メールマガジン「P.E.N.」バックナンバー

日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第23号2005年1月28日

「いま、戦争と平和を考える」第3弾より〜井上ひさし、浅田次郎
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  日本ペンクラブでは、「いま、戦争と平和を考える」という催しを
 2001年12月、2003年1月、2004年2月に開催してきました。

 今年2005年は、2月12日(土)に、日本プレスセンター(日比谷)で行います。
 (くわしくは、本号の「催しのご案内」をご覧下さい)

 昨年2004年2月6日に実施した「いま、戦争と平和を考える」より、
 三人の作家の講演録を、今号と次号の2回にわけてお届けします。

 講演1)井上ひさし「なぜ日本ペンクラブは戦争に反対か」
 講演2)浅田次郎「イラクへの自衛隊派遣に思うこと」
 講演3)加賀乙彦「戦争と文学・なぜ私は反戦文学を書くのか」(次号掲載) 
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●講演1)
開会あいさつ
井上ひさし「なぜ日本ペンクラブは戦争に反対か」
 
 皆様ありがとうございます。これほどたくさんいらっしゃるとはわたしは思って
いませんでしたが、ペンクラブの中では、今日はたくさん入るという予測を立てた
かたもいらっしゃいまして、そちらのほうが今日は勝ちました。
 何しろ秒刻みで会が進行しますので、私の持ち時間は10分間です。尻切れとんぼ
になるかもしれませんが。

 「ブッシュ・ドクトリン」というものがあります。ドクトリンというのは、基本
政策とか、あるいはもっと日本人に近い言葉で言うと教書ということになります。
ブッシュさんはいつ大統領になったか分からない選挙で選ばれてきて、そこにいろ
いろな裏話もあるようですが、ブッシュさんと彼のスタッフが、大統領になった以
上わたしたちはこういう方針でこの大きな国を運営していくという基本政策を決め
たわけです。
 これは皆様もご存じのように、大きく分けると六つあります。いちいち読んでい
るのは時間の不経済ですので、ブッシュ・ドクトリンの骨格を六つに分けて皆様に
まず知っていただきたい。ご存じのかたは聞き流していただきたいのですが。

 まず1番めは、テロリストのみならず、テロ支援国家も軍事攻撃の対象と見なす。
そして、ある国がテロリズムを支援しているか否かの判定はアメリカが下すという
のがまずブッシュ・ドクトリンの最初の柱です。つまり、客観的にこの国はテロ支
援国家だということではなくて、アメリカが判定を下すとそれがテロ支援国家であ
るということです。

 2番めは、これは僕が極端に悪意の意訳をしていますので、原文とは多少違います
が意味は同じです。我々は善悪二元論的な世界認識に立つということです。つまり、
この世界にはいいものと悪いものがいる。ハリウッド映画のシナリオのようですね。
そしてアメリカは常にいいほうである。これは相当意地悪く意訳していますからあ
るいは不正確かもしれませんが、世界には悪者がいる。その悪者との十字軍的な戦
いがアメリカの務めであると。

 3番めは、伝統的な抑止概念ではテロリストを効果的に攻撃できない。そこで我々
は先制攻撃をするというものです。

 4番めは、我々は単独主義でいく。NATOや国連のような国の主権を超えたとこ
ろにある国際機関をあてにしない。自分たちは力があるので単独主義でいく。つま
り、京都議定書はアメリカにとっては都合が悪いので離脱する。国際刑事裁判所は
テロリストを取り締まるために作られた国際機関で、アメリカは署名までしていま
すが、それも一方的に廃棄する。自分が裁判所になるのだということです。

 5番めは、相当意地悪いまとめ方ですが、アメリカの敵に対しては変な気を起こさ
せない。そういう原文ではありませんが、まとめますと、変な気を起こさせないと
いうのが5番めです。

