●日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第43号2006年8月11日
第22回平和の日の集い(盛岡市)対談I〜高橋克彦VS西木正明 後編
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目次
1)対談I「平和の日に想う・風土」〜高橋克彦VS西木正明 後編
2)声明「言論の封殺を狙った溝口敦氏への度重なる暴力事件に抗議する」
3)新刊案内〜せつない小説アンソロジー『人恋しい雨の夜に』浅田次郎選
4)電子文藝館の新作〜浅田次郎「月島慕情」、梶山季之「合わぬ貝」など12作
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前号に引きつづき、3月3日に岩手県盛岡市で開催された「平和の日」の集いの
対談をお送りします。
今号は、高橋克彦さんと西木正明さんが、風土について語った対談の後編です。
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■対談I「平和の日に想う・風土」〜高橋克彦VS西木正明 後編
高橋 今日は「平和の日」ということで、昨日寝ないで考えたことがありまして
...。それはなぜ、東北から「平和の日」というのを発信しなければいけないかと
いうことです。
東北は縄文時代はともかく、それ以降の弥生になってからはずっと侵略された
側なんです。東北の方から攻め込んだことは歴史的に見て一つもない。全部、朝
廷側から攻め込まれて、それを守る戦いをずっと続けてきて、その都度負けてき
た。こういう土地は、実を言うと、日本で東北以外にないと思うんです。
西木 そうですね、確かに。
高橋 広島とか長崎が「原爆禁止」を世界に胸を張って叫べるのは、やはり、自
分たちがそこの被害者の中にいたから堂々と言えるわけで、その意味で言うと、
日本で本当に平和の大事さを訴えられるのは、ひょっとしたら東北人じゃないか
なと思ったんです。
西木 それは言えますね、間違いなく。第2次世界大戦前後のことを考えても、
旧満州国に出て行って開拓村に入った人たちは、中部地方の長野なんかも多いけ
れども、やはり圧倒的に東北人が多いんです。その後、満州国が崩壊した後で残
留孤児になった人たちもたくさんいて、その人たちのルーツは、やはり東北の人
たちが多いですね。そういう間接的にも戦争の被害を受けたのは、われわれの一
つ前の世代に多いわけですね。盛岡はどうですか、戦争中に爆撃は受けましたか
?
高橋 盛岡は駅前が空爆を受けてますね。あとは釜石とか......。
西木 秋田は石油が出たので、石油の精製施設の土崎というところがやられたん
ですが、これについては、いかにも秋田らしいなという思い出がありまして...。
昭和20年の春か夏、よく晴れた日に飛行機が何機か、銀色の翼を光らして秋田
に向かって飛んで行くのが見えたんです。うちの周りのお母さんたちが外へ出て、
その飛行機に向かって手を振って、「おーい、頑張ってこいよ」と言ってるん
です。私なんかも一緒に手を振った。小学校に上がるちょっと前ぐらいです。し
ばらくしたら遠くの方で、ドーンと音がするんですよ。何だろうと思っていたら、
次の日に、僕たちの頭の上を飛んで行った飛行機が土崎の精製所に爆弾を落と
したことが分かりました。
高橋 逆に言うと、アメリカの飛行機が来るということは滅多になかったんです
ね。
西木 そうですね。戦争中といえども、ある意味で平和だったわけですが、あっ
と言う間に、周りから青年期・壮年期の人たちがいなくなって、ほとんどがビル
マやフィリピンとかの激戦地にもって行かれてしまった。親父はパラオへ行って、
部隊は玉砕したのですが、軍医だったので生き延びて帰って来ちゃった、とい
う言い方はよくないけれど......。高橋さんのお父さんは、戦争に?
高橋 行ってます。やはりラバウルに行って、大変だったみたいですけどね。
西木 ラバウルも激戦地でしたからね。
高橋 親父の話は嘘が多くてね(笑)。ラバウルで戦艦大和を見た、と言うんで
すよ。後で資料を調べても、戦艦大和はラバウルまで行っていない。でも、「前
から見ていたら、巨大な盥が流れて来たような気がした」とすごくリアリティが
あった。僕はまだ子どもだったから、「すげえなァ」とすっかり信じていました
けれど。子どもにそんな嘘ついて、どうするんですかね?
