どもとか、家族の名前は分かったんですか?

浅田 いえ、まったくの思いつきです。

立松 思いつきですか。ウソつきめ!(笑)

浅田 でも、失敗したなと思うのは、主人公・貫一郎の息子を嘉一郎としたことで
す。日本人の名前としてはこれでいいのですが、外国にあの映画を持って行ったら、
字幕にしたときにカンイチロウとカイチロウですから、読めないんです。そこまで
は考えませんでした。

立松 でも、映画化を想定して書くということもないですからね。僕も映画を観ま
した。中井貴一さんは、どこか気の弱い、しかし芯の強い、南部の人を見事に演じ
てましたね。

浅田 イメージはピッタリですね。

立松 僕も何人か盛岡の友達がいて、普段、気が弱くて、人がいい感じなんだけれ
ど、いざとなったらやたら強い(笑)、大体そういう感じですよね。

浅田 僕はついこの間まで自分で商いをしていたのですが、東北人にずいぶん痛め
つけられているんですよ(笑)。このことを盛岡に来るたびにしゃべっているので
すが、私は東京生まれの東京育ち、まるっきりの江戸っ子で、商売をやると東北人
とは相性が悪い。なぜかと言うと、東北人は押しが強いんです。

立松 後に退かないんでしょう。

浅田 断っても断っても、「そこをお願いしますよ」って言って来るんです。これ
は東京の人間の一番のウイークポイントで、そこまで言われると、ダメなんですよ。
頼まれると「イヤ」と言えないところがある。そのために、もう甚大な被害をこう
むりましてね(笑)。やはりしぶとさというんですかね、粘り強さというのは間違
いないですね。

立松 それは僕もしばしば感じます。八戸へ行ったときのことです。今は青森県で
すが、かつては南部でした。夜、居酒屋に一人でふらっと入って、一杯だけ飲んで
帰ろうと思って、熱燗とちょっと魚のあぶったのを頼んでカウンターに座っていた
ら、店のオヤジがふっと酒を出すんですよ。「これは今年のコンクールで一等の酒
なんだァ」とか言って(笑)。
 そしたらまた、「これはこの辺で皆好きな酒なんだァ」とか言って、ふっと置く
んですよ(笑)。
 それから「この辺ではウニはこんなふうにして食べるんだァ」って、ふっと置く
んです。いつの間にか、いっぱい置いているんです。
 帰る段になって、お金を払おうとする。払うのは当然ですからね。そしたら、そ
のオヤジが「あんた、注文もしないのにどうして払うの?」って言うんですよ。自
分で注文したのは払いましたが、あとはタダで飲んで、食べてきちゃった(笑)。
南部って土地は、このイメージなんですね。

浅田 はあ、分かりやすいですね、なんかね。

立松 店内に「貧」という字がいっぱい貼ってあるんですよ(笑)。有名な書家の
字だと言うのですが、不思議な雰囲気でしたね(笑)。

浅田 別に岩手県が貧しいとか、そういう意味ではなく、何となくこの「貧」とい
う字に愛着があるんですかね?

立松 その中に哲学があるんですよ。貧だから悪いというのではなく、その中に深
い哲理があって、貧しかろうが、別にそんなのは関係ない、ということでしょうね。
だったら別に「貧」と書かなくていいんですけれどね。

浅田 金持ちとか贅沢とか、そういうイメージは岩手には似合わないですよね。美
徳として似合わないんですよ、そういうものが。よく言うところの「清貧」という
のが似合う。清貧だとか赤貧だとか。

立松 赤貧と清貧じゃ、えらい違いじゃないですか(笑)。

浅田 そうか(笑)。でも、たとえば石川啄木というのは、清貧、赤貧、ともに持
ってません? イメージとして。

立松 うん、そうですね。でも、宮沢賢治はどっちだろう?両方かな?