 6番めは、これがとても大事です。人道的な利益や国際社会の利益ではなく、アメ
リカの国益をあくまでも外交の基準とするというのが6番めです。

 今、1〜6番まで申し上げましたが、これがブッシュ・ドクトリンの骨格です。
 つまり、アメリカは神から世界を統べていく力を授かっている。我々は間違いを犯
さないので、我々と違うのは全部間違いである。それを叩くということです。しかも
圧倒的な力があります。しかし、このことを常に表現しないといけませんから、小さ
なところを見つけてはそこを徹底的に叩くわけです。
 今、フランスからトッドという社会学者が来ていろいろなところで講演をしていら
っしゃいますが、そのかたも、アメリカは自分の力を常に誇示しないと単独主義をや
っていけないので、大きいところは別にして、小さいところをテロ支援国家に全部指
名して、そこを最新の兵器で叩きながらアメリカ自身の力を見せていくという展開に
なっているわけです。それに対して日本政府は、昔からずっとそうですが、アメリカ
のブッシュ・ドクトリンを完全に支援していくことになるわけです。

 そこで、わたしたちのこの会は、日本は日本の生き方があるはずである。アメリカ
だけが国際社会ではなくて、日本人がたくさんいろいろなところへ行っていますし、
日本の製品があちこちに行っていますし、いろいろなところから物を買っていますし、
アメリカとの関係はある意味では特別ですが、しかし国際社会はアメリカだけではな
い。小泉さんはアメリカしか国際社会がないような感じですが。ですから、わたした
ちがこういう集会で一生懸命考えて、やはり日本には日本の生きる道、取るべき道が
あるのではないかということを皆さんと一緒に考えるための集会です。

 最後に、これは加賀乙彦先生が専門ですが、精神科のお医者さんが、これはナチの
強制収容所をずっと調べていらっしゃったかただと思いますが、「人間には、ガスで
処刑することを考える人間もいる。しかしその処刑場へ人の身代わりに立って朗らか
に歌を歌いながら入っていく人もいる」と。つまり、人間にはたくさんいて、そうい
うひどいことを考える人と、そこへ人の身代わりになって入っていく人間がいる。こ
れはわたしの個人的な考えも多少入っていますが、身代わりに立って口笛を吹きなが
ら堂々とだれかの作った地獄へ入っていく。恐ろしい結論になりましたが、そういう
つもりでおります。

 よろしくご支援をいただいて、これから続々いろいろなかたが壇上に上がりますが、
その皆さんのお話をよくお聞きになって、そして帰るころにはここである一つの大き
な意思が固まってくると素晴らしいというふうに期待して祈っています。どうもあり
がとうございました。


●講演2)
浅田次郎「イラクへの自衛隊派遣に思うこと」

 こんばんは。元自衛官の浅田次郎です。その経歴上、今回のミニ講演をやることに
なりました。
 困ったことに、あさって自衛隊のOB会があります。わたしの自衛隊時代の原隊、
兵隊としての戸籍ですが、第1師団麾下の第32連隊というところで、かつては東京の
市ヶ谷に駐屯しておりました。防衛庁が引っ越してきたので大宮に引っ越してしまい
ましたが、東京のど真ん中にあった唯一の部隊で、昔で言えば近衛歩兵連隊というわ
けで精鋭が集っておりました。こういう話をしても、自衛隊は市民権がないからぴん
と来ないでしょう。だからそのとおりに申し上げます。

 ですから、大変優秀な人材がその部隊にはおりました。現在、陸上幕僚長をなさっ
ている先崎陸将は、わたしがその部隊にいた当時の運用訓練幹部、防衛大学出身のば
りばりの青年将校でありました。わたしも小説家などという変わった職業になること
ができたので、あさっての原隊のOB会、隊友会には、いい扱いでいい席に座らせて
もらえると思うのですが、そうすると恐らく隣は陸幕長でありまして、そのときどの
ような対話を二人でするのかと思うとちょっと背筋が寒くなる思いがいたします。た
だし、今日は思ったことを遠慮なく申し上げます。

 わたしは先ほど「元自衛官」という言い方をしましたが、実は「元軍人」などとい
う言い方は世界的にはあまりありません。これは侮辱的な言い方です。しかし自衛隊
に関しては「元自衛官」という呼称をするほかはありません。まさか退役軍人とは言
えません。でも国際的にいえば、わたしは自分では退役軍人だと思っておりますし、
そういう誇りを持って今も暮らしております。
 したがって、自分の書いた甘ったるい小説の読者が私のプロフィールを見たときに
真っ先に出てくる「陸上自衛隊出身」というものを見たらさぞかし興ざめだとは思う
のですが、自分の過去は偽るつもりなどはありませんし、自分の人生にはそれなりの
誇りを持っておりますので、わたしはどの本にも、後ろにはまず真っ先に「1951年生
まれ、陸上自衛隊を経て」と書くようにしております。