西木 あえて忖度(そんたく)すれば、高橋さんのお父さんも戦争で辛い思いを
なさったと思います。私はそういう戦記物というか、戦争中のものを題材にして
書くケースが多いんですが、高橋さんのお父さんだけではなくて、戦争に行った
人は皆、嘘をつきますね。
高橋 あ、そうなんですか。
西木 自分が体験したことで、たとえば資料にあるようなことについては、割と
本当のことをしゃべるんですよ。でも、その周辺のことになったら、ほとんど嘘
です。
取材に行って人に会うとき、とくに戦争関連の話の場合は、身内の方、とりわ
け配偶者の方には、できれば会わないんです。会うとしても最後です。と言うの
は、とにかく軍人の妻ほど、自分の夫が何をやっていたかというのをご存じな方
はいません。とくに戦争中は軍の機密がありますから、家に帰っても旦那さんは
何も言いませんからね。いいことも悪いことも、何も言わないわけです。シリア
スでシビアな状況の中に身を置いた方というのは、言いたがらないし、言ったと
しても楽しい話にしちゃいます。そういう意味で、高橋さんのお父さんは優しか
ったんですよ、きっと。
高橋 森村誠一さんが以前に人体実験の話を書きましたね。親父の経歴を見ると、
ちょうどその時期に軍医として満州へ行っているんです。そうなると、親父も
関わっていたんじゃないか、と親父の顔を見るのがすごく怖くなりました。
西木 細菌部隊「731」のことですね。
高橋 ええ。それで、僕がときどき真剣にかまを掛けたりすると、微妙にずらし
て返事するんですよ。そのときからちょっと不審に思ったことがありますが、よ
く分からない。
西木 いずれにしても、戦争という時代を書くに当たっては、当事者の証言は当
てになりません。風土の話から戦争の話にいっちゃったんですが、「平和の日」
だから、これはこれでいいですね。
高橋 そうですね。僕は、戦争に基本的に反対の立場なんだけれども、蝦夷の話
を書く上で、どうしても戦争せざるをえない状況というのに直面するわけですよ
ね。そうすると、その中で、一人ひとりの心を肯定していく作業は、すごく辛い
ですよ。何万人が戦って何千人が死んでいくというシーンを書くとき、自分がど
の立場で書くべきか、どこに心情を置くのか、いつも迷いますね。
西木 それは実によく分かります。寝ている時間が違っても、そこは一緒ですね
(笑)。
戦争をテーマにした場合、たとえば爆弾1個落とすだけで、少なくとも瞬間的に
何百人か何千人かが死ぬわけですね。そういうことを個々の立場にわが身を置き
換えて考えると、これは冷静に書けっこないわけです。とくに主人公が敵をなぎ
倒すようなシーンというのはね。
デビュー作を書いたときにつくづく思ったことですが、ソ連の国境警備隊が日
本の漁師を追い掛け回して銃撃なんかするわけです。でも、警備隊の船を操縦し
たり、号令している司令官と言えども、家に帰れば、多分、ごく普通の家庭のお
父さんたちなんですよね。だから、ごく普通の人間がいったん制服を着たり、あ
るいは銃を持ったりなんかすると、にわかに立場が一個の善良な人間から、極端
な言い方をすると殺人者に変わる。
そういうものを書くときって、やはりきついですよね。高橋さんがおっしゃる
迷いというものに、まったく同意します。
高橋 だから、小説家って、日常的にはたいしたことしてなくて、社会にあまり
貢献もしてないような気がするんだけれど、実は、戦争とか平和に一番深いとこ
ろで直面しなければいけない仕事なのかな、と思ったりします。
西木 さっきから秋田と岩手の違いばかり言ってたんですけれども、東北の人間
はどこかで、最終的にはここに根っこを生やして生きていかなきゃいけないとい
う思いが、皆あるんです。そうすると、さっきはふざけて自分のペンネームのこ
とをしゃべりましたが、やはり世間様、近所の目が怖い。
高橋 それはやはり、東北人特有のものなんでしょうかね?
西木 大都会で育った人たちにとっての世間様は、ほとんど知らない不特定多数
の人間の場合が多いんですが、われわれの世間様というのは、周りは皆知った人
ばかりです。
高橋 なるほどね。僕だけが特別かと思ってましたけれど、そうなんですかね。
西木 やはり、似たような風土で育っているからだと思いますね。人に後ろ指さ
されるのって、辛いもんね。私なんか、ずいぶんと後ろ指をさされましたけれど。
高橋 だから、常に人の目を気にしてるんですよね。
西木 はい。秋田人を形容する言葉はいっぱいありますが、その一つに「秋田の
エエふりこき」というのがある。見栄っぱり、ということですね。さっきも言っ
た通り本当に貯金しない人たちですから、私を含めて。日々のご飯に困ることも
あるわけです。そうなると、当然、奥さんのほうが強くなって、旦那さんをとっ
ちめる。
「おみゃ、今夜のマンマ、何とする」と。旦那さんは何言われてもしょうがない
から、下を向いて黙っている。そこへ、お客さんが来ます。そうすると下向いて
いた旦那がにわかに猛々しくなって、「おい、酒、買って来い」となる(笑)。
「はいはい」と奥さんはいったん矛を収めて、近所の酒屋さんに行って、ツケで
