メールマガジン「P.E.N.」バックナンバー

日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第22号2004年12月27日

井上ひさし講演「ペンクラブの一員として〜憲法を語る」
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 ペンクラブでは毎年10月に、会員たちが京都に集う例会を開いています。

 今年は10月9日の午後、日本庭園の美しい「ゆうりぞうと洛翠」にて開催
され、井上ひさし会長が憲法について講演を行われましたので、その要約を
ここにお届けいたします。
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□井上ひさし講演「ペンクラブの一員として〜憲法を語る」

●国民が国の基本的な形を作る「民定憲法」
 きょう、私は「憲法」の話をして、皆さんに考えていただきたいというつもりで
まいりました。
 憲法には、皆さんご存知のように3種類あります。
 1つは「欽定憲法」。これは王様や領主が、人民が少し力を持ってきますと少し
譲って、「これから、この国をこういうふうにする」と、王様や領主が決めるのが
「欽定憲法」です。
 次に、さらに人民の力が強くなってくると「協約憲法」という2番目の方法が出て
きます。これは王様と人民、領主とその民草が一緒になって作る、つまり制定者は
王様と人民という憲法が出てまいります。
 さらに人民の力が強くなりますと、こんどは「民定憲法」といいまして、人民が、
国民がその国の基本的な形を作って、時の権力者に「こういう国を作る」というこ
とを常に発信することになります。
 もう少し強くいいますと、時の政府、つまり今は自民党と公明党の政府ですが、
これが民主党に代わる、あるいは共産党に代わるということはありえないと思いま
すが、どんな政党が、どんな人が、その権力・政府を形づくっても、それに対して
人民、国民が「国の基本的な形はこうだから、このようにしなさい」と命令を常に
発していく、これが「民定憲法」です。

 さて、これまたご存知のように、明治憲法は「欽定憲法」です。これは明治天皇
が「憲法発布勅語」というものを発して、これこれの理由で、こういう憲法を定め
たので、国民はそれに則って生きていくようにと命令しました。これは「欽定」で
すから、王様が、領主が、皇帝が、帝が、国民に命令を下す。
 明治憲法には、居住・移転の自由とか職業選択の自由、それから結社の自由、言
論の自由など、すべての自由が書いてありますけれど、そのうえに必ず「法律の許
す範囲において」という文言がつく。王様が「この範囲で、こういうことをやって
もいい」というふうに常に国民に命令を下しているのです。

●憲法は時の政府に対する「命令書」
 昭和20年8月15日の敗戦後、それから2年ぐらいの間に「日本国憲法」ができまし
た。この成立過程は複雑で、時間があれば説明をしなければいけないところですが、
きょうは割愛して、ここで「憲法前文」を読みます。一部分だけですけれども、
「日本国憲法」前文の最初のところを読んでみます。

「日本国民は」という主語がありまして、そのあといろいろ書いてありますが、次
の述語で完結します。すなわち「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲
法を確定する」と。
 つまり「この憲法を確定したのは日本国民である」ということが前文に、きちっ
と書いてあります。日本国民が作って確定した憲法であるということが、はっきり
書いてある。
 これは、もう紛れもなく「民定憲法」です。この憲法自体が時の政府、時の権力
に対して絶えず命令を出しているわけで、それが条文になっている。「これこれを
しなさい」「これこれを破ってはいけない」「これこれをするように」というふう
に、1条1条が全部、時の政府に対する命令書になっています。

 これに対して政府は、法律というものを作ります。時の政府が議会を通して国民
に命令を下してくるわけです。ですから、憲法と法律は全然違います。
 憲法は、国民からの時の政府に対する命令。法律は、逆に時の政府が議会と一緒
になりながら出す国民に対する命令。この2つの命令は逆方向ですから、時にぶつか
ります。
 ぶつかる時は、憲法が法律に優越する。憲法は、主権者である国民が決めた命令
ですから常に最高位にありまして、政府がどんな法律を作ろうが、それが憲法にそ
ぐわない場合は、必ず憲法が勝つ。