浅田 どちらかと言うと、貧乏くさいでしょう(笑)。

立松 貧乏くさいけど、だけど、精神世界はものすごくリッチでしょう? これほ
ど豊かな人はいないですね。

浅田 何かこう余分なものを持っている感じですね。

立松 そうそう、見えないものをね。だから啄木と賢治というのは、やはり岩手の
両巨匠ですよね。

浅田 そうですね。僕は、あのイメージ、貧乏くさいイメージがなければ、お札に
なって当然だと思いますね(笑)。賢治や啄木は、実は千円札、五千円札ぐらいで
あれば,ものすごく適切な人だと思うのですが、国がちょっとこういうときだと、
あまりいいことになりそうもないというイメージがある(笑)。

立松 でもね、樋口一葉は五千円札ですか、あの人も貧乏だった(笑)。本当にも
のすごい貧乏。もう赤貧というより、ただの貧乏で、「唯貧」という言葉を思い出
しますね。

浅田 それでお札が紫色でしょう(笑)。樋口一葉の顔もちょっと青ざめて見える。

立松 お金にはふさわしくないですよね。五千円札持ったら、すぐ離そうと、それ
が手じゃないですか(笑)。でも、二千円札よりはマシですよ。あれは消えちゃい
ましたね。

浅田 やはり人の顔でなきゃダメですよ、お金は。新渡戸稲造が五千円札になった
とき、ガッツポーズしました。彼が好きで、尊敬しているものですから。ところが
意外と知名度が低くて、知らない人が多かったんですね。

立松 僕は法隆寺で行を毎年やっているんですが、法隆寺と言えば聖徳太子ですよ
ね。法隆寺の管長さんのところに、「聖徳太子が大好きなんです」と言う人がよく
来るんですよ。すると管長さんが「あなたは聖徳太子が好きじゃなくて、聖徳太子
が印刷されたものが好きなんだろう」と(笑)。
 さっき浅田さんが「幕末のころだったら、嘘をつける」とおっしゃったけれど、
僕は『大法輪』という仏教系の雑誌に聖徳太子を歴史小説として書いているんです。
聖徳太子は全然資料がない。だから、書ける。聖徳太子のことは皆知っていても、
その時代、どういう服装をしていたか、どういう言葉を話していたか。本当に分か
らないことばかりで、調べれば調べるほど分からないから、調べないほうがいいと
いう結論に達しました(笑)。

浅田 ドラマなんかを観ていると、大化の改新とか聖徳太子まで時代がさかのぼる
と、時代考証なんてよく分からないから、すごく面白い格好をしていますね。

立松 時代考証なんて、やりようがない。

浅田 だから、ドラマとしては結構、華麗なものになるんですよ。

立松 法隆寺は今も残っているけれど、そこにどういう人間がいたかという人間の
リアリティがない。だけど、人間がいなかったわけではないし、聖徳太子が書いた
字なんかも残っている。でも、やはり、そういう小説的な生活臭いリアリティがな
いんですね。

浅田 僕らが今考えているようなサビたイメージじゃなかったと思うんですよ、多
分。今、法隆寺を見たとき、金も朱も剥がれちゃっているから古めかしく見えるけ
れども、おそらく昔は金ピカものだったわけでしょう。上代の世界というのは、も
っと華麗なものだったのではないか、と想像しているんです。

立松 仏像は全部、金メッキですよ。建物も金箔で荘厳な感じを出している。仏教
はそういうものですよ、仏の住んでいる世界をこの世に造るということですからね。

浅田 日本人の美学というのでしょうか。どんどん古くなって、メッキが剥げて、
色も剥げて、それでもそのままにしておくでしょう、日本の場合は。ところが、ア
ジアの仏教を見ると、どんどん色を塗っていって、いつもピカピカですよね。ヨー
ロッパのキリスト教の教会でも、フレスコ画なんかはいつも修復してピカピカにな
ってますね。

立松 日本人って不思議な民族でね。法隆寺は1300年前に持統天皇のころに再建さ
れたと言われています。一方でもっと古い伊勢神宮というのがあって、持統天皇の
ころから、遷宮といって20年ごとに新しく造ってきた。とにかく20年経つと生まれ
変わるわけです。これは神道の甦りの思想で、多分、稲作を基準としていると思う
んだけれども、そのことによって今日にまで伝わっている。そういう二つの局面が
あるから、日本の文化は非常に面白いんです。

浅田 もう一つ、日本人は本当は神も仏もあまり信じてないんじゃないかという気
もするんです。東南アジアの仏教国家やヨーロッパのカトリック普遍主義は、今日
でも生活と完全に密着しています。でも、日本は無神論者とは言わないけれども、
それほど生活に密着していないし、敬ってはいるけれども、頼っているわけではな
い、という感じがあります。
 だから、実用品としての仏像ではなくて、「古くなったら古くなったで、いいん
じゃないか」というふうに考えている節があるんじゃないかなと思います。