買って来る。お客さんと一緒に飲んで騒いで、楽しく幸せな数時間を過ごすんで
すが、お客さんが帰ると、現実がまた目の前にある。しかも、前よりいっそう悪
くなって(笑)。
高橋 それは風土の問題ですかね。性格の問題じゃないかな(笑)。
今、西木さんと話をしてて、去年、遠野で飲食店をやっていた人が銀行強盗し
た事件を思い出しました。すぐに捕まった。だって、顔見知りですからね。捕ま
ったときに世間に対して言った言葉が、「遠野の人たちに申し訳ない」というも
のでした。僕は最初、何のことか分からなかったのですが、つまり、今までずっ
と話してきたことと同じなんですね。たとえば、東京生まれの人が銀行強盗をや
って、「東京の人に申し訳ない」って言わないですよね(笑)。
西木 それは絶対に言わない(笑)。
高橋 自分が遠野の町の名を貶めたとか、自分を知っている人たちに「すまない
ことをした」という気持ちが、「遠野の人たちに申し訳ない」という言葉だった
と思いますね。
西木 でもね、そういう感覚というのは、われわれの中にもあると思いますよ。
どうしたって、周りの人に対して申し訳ないとか、自分の親、親戚、一族郎党の
面子を潰したとか、いろんなことを考えちゃうわけでしょう。これは一見、古い
ように見えて、生活する者の感覚としては、僕はかなり健康なことだと思ってい
るんです。それがいろんなことの規範になるというか、何か変なことをしようと
思っても、そこでブレーキが掛かるとかね。非常に単純でシンプルな話だけど、
意外にこういうものの効能というのは大きいですよ。
高橋 だから東北の人って、ある意味で、そういう歯止めみたいなものがあると
いうことですね。ありがとうございました(拍手)。
(次号は「こころ」をテーマに語りあった、浅田次郎(作家)と立松和平(作家
)の対談の要約をお届けします。)
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■声明「言論の封殺を狙った溝口敦氏への度重なる暴力事件に抗議する」
2006年7月18日、日本ペンクラブ理事会は、上記声明の発表を決議、マスコミ
・言論団体に送付しました。
全文は、ペンクラブのホームページに掲載しています。
http://www.japanpen.or.jp/seimei/060718.html
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■ペンクラブ編纂の新刊案内〜せつない小説アンソロジー
『人恋しい雨の夜に』浅田次郎選(光文社文庫・本体495円+税)
"感涙の小説家"浅田次郎が、広汎な読書体験のなかから、今なお強く胸に残る
名作を精選した珠玉のアンソロジーです。しみじみ心が洗われる10作です。
〜収録作品〜
「ミリアム」 T・カポーティ〔訳:川本三郎〕
「いつも二人で」 宮部みゆき
「蜃気楼」 芥川龍之介
「あくる朝の蝉」 井上ひさし
「孔乙己(コンイーチー)」魯迅〔訳:竹内好〕
「盆土産」 三浦哲郎
「Kの昇天」 梶井基次郎
「日本人の微笑」 小泉八雲〔訳:田代三千稔〕
「平家物語」 〔校注:高橋貞一〕
「ひなまつり」 浅田次郎
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■ペンクラブ「電子文藝館」のご案内
6月〜7月に新しく掲載された文藝作品です。
*評論・研究
岡澤 祐吉(おかざわ ゆうきち 翻訳・歴史研究家)
「明治天皇の初代侍従武官長(抄) 」
太田 代志朗(おおた よしろう 作家・歌人)「高橋和巳序説」
赤瀬 雅子(あかせ まさこ 評論家)「荷風におけるボエームの夢」
小松 茂美(こまつ しげみ 古筆学 美術史家)「手紙」
*招待席
行友 李風(ゆきとも りふう 小説家・劇作家)「極付 国定忠治 抄」
鶴 彬(つる あきら 川柳作家)「鶴彬 川柳選」
*小説
浅田 次郎(あさだ じろう 小説家)「月島慕情」
津田 崇(つだ たかし 作家)「おもい旅」
梶山 季之(かじやま としゆき 小説家)「合わぬ貝」
中山 孝太郎(なかやま こうたろう 作家)「藪を這う」
*詩
綾部 健二(あやべ けんじ 詩人)「工程」
*読者の庭
吉田 優子(よしだ ゆうこ 静岡県在住の主婦)「私小説という小説」
閲覧はすべて無料です。ぜひご覧下さい。
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html
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「ぺんぺん草」
日本ペンクラブでは、いろいろな委員会が活動をしています。
今号のメルマガ冒頭に掲載した「平和の日」の集いは、平和委員会(委員長・
立松和平)と企画事業委員会(委員長・山崎隆芳)の2つの委員会が、企画・運営
にたずさわっています。
7月上旬、この2つの委員会の合同委員会が開かれ、来年2007年3月3日、秋田県
で開催される「平和の日」の集いの内容、出演者を話し合いました。
来春も、魅力的な作家や表現者たちが出演する予定です。
東北地方にお住まいの方、どうぞお楽しみに!


