メールマガジン「P.E.N.」バックナンバー

日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第24号2005年2月9日

「いま、戦争と平和を考える」〜加賀乙彦「戦争と文学」
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  前号に引き続き、昨年2月に開催したシンポジウム「いま、戦争と平和を
 考える」より加賀乙彦さん(作家・医師)の講演録「戦争と文学〜なぜ私は
 反戦文学を書くのか」をお送りします。

  今年2005年「いま、戦争と平和を考える」は、2月12日(土)に日本プレ
 スセンター(日比谷)で行います。
 (くわしくは、本号の「催しのご案内」をご覧ください)
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3)講演
加賀乙彦「戦争と文学〜なぜ私は反戦文学を書くのか」

 今、皆さんのお話を聞いていて、いろいろな思いがわたしの心の中に去来いたし
ますが、いよいよ日本も、はっきり言って戦争を始めたなという時期が今だと思い
ます。

 日本は自衛隊を派遣して、どこに行ったかというと、米軍のキャンプに行ったの
です。米軍の出迎えを受けてこれからいよいよサマワというところに行くそうです
が、そういう具合に、米軍と同じような活動は明らかで、そのことをわたしは非常
に残念に思います。

 昨年末、小牧基地で航空自衛隊の部隊編成完結式が行われました。航空自衛隊の
人たちが小牧飛行場から飛んでいくときに、あそこに残っている人たちが一列にな
って手を振って見送っていた。あの小牧飛行場は昔、陸軍春日井飛行場といって、
特攻機があそこから出撃した場所です。
 わたしは、戦争中、名古屋陸軍幼年学校にいましたので、特攻隊が出るたびに何
人か見送りに駆り出されてあの飛行場に行って、やはり一列に並んで、これから死
んでいく特攻機の若者たちを手を振って見送った。その光景が重なってきました。

 戦争では、いつも殺されるのは若者で、一将功成って万骨枯れるというのはまさ
に名言で、ブッシュはじめ、日本の偉い方々もみんな年寄りで、その年寄りの命令
によって若い人たちが出陣をする姿を見て、わたしは涙がにじんでいく思いでした。

 日本はどうしてアメリカと一緒に戦争をしなくてはならないのかということを、
実はわたしはずっと小説に書いてまいりました。

 例えば、昭和16年のルーズベルトと来栖大使と野村大使の日米交渉の話を『錨の
ない船』という小説の中で書いています。そのときに、アメリカ各地を旅行して取
材をしました。デイトンというところに空軍博物館があり行きました。そこに、長
崎に爆弾を落としたB29の「ボックスカー」が保存されています。
 この前、スミソニアンの航空宇宙博物館に、広島に原爆を落とした「エノラ・ゲ
イ」が展示されているというので、どうして被害の実情を展示しないのかと平和運
動家たちが抗議して門前払いを食ったということが報道されましたが、その前から、
戦後50年間、デイトンの空軍博物館には「ボックスカー」が展示されているのです。
 そのそばに原爆の実物大の模型が二つ置いてあります。25セントを入れると映像
が表れて、原爆を作る苦心とともに、広島・長崎に原爆を落としたときのきのこ雲
の写真が出てまいります。これはビデオで出てきます。

 ちょうどわたしが行っていたときに、小学生の一団が先生に引率されてやってき
ました。わたしはあまり英語はよく分からないのですが、聞き耳を立てると、これ
はアメリカの世界に誇るべき原爆を2度めに長崎に落とした「ボックスカー」という
爆撃機で、今からその原爆の場面を見ましょうというのです。30人ぐらいの小学生
がその原爆のシーンを見て、そしていよいよ長崎の空にきのこ雲が出たときに、驚
いたことに小学生たちは拍手しました。それがアメリカの教育なのでしょうね。そ
の光景はいまだに目に焼きついております。
 世界最大の大量破壊兵器、原子爆弾を作り出したのはアメリカ人であって、アメ
リカ人はそのことに罪の意識を持っているのではなくて誇りに思っているのだとい
うことがよく分かりました。

 わたしの今書いている『雲の都』という小説の中に原爆のことが出てくるのです
が、主人公が広島・長崎の病院を訪ねる。その病院はアメリカの資金によってまか
なわれたもので、何のためにその病院をアメリカが建てたかというと、原子爆弾で
被害を受けた人々を治療するためももちろんあるのですが、観察するためなのです。
どのような被害を人間に与えるかというこよなき実験台に日本人がさせられて、そ
れは今も続いています。まだ生存している方が病院に入っておられて、原爆手帳を
持っていらっしゃる広島市民・長崎市民の方にわたしもお会いしたことがあります。