 この様子を、じっと見ているのが最高裁判所です。最高裁判所の最大の仕事は、
時の政府の作る法律が憲法と合っているか合っていないかを見ていることです。

 今、憲法と法律の関係について話しましたが、憲法と法律の下に「政令」があり、
さらにその下に「閣議」がある。閣議は物事を決める場合に一番力が弱いのですが、
今ほとんどの場合、閣議で決まっていく。これを「閣議政治」といいまして、大事
なことは全部閣議で決まっていく恰好になっています。

●主権在民・基本的人権・永久平和
 皆さんは「日本国憲法の3つの原理」というのを、よくご存知だと思います。
 1つは「主権在民」つまり、この憲法を定めたのは国民であり、そしてこの国
は国民のものであるということです。それから、「基本的人権の尊重」と「永久
平和」と、この3つが日本国憲法の大事な柱です。

 国際ペンの「ペン憲章」は、この「永久平和」というところに関係してくる。こ
こで「ペン憲章」を読んでもいいのですが、あまり引用ばかりでは話が堅苦しくな
るといけませんので省略しますけれど、心ある方は「ペン憲章」をあとでご覧にな
っていただきたい。
(ペンクラブのホームページに全文が掲載されています)
http://www.japanpen.or.jp/soshiki/kensho.html

 というのは、これは「永久平和」をめざす団体が「国際ペン」で、日本ペンクラ
ブは、その日本支部ということになるからです。
 私は「日本国憲法」を大事に思う一人として、このペンクラブ、つまり「国際ペ
ン」の一員であることに大変誇りを持っています。つまりペンクラブに属すること
と、日本国国民であるということは「永久平和」というところでスムーズに一つに
結び合って、解け合うわけです。ですから、日本国民であることと、日本ペンクラ
ブの一員であることに、私は大変に名誉と誇りを感じております。

●憲法原理を守る防御装置
 憲法は、それぞれ防御装置を持っています。この憲法、すなわち日本国憲法でい
いますと、先に申し上げた3つの原理が壊されないように、つまり憲法自身が憲法の
原理を壊されないように防御装置を持っている。

 日本国憲法の場合は、衆議院、参議院の3分の2以上の賛成で、国会がこれを発議
し、国民に提案して、その承認を経なければなりません。この承認には、特別の国
民投票または国会の定める選挙の際に行われる投票において、その過半数の賛成を
必要とします。このように二重の歯止めがかかっていまして、かなり厳重に防御装
置を日本国憲法は内蔵しているわけです。

 他の国の憲法を見ますと、さらに一層厳重な防御装置をとっています。たとえば
「ドイツ連邦共和国基本法」、これは東西ドイツが一つになってから、これを元に
少し変わりましたけれど、その第79条は前文に書かれたドイツの基本原則について、
この「基本原則に影響をおよぼすようなこの基本法の変更は許されない」(岩波文
庫『世界憲法集』第四版より引用)と決めている。

 これを「日本国憲法」にたとえますと、基本原理は先に申し上げた「主権在民」
「基本的人権の尊重」、そして「永久平和」です。この基本原理は、ドイツ基本法
を例にとれば「これに影響をおよぼすような変更は許されない」と、憲法自身が決
めているということになります。

 フランスの「第五共和国憲法」も、前文に「フランス人民は」とありまして「権
利宣言」と「国民主権の原理への愛執を厳粛に宣言する」と高らかに謳っています。
これも完全に国民が作ったのだということを前文に掲げていますけれども、その共
和国憲法の第89条で「共和政体はこれを改正の対象とすることはできない」(前掲
・岩波文庫より)と定めています。他は、たとえ変えても、共和政体だけは変えて
はいけないということを、憲法自身が決めているのです。
 それは、この憲法を作った当時のフランス国民の思い、とにかく共和政体が大事
だ、王政はもう嫌だという覚悟が、「共和政体」だけは改正の対象にできないとい
う条文で示しているのです。

 このように、憲法はそれぞれ自分の個性を変えられないために、防御装置を内蔵
しています。日本国憲法は衆参両院の3分の2以上、そして国民投票の半数以上とい
うふうに二重になって、「この原理を変えてはいけない」ということを、憲法の中
で憲法自身が宣言している。つまり、これを決めた時の国民が「これはもう最高の
価値なので、これは絶対に変えるな」というふうに、憲法の中でそう決めているの
です。