 近ごろはつまらない政治家も大勢いるらしくて、行ってもいない、卒業してもいな
い大学の学歴を公然と称する人がいるらしくて、ほかにもいっぱいいるらしいのです
が、恐らく青春時代にろくなことをしていなかったのでしょう。わたしは大学も行っ
ておりませんが、自衛隊というのは素晴らしい学歴であると思っておりますのでいま
だに語っております。

 したがって、このような席で語るときに、実はわたしは第三者としてあまり冷静に
話すことができないのです。ご年配のかたは、旧軍隊の経験のあるかたはお分かりに
なるかと思いますが、兵隊というのは辞めても兵隊なのです。一生、そういう感じが
するのです。もちろん、過去のつながり、友人たちとのつながりも強いですし、自分
が若い時分に経験したことは身に染みておりますので、今の自衛隊の毎日の報道はど
うも人ごとには思えない。

 マスコミはこぞって、雪の中から妻子の涙に送られて出ていく自衛官の姿を映して
いますが、何となくかわいそうです。しかしよく考えてみましょう。古今東西、出動
に当たって国民から気の毒がられて出陣していった兵隊というものが果たしてあるで
しょうか。かつて日本が大陸に向かって行ったときでも、国民の多くは疑問を持って
いたと思います。それでもいざ送り出すときには兵隊は歓呼の声に送られて出ていっ
たわけです。こんな惨めな話はないと思います。

 自衛官というのはいいことなど一つもなかった。考えてみてください。50〜60年も
の歴史があって、それでも国家の鬼っ子です。いいことなど一つもなく、誇らしいこ
となど何一つもなく、あげくの果ては他国の要請によって訳の分からぬ場所に連れて
いかれる。イラクのバスラというところは世界最高気温を記録したことのある所です。
旭川の零下20度の中で訓練をしている兵隊を、そんなところに連れていって何をしろ
というのですか。
 こういうふうにわたしが自分たちの後輩のことを自分の心の中で気の毒がっている
のも彼らに対して申し訳ない。でも、こういう状況を作った国家はやはりおかしいの
です。

 小泉さんは、11月か12月の国会答弁で、「だって軍隊でしょう」とぽろっと言いま
した。あれはわたしはショックでした。50〜60年もの間、確かに軍人でありながら、
軍人であると称することのできなかった人たちが現役で25万人もいます。OBを入れ
ると百何十万人いるのではないでしょうか。その人たちが果たしてどのような思いで
あの一言を聞いたか。50〜60年の臥薪嘗胆を「いや、ご苦労さん」と一言で片付けら
れたような気がしたのです。あんな簡単に物事を言うのは僕は不見識だと思います。
あげくの果てに、他国の要請によって訳の分からぬ戦に駆り出され、死ねば殉職です
か。これは侮辱ですよ。

 イラクへ行くのに自衛官の志願者が多かったと聞きますが、あの気持ちはわたしは
よく分かります。なぜかというと、50〜60年、ずっと訓練だけしてきたのです。それ
が、どのようなことであれとりあえず仕事らしいものが来た。これはやはり行きたい
です。一部では、随分大きなお金が支給されるといううわさもありますが、そんなこ
とは恐らく関係ないでしょう。もしわたしが現役の第2師団の隊員であっても恐らく手
を挙げました。熱望したと思います。そういうものです。

 そういう自衛隊の真相、真実は、国民の皆様には伝わらないでしょうから、置いて
いかれる妻子の映像だけをテレビは映して、気の毒がられる自衛隊像を作り上げてし
まうのです。悲しいことであると思います。

 そもそも軍隊の本義とは何なのでしょうか。アメリカがどのようなことを考えてい
るか分かりませんが、軍隊というのは自国の国民の生命と自国の国民の平和な生活を
守るために存在する武力であると。これは日本国憲法に言われるまでもなく、軍隊と
いうものの古今東西の本義であるとわたしは思います。この本義を踏み越えた軍隊は、
いかなる理由があれ誤っていると思います。昔の古い歴史でも、ローマ帝国でもジン
ギスカンでも、やってはいけない戦をしているに決まっています。