立松 中国に行くと、仏像が常に金ピカでしょう。すぐに金箔を張ったり、塗っち
ゃうんですね。最近は反省があって、いつも金ピカだとあまりありがたくないから、
そのままにしておこうと。ただ、中国の場合は、あの文革でほとんど壊されてしま
って、造り直したという事情がある。そのときに日本の修復技術をかなり取り入れ
て、古いものは古く残すというふうになってきており、敦煌なんかはその典型です
ね。

浅田 僕らは古いものを古めかしく見ているのに慣れちゃってますからね。だから、
近くの祠なんかが急に赤く塗り変えられたりすると、すごく嫌な感じがする。何か
ありがたみがなくなったみたいな感じがしてしまう。

立松 そろそろ宮沢賢治の話をしましょうか。この間、花巻へ行ったら、「イーハ
トーブ雑穀村」でアワやヒエを作ってました。いざ作るとなると、苦労したらしい
のですが、でも、岩手はイーハトーブですね。イーハトーブって、いいですね。

浅田 いいですね。僕も宮沢賢治が大好きです。あらゆる文学的な批評からちょっ
と離れたところにいるでしょう。否定のしようがない人ですね。
 それと、僕は賢治の偉大さというのは、ファンタジーというものを残してくれた
ことだと思います。日本の近代文学は、自然主義以来の現実的な文学の系譜を持っ
ていますが、その中で、現実ではない、非現実のファンタジー世界というのを残し
てくれた。その意味で、日本の近代文学からちょっと離れた、インターナショナル
な美学を賢治に感じるんです。すばらしい人だと思います。

立松 賢治の言葉が真に迫るというのも、賢治の生き方というのがいつもギリギリ
の生き方だったからだと思いますね。僕も賢治の詩が好きで、賢治の「生徒諸君に
寄せる」という一節をちょっと読んでみます。

  衝動のやうにさへ行はれる
  すべての農業労働を
  冷く透明な解析によって
  その藍いろの影といっしょに
  舞踊の範囲に高めよ

 農業労働というのは苦しいものだけれども、これが踊りのような楽しいものだと
いうふうにしなさい、という詩です。それから、こんな一節もあります。

  新たな詩人よ
  嵐から雲から光から
  新たな透明なエネルギーを得て
  人と地球にとるべき形を暗示せよ

 とてつもないほどスケールが大きい。この「農業労働を舞踊の範囲に高めよ」と
いうのは、別に農業労働じゃなくてもいいわけで、われわれのすべての生活を本当
に踊っているようにしたいという賢治の気持ち、これは僕の人生の座右の銘という
か、そう思っています。

浅田 先ほど高橋克彦さんが、農民文学が岩手では書かれていないのは農業が苦し
くて辛いものだったから、と非常に興味深いことをおっしゃっていましたね。賢治
はやはり、辛い、苦しいということから離れたファンタジーの世界というもの、そ
れを考えていたんじゃないかと思いました。

立松 辛い、苦しい現実に寄り添うというか、苦しみと馴れ合うみたいな形じゃな
くて、そこからもっと別の生き方があるぞと、何かそういう方向を指し示してくれ
るから、賢治というのは本当に普遍的な存在ですね。

浅田 それとやはり、子どものころに読むと、想像力を膨らませてくれるでしょう。
そういうものは、意外とあるようでないんですよね。正しい童話というのでしょう
か、寓話的なものじゃなくて、ただ想像力を膨らませてくれるというのは、すばら
しいと思います。

立松 実際に言葉が表面の描いていることばかりじゃなくて、その奥の奥があるん
ですよ。とくに詩なんかがそうですね。賢治は生涯に『春と修羅』『注文の多い料
理店』の2冊しか本を出さなかった。心象スケッチ集『春と修羅』の最初の詩は、
やはりすごい詩なんですよ。また、読んじゃいますね。

  わたくしという現象は
  假定された有機交流電燈の
  ひとつの青い照明です
  (あらゆる透明な幽霊の複合体)
  風景やみんなといっしょに
  せわしくせわしく明滅しながら
  いかにもたしかにともりつづける
  因果交流電燈の
  ひとつの青い照明です
  (ひかりはたもち、その電燈は失われ)