 あの原子爆弾で、あるいはあの戦争で、日本人は350万人ぐらい殺されました。
それは何のためだったかというと、アメリカ人を真珠湾で2800人殺した。3000人に
いかない。ちょうど9.11のときの被害者の数ぐらいの人間を殺した。それでアメリ
カは一丸となって敵を討つ、日本人を撲滅するという戦争を起こしたわけです。

 その戦争を起こした事情は、『錨のない船』という作品の中で随分詳しく書きま
した。これは英語に訳されてかなり売れたものですから、随分いろいろなアメリカ
人の方から手紙を頂きました。その中で半分以上が抗議の手紙です。日本はもっと
ひどかったのだと。要するに、宣戦布告なしにいきなり真珠湾を攻撃したのだと。
実は、宣戦布告前に日本はアメリカにそれを通告することを来栖・野村両大使は命
じられて、そのための準備もちゃんとしていたのですが、暗号解読器がうまく作動
しなかった。ところがアメリカのほうは宣戦布告を日本がすることをすでに知って
いて、ほとんどわざとあの真珠湾攻撃を日本にさせて、そしていっぺんにアメリカ
の世論を反日、「リメンバー・パールハーバー」というふうに持っていった。そう
いう国でありました。

 わたしは、戦争が終わったときに16歳で、陸軍幼年学校の3年生で、陸軍幼年学
校というのは中学でいえば中学4年生ぐらいの子供ですが、一応、兵長の位をもらっ
て、わずかですが給料ももらっていた。ですから戦争が終わったときに復員してき
たのです。

 そのときから戦後教育を受けているわけです。そのときのことをわたしは『帰ら
ざる夏』という小説で書きましたが、わずか一日で日本人は、軍国主義者が平和主
義者に変わったのです。わずか一日で。

 8月15日の天皇の放送の翌日には、もう日本は平和でなくてはならないと。「民
主主義」という言葉を聞いたのはひと月たってからで、ありとあらゆる新聞・ラジ
オ、すべてが「これからは民主主義の時代だ」ということになって人間はころりと
変わった。
 つまり、日本人は何か事があるとあっという間に正反対の方向に行く国民である
ということを、わたしは16歳の少年のときにつくづくと身に染みて思いました。そ
して、そのひと月の間に陸軍も海軍もすべてなくなってしまった。"聖戦"の思想
まで崩壊した。

 今度、わたしが恐れているのは、イラクに自衛隊を派遣するという行為によって、
日本人の心の中に眠っていた好戦的な気持ちが呼び覚まされて、これは正義の戦い
であるから正しいのだ、彼らの無事を祈って送り出そうではないかというふうに。
 もちろん無事を祈るのはかまいませんが、しかし正義の戦いに行くから送り出そ
うではないかというふうに、180度回転しかねない空気が、今、日本の中にあります。
これは日本人の心の中にもありますし新聞報道の中にもあります。そのことをわた
しは最も恐れます。

 特に新聞報道が、自衛隊の行動をまるで賛美するかのような報道を次から次へと
今行っていますが、あの報道のしかたで、結局得をするのはアメリカです。アメリ
カは、日本が参戦してくれたと思って喜んでいるでありましょう。

 そのような在り方は戦争が終わったときの新聞の在り方と全く同じで、8月15日
までは「聖戦完遂」という言葉があって、8月16日にはあっという間に「平和日本」
に変わって、ひと月後には「民主主義」になって、そういう移り変わりをわたしは
見てまいりました。

 今、日本ペンは、何度も何度も反戦集会を開いてまいりましたが、今いちばん開
きたい。今が危ない。つまり、日本人が戦争の空気にたぶらかされて、戦争をする
ことが大事なことだ、平和を守ることだ、国際貢献をすることだと思い込まされて
しまう。そのことが実に怖い。わたしは自分自身の経験から言って、そして自分自
身がそのことをずっと小説に書いてきた経験から言って、同じようなことを日本人
は繰り返しそうに思います。

 あと2分ですが、これだけ申し上げたい。
 今度の日米同盟が始まったのは、1951年、サンフランシスコの平和条約のときで
す。そして、日米安保条約が締結されました。日本はアメリカの同盟国になったの
ですが、この日米安保条約は10年ごとに相互の国々が討議して、継続してもいいし
断ち切ってもいい。わたしは、どうしてそれが断ち切れなかったのか実に不思議に
思います。60年安保、70年安保であれほど安保反対を叫んだ青年たちが、80年にな
ると沈黙し、90年、2000年とずっと沈黙し、沈黙している間に日本はだんだんにア
メリカの戦争に取り込まれていく。それが今の赤裸々な状況ではないでしょうか。
わたしはそういう意味で、今度の自衛隊のイラク派遣には反対です。

(第3弾『いま、戦争と平和を考える』より。2004年2月6日 日本プレスセンターに
て開催)