 これが軍隊の本義であるとすると、現在、妙な歴史の結果、日本の国内に外国の軍
隊が駐屯しているというこの事実がまずとてもおかしいことなのでありますが、もし
外国の軍隊の力を借りなければ自国の安全が保障されないという程度の国なのでした
ら、何ゆえその自国のわずかな軍隊を割いて見知らぬ国に連れていくのでしょうか。
これは大変不思議なことであると思います。

 その本義に照らし合わせてみれば、国際貢献も復興支援も軍隊としてはイレギュラ
ーな活動であるということをもう一度認識しなければいけないと思います。国防的に
は確かに北朝鮮という脅威はあります。そういう脅威があるのに、北朝鮮に対する哨
戒能力が最もあるイージス艦をどうしてイラクに出すのでしょうか。わたしは、何も
考えていないのではないかとしか思えません。

 昨日か一昨日ですか、突然、アメリカの国防長官が、「大量破壊兵器はなかったか
もしれない」と言いました。それでは済まないでしょう。もしもそういう発言が、
「もしも」というただし書きつきでも、アメリカの高官の口から発せられたのであれ
ば、その時点で自衛隊を出すのは停止するのが常識であると思います。

 もし、大量破壊兵器がなくて、それが誤解である、最初からなかったものであると
したら、あのイラクとの戦争はアメリカが一方的に起こした侵略戦争であると言われ
てもしかたがない。たとえ間違いであっても「間違った」では済まされません。どの
くらいの人が死んだか発表もされていないから分かりもしないのですが、何でアメリ
カ人の犠牲者だけが発表されてイラクの犠牲者が発表されないのかというのはおかし
な話です。人の命は同じです。そんな訳の分からない戦であります。

 もう一つ、アメリカは「テロ」、日本のメディアも「テロ」と言います。テロによ
ってこれだけの犠牲者がイラクで出ているというような言い方をします。テロという
のは、アメリカが一方的に戦争の終結宣言をしたので、戦は終わったから「テロ」だ
と言うわけです。ところが、イラクはゲリラ戦とはいえ、ロケット弾を持ってヘリコ
プターを撃ち落とすような戦闘をしています。これは軍隊の常識で言えばゲリラでは
ありません。組織的戦闘能力があると考えるべきです。したがってイラクは戦場です。
戦場に安全な地点であるとか危険な地点というのはないと思います。

 つまり、アメリカの論理によって、戦争は終結したのだからその後の復興支援に行
くという論理になるわけで、これは通用しないというのは恐らく自衛官がいちばん知
っているでありましょう。その彼らに、いまだに、撃つまで撃ち返すなとか、撃って
きたら撃ち返してよいとか、緊急避難だの正当防衛だのと、そんなことを押しつける
のはいかがなものかと思います。もうここまで来るとシビリアンコントロールの暴力
だと思います。自衛官もばかではないのでいろいろなことを考えています。わたしは、
戦争を恐れるよりも自衛隊のクーデターを恐れたほうがいいのではないかと思います。
お笑いになりますが、そのぐらいわたしたちは、長い間、自衛隊生活の中で身に染み
て惨めさを味わってきておりますから、どこでどう爆発してもちっとも不思議ではな
いと思うのです。

 僕が自衛隊に志願した昭和46年は、自衛官の等陸士の給料が1万5100円です。何だ
かんだ引かれて手取りが九千円ぐらいでした。その当時の世の中は、今から三十何年
前とはいっても、アルバイトの日当が3000〜4000円はもらえた時代です。そのときに
1万5100円の給料で志願をした隊員がいたのです。しかも、こういう思い出話をする
と胸がいっぱいになるのですが、当時は同じ年頃の青年たちは学生運動の真っ最中で、
市ヶ谷にも通学生がいました。夜間の大学や定時制の高校に通っている隊員が大勢い
たのです。