●"古い"から変えなければならないか? 
 今、うんぬんされている「憲法改正」というのは、言葉のうえでは非常におかし
いですね。「憲法改正」というのは、先ほどフランス、ドイツの例を見ましたよう
に、改正するには革命か内乱でも起こすしかないのです。

 アメリカ合衆国憲法は1788年に決まったのですが、なかには「アメリカ憲法も30
回も改正されているし、ドイツもずいぶん改正されている。日本だけ改正はいけな
いとか、不磨の大典だといっているのは、おかしい」というふうにいう人がいます
けれども、これは全く錯覚でして、アメリカの場合は「修正箇条」というのを憲法
の後ろに付けていく。
 その「修正箇条」は、憲法の個性、日本の憲法でいいますと「主権在民・基本的
人権・永久平和」という3つの原理を、さらによく働かせる修正箇条を付けていくよ
うな、そういうスタイルにアメリカの憲法はなっているわけです。

 それで、「日本の憲法は60年たって古くなった」とかいいますけど、漢字はどう
なんですか、漢字は千年以上たって古いからやめるというのですか。それから、洋
服は百年以上も経っているから古いといえますか。このように「古い」という議論
は全くナンセンス。アメリカ合衆国憲法ができたのが1788年ですよ。時代が進むに
つれて憲法ではカバーできないところが出てくるなら、その時は、修正を付ける。

 有名な修正でいいますと、アメリカ合衆国憲法の場合、修正第18条があります。
これは、1919年に確定していますが、ちょっと読んでみます。「本条の承認から
1年を経たあとは、合衆国およびその管轄権に服するすべての領土において、飲用
の目的を以て酒精飲料を醸造、販売または運搬し、またはその輸入もしくは輸出
を行うことを禁止する」(前掲・岩波文庫)とあります。有名な「禁酒法」です。
 ところが、その14年後、1933年に修正第21条が決まって、「合衆国憲法修正第
18条はこれを廃止する」(前掲・岩波文庫)。14年前に作った修正第18条、つまり
「アルコール(酒精飲料)は一切飲んでも売っても運搬してもだめ」というのを、
14年後に「やっぱりこれはおかしい」というので、こんどは修正第21条で、それ
を廃止する。アメリカ合衆国憲法は「修正条項」を用いて「禁酒法」を確定し、
また廃止した。日本国憲法にもし不備があれば「修正」で付け加え、補強すれば
いいのではないか。

 このように、憲法の個性は変えてはいけないのです。今、「改憲」とか「論憲」
とか、民主党までが「創憲」といっていますが、そう簡単にいってもらいたくな
い。「創憲」というのは「憲法を創る」という意味ですから、日本の国の基本的な
仕組みを変えるということです。民主党は反革命でも起こすつもりなのでしょうか。
そのつもりがなければ「創憲」なんて軽々しくいってはいけないのですけれども、
まあ「政治」というのは一面、言葉の闘いですから「創憲」という勇ましい言葉を
作って、それを党是に掲げるのかもしれない。
 作戦としては分からないでもないですけど、「改憲」「創憲」というのは、これ
は相当な覚悟で、国をいったんガチャガチャにして、皆で新しい別の形を創るとい
う覚悟がないとできない。ですから、もし「日本国憲法」で不備のところがあれば、
それは修正で付け加えていって、補強すればいいというのが、私の考えです。

●「プライバシー権」も「環境権」も第13条から出た権利
 たとえば「古いから変えなきゃいけない」とか「他の国が変えているから日本も
変えたほうがいい」ということは、私が今まで申し上げたことで大体、論破できた
ような気がします。つまり「古い」というのは、なぜ古いのか。誰かさんが一番好
きなアメリカだってもう200年以上も前の憲法を、修正を付けてずっと守っている
わけです。日本はたかだか60年ですから、それでなぜ「古い」というのか。それか
ら、古いのが全部よくないのかということを突きつけると、その議論はある意味で
ナンセンスです。古ければ古いなりに基本は変えず、それを補強していくという工
夫を、どうしてしないのだろうか。