 今年2005年の催しの詳細は、以下です。

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■ペンクラブの催しのご案内    ※終了いたしました

日本ペンクラブ 緊急集会 第4弾『いま、戦争と平和を考える』

*日 時
 2005年2月12日(土) 12時30分開場/13時開演/16時終了(予定)
*場 所
 日本プレスセンターホール
  日本プレスセンタービル10F
(東京都千代田区内幸町2-2-1)
*交通
 地下鉄/千代田線・日比谷線 霞ヶ関駅C-4、丸の内線 霞ヶ関駅B-2
 都営三田線 内幸町駅A-7、JR/新橋駅日比谷口(SL広場側)
*定 員
 先着400名(予約不要)
*参加費
 500円

○プログラム
*レポート1 「日米首脳の発言にみる9・11から自衛隊派遣延長まで」
 吉岡 忍(ノンフィクション作家/日本ペンクラブ理事・平和委員会副委員長)

*レポート2 「現地撮影ビデオに見るイラク戦争の実態」
 (ビデオ提供・高遠菜穂子)

*シンポジウム  「戦争と言論」
 井上ひさし(劇作家・作家/日本ペンクラブ会長)
 辻井  喬(作家・詩人/日本ペンクラブ国際委員)
 酒井 啓子(アジア経済研究所 地域研究センター参事)
 進行/高橋千劔破(文芸評論家/日本ペンクラブ常務理事)

*ミニ講演 「日本国憲法にみる戦争と平和」
 井上ひさし

*総 括 「もし日本が攻撃を受けたら私はどうするか」
 阿刀田高(作家/日本ペンクラブ専務理事)

○声明の発表と公開記者会見
会見者 井上ひさし・阿刀田高・新井 満(作家/日本ペンクラブ常務理事)
    ・米原万里(作家/日本ペンクラブ常務理事)・高橋千劔破・吉岡 忍

進行/松本侑子(作家/日本ペンクラブ理事・広報室長)

総合司会/高橋千劔破

○問合せ先
 日本ペンクラブ事務局(安西)
 e-mail secretariat02@japanpen.or.jp
 TEL 03-5614-5391/FAX 03-5695-7686

 2月12日の土曜日、どうぞご参加ください!

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■ペンクラブの催しのご案内    ※申し込みは締切りました

第21回「平和の日」松山の集い

*日 時
 2005年3月3日(木) 午後1時開演、4時40分終了
*会 場
 松山市総合コミュニティセンター・キャメリアホール
*主 催
 日本ペンクラブ・松山市

*入場料/申し込み方法
 無料・申し込み制(1000名※応募者多数の場合は抽選)
往復ハガキの往信用に「平和の日」参加希望、住所、氏名を、
返信用に宛名明記の上、下記に申し込んでください。

  〒790-8571 松山市二番町4-7-2 (電話089-948-6634) 
  松山市国際文化振興課宛

*申し込み締切り日
 2005年2月14日(月)到着分まで有効

《プログラム》
 【オープニング】
   挨 拶  日本ペンクラブ会長 井上ひさし
   挨 拶  松山市市長 中村 時広
   総合司会 松本 侑子

 【リレートーク】(対談形式のトークが4組あります)
   ▽テーマ
    平和の日に想う ことば・温泉・ものがたり・私たちの暮し
   ▽司 会  森 ミドリ・高橋千劔破
   ▽出 演
    三宮麻由子 VS 新井  満
    嵐山光三郎 VS 立松 和平
    阿刀田 高 VS 浅田 次郎
    落合 恵子 VS 井上ひさし

 愛媛県にお住まいではない方もご参加頂けます。
 〆切が2月14日ですので、どうぞお早めにお申し込みください。

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■ペンクラブ「電子文藝館」のご案内

 2月に新しく掲載された文藝作品です。

*小説
鶴田 知也(つるた ともや 小説家 1902-1988)「コシヤマイン記」

*招待席
国木田 獨歩(くにきだ どっぽ 小説家・詩人 1871-1908)「正直者」

「出版・編集」
西谷 能雄(にしたに よしお 出版者 1913 - 1995)「編集者とは何か」

「主権在民史料」
植木 枝盛(うえき えもり 民権思想家 1857 - 1892)
「日本國國憲案 附・大日本帝国憲法」


閲覧はすべて無料です。ぜひご覧ください。
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html

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「ぺんぺん草」

 ペンクラブの会員が開いているホームページの一覧を更新しました。
 作家、エッセイスト、詩人、脚本家など、多彩な会員たちの個性豊かなサイトを、
どうぞお楽しみください。
 一覧リストは、ペンクラブのサイトに掲載しています。
 http://www.japanpen.or.jp/link.html

 そして今週末、12日(土)のシンポジウム、どうぞご参加ください。
 ご来場をお待ちしています!