 あるとき、ゲバ棒を持った学生たちにつるし上げられて、殴られて、顔じゅう真っ
青な赤たん青たんを作って部隊に帰ってきた。そのときに当直陸曹に詰問されて、彼
はえらかったです。「市ヶ谷駅から走ってきたら左内坂で転びました」と言いました。
わたしはそのときちょうど当直士長という週番に上番していましたので、彼にこっそ
り聞いてみました。聞いたことはただ一つ「おまえ、殴り返さなかったろうな」とい
うことでした。自衛官は徒手格闘術という殴り合いの訓練はしていますので、ゲバ棒
の学生に4〜5人から殴りかけられても殴り返せると思います。でも、殴り返したら事
件になると思ったからそれが心配だったので聞きました。そしたら「殴ってません」
と言いました。彼はそのとき学生たちから「自己反省しろ」と迫られたのだそうです。
しかし、「自己反省」と言われても、何が自己反省なのか分からなかったので何も言
えなかった。何も言わなかったら殴られたと答えました。

 自衛隊の歴史というのはそういうものです。こういう歴史を持った50〜60年の若者
たちの歴史です。これに対して、いまさらアメリカが何かを言ったから、それに対し
て人を出して、それで死ねば殉職ですか。あまりにも人権無視というか、人をばかに
した話ではないでしょうか。

 まことに個人的な見地からものを申し上げておりますが、わたしは自分の血脈を持
った後輩たちが今そのような立場に立たされているのかと思うと悔しくてなりません。
気の毒だというより悔しくてなりません。わたしは2年間の自衛官を務め、最後に自分
の2年間使用しておりました64式小銃を今までにもなくきれいに手入れをして武器庫に
返納いたしました。その返納したときに考えたことは、この銃は次にだれが使うのだ
ろうなということです。武器は新しいものに変わりましたが、その銃は、わたしの後
に新しく入った2等陸士が使い、その後また使い、長い間大事にされていたと思います。
自衛官の血脈というのはそういうものであります。同じ訓練をし、同じような苦労を
した後輩たちが、今イラクに行くに当たって、身の危険、命の危険ではないです。ど
んな思いで行くのかというのを考えると、わたしはいても立ってもいられない気持ち
であります。

 何だか知らないけれども、自衛隊の話がどんどん進んでいくほどに、大反対だった
ものが、その声が少しずつ衰えて、しょうがないじゃないかという空気が漂ってきて
いるような気がします。日本人の国民性であると思います。既成事実に弱いのです。
行っちゃったんだからしょうがないじゃないかとか、今までこうだったんだからしょ
うがないじゃないかとか、これはいけないことだと思います。そういうふうになおざ
りにしてきたから、自衛隊は今までずっと何だか訳の分からぬまま、鬼っ子のまま続
いてきてしまったわけで、結果、このような惨めな目に遭っているわけです。

 ですから、現実と真実は違うということを国民の一人一人が認識するべきだと思い
ます。現実は確かに行ってしまった。アメリカの言うなりになってしまった。しかし
真実はどうであろう。本当はどうなのだということを我々は忘れてはいけないと思う。

 わたしは自衛官でありましたが、全くの反戦主義者です。半世紀以上にもわたり、
敵に向かって引き金を引いたことのない自衛隊というものに誇りを持っています。こ
れからも誇りは持ち続けるべきであります。それでこその軍隊の本義であろうと思い
ます。そういうことをすべてしんしゃくしたうえで、小泉さんにも「自衛隊は軍隊で
ある」と言ってほしかったが、そこまでのお考えは恐らくないでしょう。あんなふう
に簡単には言ってほしくなかったとしみじみ思います。

 ともかく、そういうことで、戦争をしてはいけないことは当たり前なのだから、軍
隊を国の外に出してはいけないのは当たり前のことなのだから、これはやはり皆さん
で反対をしていきましょう。どうもありがとうございました。

(2004年2月6日 日本プレスセンターにて開催した『いま、戦争と平和を考える』
第3弾より。)

 今年2005年の第4弾の詳細は、以下です。

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■ペンクラブの催しのご案内

日本ペンクラブ 緊急集会 第4弾『いま、戦争と平和を考える』

*日 時
 2005年2月12日(土) 12時30分開場/13時開演/16時終了(予定)
*場 所
 日本プレスセンターホール
  日本プレスセンタービル10F
  (東京都千代田区内幸町2-2-1)
*交通
 地下鉄/千代田線・日比谷線 霞ヶ関駅C-4、丸の内線 霞ヶ関駅B-2
 都営三田線 内幸町駅A-7、JR/新橋駅日比谷口(SL広場側)
*定 員
 先着400名(予約不要)
*参加費
 500円