 改憲論の狙いは「第9条」ですから、つまり「永久平和」を捨てようということ
ですから、私はペンクラブの一員としても、日本国民の一員としても、絶対反対で
す。第9条を変えたいために、いろんなことをいっている人たちが多い。たとえば
「プライバシー権」とか「環境権」が憲法に書いてないと、これは非常に困るので
憲法を変えないといけない、という議論もあります。
 でも「プライバシー権」というのは、かの三島由紀夫さんの小説『宴のあと』で
初めてクローズアップされた新しい権利ですけど、これも裁判記録を見ますと、実
は「日本国憲法」第13条から出てきている権利なのです。また「環境権」について
も同じく第13条から出てきています。ですから「これが足りない」「何が足りない」
という意見には非常に反発を感じます。憲法をよく読めば、あらゆる権利も新しい
権利も全部ここに内蔵されているのですからね。

 そして「永久平和」は古いですか。私は、古いとは思わない。むしろ、これから
の課題ですから、この憲法は、ある意味では新しいわけで、まだ「永久平和」とい
うのは理想かもしれませんし、観念に過ぎないかもしれません。国際紛争を解決す
る手段として武力に訴えない、とにかく平和的な話し合いで、とことんまで話し合
って解決していく。これが「永久平和」の中身ですが、それは決して古くなったと
は、私には思えません。「永久平和」というのは、これからの未来のことですから、
日本国憲法は決して古くはなっていない、むしろ新しい未来を先取りしているとい
うふうに考えます。

●国籍を離脱する自由 国籍を選べる権利
 さて、私が一番大事だと思っている憲法の条文は、第22条です。その第1項に
「何人も、公共の福祉に反しないかぎり、居住、移転及び職業選択の自由を有する」
とありまして、その第2項には「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由
を侵されない」とあります。これが一番大事だと思っている。つまり私たちは国
家に対して「われわれは国籍を自由に選べるんだぞ」といっているのです。
 それを国家が「やめなさい」とか「他の国の人になってはいけません」とかいっ
てはいけないんだよ、国民はその気になれば外国の国籍を取ったり外国で住んだり
してしまうよ。その自由を権力は絶対に侵してはいけない、というのがこの第2項
です。
 これを逆にとりますと、日本で生まれたから日本人というふうに、すぐ私たちは
考えてしまいますが、そうではなくて「この国をあなたは選ぶのか選ばないのか」
というふうに国民が国民に向かって聞いている。日本国民の一人ひとりが、「あな
たは外国人になる自由もあるし、外国に住む自由もあります。でも、あなたは日本
人になりますか、日本に住みますか」ということを絶えず問われているのと同じで
すね。
 私個人でいいますと、私は日本語で仕事をしていますから、これはもう日本から
離れられません。読者や観客も日本の方がほとんどですし、それから日本のあらゆ
るところが好きです。そして何より日本人が大好きですし、それから鮨とか蕎麦と
か、そういうものがないと生きていけません。
 ですから私は意識して、この第22条に則ってこの国を選ぶわけです。これはもう
皆さん、お一人お一人がそうです。私は自然に日本人になったのではなくて、憲法
第22条に則って日本人であることを選んで今、日本人でいる。この憲法に則って国
を作っていくことを憲法に、この憲法を確定した同胞たちに誓っている。

 もともと「国家」は人工物です。この第22条の第2項があるかぎり、国民全部が
「俺はもう日本に住むのが嫌だ」とか「他の国籍を取る」ということになると日本
はなくなってしまいますから、これは大事な決まりではないかと思います。
 私たち一人ひとりが日本人でいるのか、いないのか。では日本人だったら、どう
すればいいのか。国家というのは目に見えませんから、これはもう正体が掴めませ
んが、その国家の政治的な面を具体化したのが憲法です。

 日本の場合は、最高裁判所がうまく機能していないために、もう憲法より下位に
ある法律がどんどん憲法を乗り超えて勝手なことをやっています。こういうことも
実は日本人として、自分が日本人であることを選んだ以上は、「闘う」という言葉
はよくありませんが、憲法本来の形で政治をやっていく方向に向けていくべきでは
ないでしょうか。
 最高裁判所がやるべきもうひとつ大きな仕事は、選挙の際の1票の重さ軽さを是正
することです。ある地方の人が、ある地方よりも2倍の票数を持つなんて、これは憲
法違反です。1.99までは許されますが、ある地方とある地方を比べたら、こっちは
1人しか選べない。1人「1」という感じで、こっちは「1.99」であれば、かろうじて
許されますけれども「2」を超した瞬間に、これは明らかに憲法違反で、最高裁判所
は「違憲です」というふうに本来は宣告しなければいけない。
 今のように電子機器が発達した時代は、もう定員数なんかすぐに出ると思うのです。
「今は、この県ではこの人数がいるから、ここには定員は、これだけだ」と、すぐに
出ると思うのです。それを一切やらないで、たとえば都会地の1票は地方の1票と比べ
ても非常に軽い。これでは正確な主権者の国民のある分布図が国会に表れなくなる。
 そういう意味で、第22条2項を選んだ以上は、そうしたこともしっかり声を挙げ直
していかなければいけないと思います。