 一見、難解な詩ですが、これは仏教の哲理を描いているんだと、僕は思います。
ちょっと偉そうに解説しちゃいますけれど、「色即是空、空即是色」、このことを
言っているんだと思う。
 つまり、私という現象は、自分がここにいるためにいろんな現象がある。因果と
言いますよね。原因があって、条件があって、その結果として、今ここにいる、と。
私という現象は空であると言う。
 いつも「假定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です」というのは、いか
にも自分はそういうふうに因果で現れている、非常に心細い光の明滅するような世
界である、ということを言っているわけですよ。いつも移ろいゆく。これは無常の
ことを言っているんですけれども、こんな論理的な言い方をしたら、「ああ、そう
ですか」ということになる。
 でも、賢治はそうではなくて、死のことまで言っているから、これを解釈してい
くと、頭が痛くなるほど深いんですね。文学者が全部、賢治の詩を理解しているか
と言うと、ちょっとそうも言えないような畏るべき深さが、賢治にはある。

浅田 そういう感じがしますね。知らず知らずのうちに影響を及ぼされている、と
言った方が正しいと思うのですけども、多分、自分では意識してないんだと思うん
ですよね。でも、すごく影響されている。皆が影響されている人だと思います。

立松 「心象スケッチ」のこの詩は、本当に滑らかで美しいんです。美しいんだけ
ど、ちょっと考えるとよく分からない。でも、もっと考えると、やっぱり畏るべき
姿と深さを見せてくれる。それが賢治です。
 賢治は37歳で亡くなっています。あんなに若く死んで、「天才」としか言いよう
のない人物ですね。

浅田 ものの考え方が、理屈とか哲学とか言うんじゃなくて、宇宙観みたいなもの
から始まっている気がします。そこが賢治の大きさで、理屈っぽくないんですよね。

立松 まったく理屈っぽくないです。それと自分の農民としての生活を離れてもい
ない。これが南部なのかなと思いますね。高貴な感じがします。

浅田 そうですね。僕も賢治を今でも読み直すことがあるんですが、「賢治を読む」
というんじゃなくて、「賢治の宇宙に触れる」という感じがする。その宇宙に入る、
という感じが...。あの空気というのは自分ですごく欲しいと思うんですけれども、
やはり理屈がある人間にはできないですね。

立松 そうですね、理屈ではないんです。僕らは理論的なことを言おうと思えば言
えるんですが、それを賢治は、仏教の本質的な哲理である空の世界を語るのに、
「心象スケッチ」のような言い方をする。これは、誰もやったことがないことだと
思います。
「雨ニモマケズ」の詩もそうです。あれは本当に賢治の理想です。「ミンナニデク
ノボートヨバレ クニモサレズ」は、やはり、大乗仏教の「法華経」の理想ですよ
ね。
「常不軽菩薩品」という一章があって、いつも礼拝行をしている常不軽という人が
いた。「私はあなたを軽蔑しません。なぜなら、あなたは必ず立派な仏になる人で
すから」と言って、皆に軽蔑されていた男の物語です。賢治は本当に仏教の理想と
しての菩薩道を追求した人ですね。

浅田 賢治の作品以外は調べたことがないのですが、仏教には詳しかったんですか?

立松 本当に「法華経」をそのまま生きたという人だと、僕は思います。「法華経」
と言うと、すごい遠い存在と思うかもしれませんが、あれもやはり一種の物語なん
です。賢治という人物は「法華経」からも汲み取って、宇宙観を作っていくような
感じですね。

浅田 なるほどね、岩手の人はものすごく勤勉ですから。

立松 それで、勤勉だということを自分からは言わないんです。いつの間にか勤勉
だということになってしまいましたが、賢治もあれだけの仕事をして、生涯に2冊
しか本を出していない。寡黙だけれども、実はものすごく雄弁であるとか、二律背
反を背負っています。

浅田 それも岩手県民の特性ですね。たとえば後藤新平という人がいて、明治国家
の礎を作ったという意味では大変な功労者なんですが、目立たないんです。
 
立松 そういえば、上野駅に石川啄木の「ふるさとの訛なつかし...」の歌碑があり
ますね。

浅田 エーッ、そうですか! 上野駅のどこに?