○プログラム
*レポート1 「日米首脳の発言にみる9・11から自衛隊派遣延長まで」
 吉岡 忍(ノンフィクション作家/日本ペンクラブ理事・平和委員会副委員長)

*レポート2 「現地撮影ビデオに見るイラク戦争の実態」
 (ビデオ提供・高遠菜穂子)

*シンポジウム  「戦争と言論」
 井上ひさし(劇作家・作家/日本ペンクラブ会長)
 辻井  喬(作家・詩人/日本ペンクラブ国際委員)
 酒井 啓子(アジア経済研究所 地域研究センター参事)
 進行/高橋千劔破(文芸評論家/日本ペンクラブ常務理事)

*ミニ講演 「日本国憲法にみる戦争と平和」
 井上ひさし

*総 括 「もし日本が攻撃を受けたら私はどうするか」
 阿刀田高(作家/日本ペンクラブ専務理事)

○声明の発表と公開記者会見
会見者 井上ひさし・下重暁子(作家・エッセイスト/日本ペンクラブ副会長)
    ・阿刀田高・新井 満(作家/日本ペンクラブ常務理事)・米原万里
    (作家/日本ペンクラブ常務理事)・高橋千劔破・吉岡 忍

進行/松本侑子(作家/日本ペンクラブ理事・広報室長)

総合司会/高橋千劔破

○問合せ先
 日本ペンクラブ事務局(安西)

 e-mail secretariat02@japanpen.or.jp
 
 2月12日の土曜日、どうぞご来場ください!

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■日本ペンクラブ編の新刊のご案内

『感じて。息づかいを。』
(川上弘美選/光文社文庫/495円+税/2005年1月20日刊)

〈内容〉
 恋愛のはじまりに、恋愛のさなかに、恋愛の果てに、人がどんなふうに感じ、どん
なふうにねじれ、どんなふうに解放され、どんなふうに変化し、どんなふうにとどま
るかを、これらの短編は語る。
 恋愛の渦中にある人間の息づかいが聞こえてくる名作8篇を、作家の川上弘美さんが、
独自の視点で厳選した短編小説のアンソロジーです。

〈目次〉
坂口安吾『桜の森の満開の下』
車谷長吉『武蔵丸』
野坂昭如『花のお遍路』
よしもとばなな『とかげ』
伊藤比呂美『山桑』
H・エリスン(伊藤典夫 訳)『少年と犬』
川上弘美『可哀相』
藤枝静男『悲しいだけ』

 全国の書店で好評発売中です!
 ネット書店でもご注文できます。

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■ペンクラブ「電子文藝館」のご案内

 12月・1月に新しく掲載された文藝作品です。

*小説
伊吹 知佐子(作家 1934〜) 「病む足」
和田 傳(小説家 1900〜)  「村の次男」

*招待席
色川 大吉(歴史学者 1925〜)「自由民権 請願の波」
徳富 蘆花(作家 1868〜1927)「勝利の悲哀」
石上 玄一郎(小説家 1910〜)「クラーク氏の機械」
堺 利彦(思想家 1870〜1933)・幸徳 傳次郎(秋水)(思想家 1871〜1911)
「『万朝報』退社の辞」

*随筆
渡辺 通枝(随筆家 1923〜)「初夢」

*詩
田中 眞由美(詩人 1949〜)「シーソーがゆれて」

 閲覧はすべて無料です。ぜひご覧ください。
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html

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「ぺんぺん草」

 2005年最初のメールマガジンをお届けいたします。
 今年は1935年(昭和10年)に日本ペンクラブが創立されてから、70周年の記念
すべき年です。
 当時、日本は中国に進出した満州事変により、国際連盟を脱退して、国際的に
孤立していました。
 それを憂慮する動きが日本の外交官と文学者の間にあり、またロンドンの国際
ペンから、日本ペン設立の要請もあったことから、昭和10年、外務省の指導のも
と、島崎藤村を初代会長に創立。第二次大戦中も、世界との窓口であることを守
り抜きました。

 以後、日本ペンクラブは、平和と表現の自由を求める団体として、国内外で活
動しています。

 今年も毎月、さまざまな記事、ご案内をお送りしますので、どうぞ本年もご愛
読のほど、よろしくお願い申しあげます。