●憲法は「かつてあった民主主義」の復活
 もう時間もありませんので、あと1つだけ大事なことを申し上げます。それは、日
本の憲法は「アメリカの押し付けではないか」という意見を言う人が今、アメリカか
ら押し付けられて改憲論を叫んでいるという不思議な構造がある。

 ところで、日本国憲法がアメリカから押し付けられたというのは本当でしょうか。
「ポツダム宣言」(1945年7月26日に発表された米英ソ3国首脳による対日共同宣言)
の第10項に「日本はかつてあった民主主義的傾向を復活し」という文があります。
この「ポツダム宣言」は、共同宣言といっても、「この条約を日本が呑むなら戦争を
やめますよ」という条約です。それをいったん受託した以上は、そこに掲げてあるこ
とを全部守らなければいけない。

 では、かつてあった「日本の民主主義的傾向」というのは何か。いくつかあります
が、その中で一番重要なのは1928年8月の「戦争放棄に関する条約」、俗に「パリ不
戦条約」といわれていますが、これだろうと思っています。
 「パリ不戦条約」の始まりは、その年の春ごろにフランスの外務大臣ブリアンとい
う人が、アメリカの国務長官ケロッグ(ケロッグ・コーンフレーク社の社長です)に
手紙を出したのが発端です。これは「私信」ですけれど、フランスの外務大臣がアメ
リカの国務長官(外務大臣)に出したわけだから、半ば「公信」のようなものです。
 その中で、今年(1928年)は第1次世界大戦が終わって10年目にあたりますが、あ
の戦争が始まった時は3ヶ月くらいで終わると思っていたところ、思いがけず長引
いて大変な損害と悲惨な戦争になってしまった。多くの国民が巻き込まれる全体戦争
のような形になってしまい、それが延々と続くかと思っていたが、アメリカが参戦し
てくれたので、あの悲惨な第1次世界大戦が終わることができた。そのようにフラン
スの外務大臣がお礼を言っているわけです。そこで「この10年目を記念して、今後
フランスとアメリカの間では一切の紛争は話し合いで解決するという条約を結びたい」
とブリアン外相が申し出たわけです。
 それに対しケロッグ国務長官は「いや、2国間ではだめだろう。これは、あらゆる
国が条約に参加しないと、結局は絵に描いた餅になる」という趣旨のことを言い出し
て、そこでその話が、そっくり国際連盟に委託された。

 その時の日本は、6大国の1つで国際連盟の中の常任理事国ですから、いわば黒子役
のような役目を果たします。時の外務大臣は、いろいろ毀誉褒貶もある幣原喜重郎で
すが、「国際協調」に関しては、かなり一所懸命にやった外務大臣です。
 日本は、幣原外相を中心に当時70いくつかあった国のうち、50いくつかの国を説い
て回って、黒子役として頑張った。フランス外相ブリアンが言い出し、アメリカのケ
ロッグ国務長官が受け、それが国際連盟に移ってからは黒子役というか、まとめ役を
日本が一所懸命にやった結果、1928年8月にパリで「戦争放棄に関する条約」が結ば
れました。
 次の年(1929年)に、日本の帝国議会でも批准されました。3条しかない短い条約
です。第1条は「今後、あらゆる紛争は戦争に訴えずに、話し合いで解決する」とい
うものです。第2条にも、同じようなことが書いてあって、それが「日本国憲法」の
「前文」と「第9条」に、そっくり文章そのまま移ってきているわけです。日本国憲
法の「永久平和」に関するかぎり、かつて昭和初期に日本が中心になってまとめた
「パリ不戦条約」を、そのまま憲法の「前文」と「第9条」で使っている。