立松 駅の中の一等地にありますよ。

浅田 目立たないんですね。上野駅の真ん中に立ってても。

立松 控えめですね。

浅田 もう一つ、五千円札になっても誰も知らないというのもね、これも控えめで
すね。

立松 でも、存在しているんですね。したたかに存在している。

浅田 新渡戸稲造のことを申し上げますと、私は一昨年にこちらの地元の放送局の
仕事で台湾に行ったんですが、向こうでは後藤新平も新渡戸稲造も、日本よりも有
名です。
 どうしてかと言うと、日本が台湾を植民地にして、その植民地経営が大成功した。
植民地経営が大成功するということは、地元の人もものすごく潤うということです
ね。
 何によって一番成功したかと言うと、サトウキビの栽培なんです。この栽培技術
を指揮をしたのが、新渡戸稲造だったんですね。
 新渡戸稲造は国際人で、国連の事務次長で、偉大な教育者だった。新渡戸稲造が
作った学校は、本当に数え切れないぐらいあって、私もその中の一つで学んだこと
があります。
 彼の本職は何かと言ったら、やはり札幌農学校を出た農学者なんです。だから、
その技術でサトウキビの栽培をして、台湾を豊かにしたということで、台湾ではす
ごく有名で、偉人になっているんです。

立松 『武士道』という本も新渡戸稲造で、今でも読まれていますね。

浅田 それなのに目立たないんですよ。当然、五千円札のお札になってしかるべき
人ではあるのですが、やはり、岩手県人の美しさと言うんですかね。

立松 美しいけれども、したたかに存在している。この岩手の存在感というのはす
ごいですね。浅田さんは生粋の東京人だけど、東京では皆、何となくいるだけです
ね。僕の故郷は栃木ですけれど。

浅田 今は東京生まれの東京人は、ほとんどいないのと同然です。僕らは故郷をな
くしたんですよ。盛岡には、多分、昔のものがいっぱい残っていますが、東京には
言葉も残ってなければ、町の名前だって残っていませんからね。これはダムの底に
沈んじゃったみたいなもので、すごく悲しいですよ。だから私は、盛岡は第2の故
郷だと思っているんです(拍手)。どうも、ありがとうございました(拍手)。

                  (文=理事・会報委員会委員長 清原康正)

※次号は「ことば」と題した、森ミドリさん(エッセイスト・音楽家)と新井満さ
ん(作家)の対談をお届けします。

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■ペンクラブ編の新刊案内〜8月発売の2冊をご紹介します。

◎『翳りゆく時間---かげりゆくとき』浅田次郎選(新潮文庫 本体400円+税)

優雅で激しく、メランコリックでせつなく...。大人の想いを描き切った
傑作短編7篇。

〜収録作品〜
江國 香織    「りんご追分」
北方 謙三    「煙草」
吉田 修一    「みんなのグラス」
阿刀田 高    「スモーカー・エレジー」
浅田 次郎    「マダムの咽仏」
山田 詠美    「天国の右の手」
三島由紀夫    「煙草」


◎『捕物小説名作選<一>』池波正太郎選(集英社文庫 本体571円+税)

半七、右門、貧乏同心...。ご存知どころが悪事を追って大活躍。
巨匠・池波正太郎厳選の捕物シリーズ第一集。
(1980年5月集英社より刊行したものを2分冊に再編集し再刊)

〜収録作品〜
岡本 綺堂    「半七捕物帳(お文の魂)」
佐々木味津三   「右門捕物帖(南蛮幽霊)」
久生 十蘭    「顎十郎捕物帳(捨公方)」
柴田錬三郎    「貧乏同心御用帳(南蛮船)」
南条 範夫    「岡っ引源蔵捕物帳(伝法院裏門前)」
伊藤 桂一    「風車の浜吉捕物綴(風車は廻る)」
(解説・浅田 次郎)

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 閲覧はすべて無料です。ぜひご覧下さい。
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html

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「ぺんぺん草」

 暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
 今号でも引き続き、3月3日に岩手県盛岡市で開催された「平和の日」の集い
から、浅田次郎さんと立松和平さんの対談を掲載しました。これまでは、ひと
つの対談を2回から3回に分けて掲載していましたが、「途中で切らずに全部ま
とめて読みたい」という読者の方からの声もあり、今回はまとめて掲載しまし
た。多少長くなりましたが、読み応えもあり、一気に読んでいただけると思い
ます。(鈴)