 その年のノーベル平和賞の最終候補者は、ブリアンとケロッグと幣原の3人でした
が、日本は黒子役であったためか、受賞したのはフランスの外務大臣とアメリカの
国務長官の2人だけでした。それだけ大変な条約を日本が黒子役で作ったわけで、
「ポツダム宣言」がいうのは「それを復活しなさい」ということだった。
 ですから、日本国憲法の「永久平和」原理は決して押し付けではないのです。か
つて日本が「大正デモクラシー」あたりからずっと人々の力が強くなって「普通選挙
運動」などの動きもありました。その動きの中で「パリ不戦条約」を結ぶにあたって
日本が幹事役を果たしたわけで、「そのころの日本に戻れ」というのが「ポツダム宣
言」の第10項の最初の一行だというふうに私は解釈しています。

●日本人として、ペンマンとして
 時間になりましたから話をまとめます。私は憲法22条にしたがって日本を選びまし
た。日本人であることを誇りに思っています。そして、日本人が大好きですし、日本
のすべてのものが好きです。何よりも日本の作家が書いたものを日本語で読める幸せ
があります。
 「私は日本人である」という生き方を選びました。選んだ以上は、この国の憲法を
選んだわけですから、この日本国憲法に基づいて、この国がしっかり運営されていく
ことを1億2000万分の1として、しっかり見守っていきたいというのが私の生きる原動
力です。
 最初に言いました「ペン憲章」には、「国境を超えて」と書いてあります。それか
ら「永久平和」について書いてあります。その一点で「日本国憲法」と「ペン憲章」
が一瞬、ぴしゃっと重なる。
 そこに立って、未来を先取りした大変いい憲法に合わせて、この国を皆で、もう一
度つくり直していくほうへ、私は賭けます。
 どうもありがとうございました。
                            (構成・平木滋会員)

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■シンポジウムのご案内   <<※募集は2005年1月4日にて終了しました>>

朝日ビジュアルシリーズ『街道をゆく』創刊記念シンポジウム
〜『街道をゆく』司馬遼太郎・旅の流儀を学ぶ〜

*日 時
 2005年1月19日(水)6時開演

*場 所
 有楽町朝日ホール(有楽町マリオン11階)
 JR有楽町より徒歩1分

*内 容
 第1講 イントロダクション  井上ひさし
 第2講 司馬流・旅の流儀   関川夏央
 第3講 パネルディスカッション  下重暁子、関川夏央、松本健一
         
 司会/高橋千劔破

*入場無料(抽選の上、600人をご招待) 

*応募方法
 往復ハガキに住所・氏名を明記し、
 〒104-8011
 朝日新聞社出版販売部宣伝課
 「『街道をゆく』シンポジウム」P係までお送りください。

*応募締切
 2005年1月4日(火)消印有効

*お問合せ先
 電話03-5540-7784 朝日新聞社出版販売部宣伝課

主  催 朝日新聞社
企画協賛 社団法人日本ペンクラブ
協  力 司馬遼太郎記念財団

 どうぞご参加ください。

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■ペンクラブ「電子文藝館」のご案内
 
 12月に新しく掲載された文藝作品です。

*小説
近藤 富枝(作家 1922〜) 「水上心中/太宰治と小山初代」
崎村 裕 (作家 1937〜) 「茜色の山」

*招待席
北村 透谷(思想家・詩人 1868〜1894)  「精神の自由」
羽仁 もと子(自由学園創立者 1873〜1957)「半生を語る」
二葉亭 四迷(小説家 1864〜1909)    「表現と創作」
永井 荷風(小説家 1879〜1959)     「珊瑚集」
田中 正造(自由民権運動家 1841〜1913)「足尾鉱毒明治天皇直訴文」

 閲覧はすべて無料です。
 ぜひご覧ください。
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html

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「ぺんぺん草」

 年の瀬もいよいよ近づいてきました。
 今年もメールマガジンをご愛読いただき、また、ペンクラブの様々な催しに
ご参加いただきまして、まことにありがとうございました。心より御礼を申し
あげます。
 それではみなさま、新しい年にむけて、どうぞ良いお正月をお迎えください
ますように......。