●日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」第11号2004年5月10日
新井満講演『千の風になって』
2004年2月16日 ペンクラブ2月例会(東京會舘)にて
私の故郷は新潟です。いまでも幼なじみがたくさんいて、その中のひとりに川上耕
君という親友がいます。奥さんは桂子さん。2人の間に3人の子供があり、家族同士の
付き合いがありましたが、その桂子さんが乳癌になり、手術は成功したものの脳に転
移し、7年前についに亡くなりました。まだ48歳の若さでした。あとに残された耕君
や子供たちは絶望のドン底に突き落とされ、私は慰めのことばも見つからずにいまし
た。
桂子さんが亡くなって1年後、彼女の追悼文集が送られてきました。彼女は社会貢
献活動のリーダーでもあったので、彼女を慕う70人以上の人々が寄稿、そのなかに、
桂子さんのお嬢さん、当時17歳の朋子さんの文章もありました。ちょっと読んでみま
す。
──おかあさん、あなたの子供でよかった。生んでくれてありがとう。おかあさん
のようなやさしいあたたかな空気のような人に私もなりたい。
たくさんの追悼文の中にちょっと変わった詩が紹介されていました。そのルーツを
探ると、英語詩でした。
I am a thousand winds
Author unknown
Do not stand at my grave and weep;
I am not there, I do not sleep.
I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn's rain.
When you awaken in the morning's hush,
I am the swift uplifting rush
of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.
Do not stand at my grave and cry;
I am not there, I did not die.
しかし、この詩には題が無い。で、かりに詩のフレーズから取って『千の風になっ
て』としてみました。
この詩はかなり変わっています。どこが変わっているかというと、まず、死者が生
者を慰めるために作った詩、つまり死者が書いた詩なのです。私は死んだのだけれど、
いまは風になって元気に大空を吹きわたっている。だから安心してほしい、そんなに
嘆かないでほしい、という詩なのです。
このような詩はだれによって書かれたのか100年以上も前に作られたようなのですが、
作者はいまだに分からないのだそうです。
私はあるとき、この詩を翻訳して、それに曲をつけたらどんな歌ができるだろうか、
もし歌ができたなら、これで川上君や子供さんたちの悲しみを軽減させることができ
るのではないかと考え、やったことのない英語詩の翻訳にとりかかりました。
たった12行の詩なのにかなり苦労しました。中学生でも知っているような簡単な英
語の連なりですが直訳するとどうもうまくない。隔靴掻痒の感がまぬかれないのです。
そこで一計を案じました。この英語詩を大きな声で朗読したあとすっかり忘れ、あと
に残ったものだけ、詩のエッセンスというか、テーマ、コンセプトは何であるかを考
え、日本語に訳してみようと考えました。
これをやってみたとき、謎を解くカギはやはり『風』である、と思いました。そし
て風とはいったい何であるかを考えました。風を見た人はもちろんいません。しかし、
いたるところにいます。『風立ちぬ』という名作の題名にもあるように風は立つ。し
かし風は生まれてすぐに止んでしまう。けれどすぐに息を吹き返します。そうだ、風
は息なのだ、大地の息吹なのだ、地球の呼吸なのだ、死んで風になるということは大
地と一体になることなのだ、ということが分かってきました。
自分は死んだ、しかし死んだように見えているけれども本当の意味では死んではい
ないのだ。ではどうなったかというと、人間以外の他の存在に生まれ変わったのだ、
つまり再生したのだ。
この詩の作者が言いたかったことは『死とは、再生することなのだ』ということな
のです。
人は死ぬ、生を終えるとまず風になる、次に光や雨や雪、あるいは鳥などに姿を変
えてさらにさらに生き続ける。この地球上で太古から営々といとなまれてきた生命の
循環のなかに組み込まれるのだ、作者は生命は永遠に不滅なのだ、ということを言い
たいらしい。
これが分かったとたんに、すらすらと3節からなる日本語詩ができました。
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
千の風に 千の風になって
あの 大きな空を 吹きわたっています
あの 大きな空を 吹きわたっています
たった12行の英語詩ですが、意訳といいますか、かなりの超訳ですね。これを1番か
ら3番の詩にして曲をつけました。そして私が歌ってCDにしました。
じつは私は歌手でもあるのです(笑)。しかしまったく売れない歌手でして、私の
CDを出そうなどとおもうレコード会社はどこにもいません。そこで自ら私家版を30
枚だけ作りました。そのうちの1枚を新潟に送りました。それが川上桂子さんを偲ぶ
会で初めて披露され100人ほどの参会者の涙を誘ったという話をのちに聞きました。
この話は3年前のことでして、その後このCDはどんどん減っていきました。
人間年齢(とし)をとりますと周りの人がどんどん亡くなっていきます。親たちの世
代だったのがそのうちに自分たちの世代、友人たちにも及んできます。年齢をとるとは
死者を送るということなのです。私の役割はすでに終わった、桂子さんを慕う人たちを
慰めることで終わった、とおもっていたのですが、その先にまだストーリーがありまし
た。
去年の8月28日にこの話が突然、朝日新聞の『天声人語』に紹介されました。この欄
の筆者は小池さんという方で、私の神戸時代からの知り合いで、久しぶりに食事をし、
お互いに年齢をとったねという話になったとき、私はちょっと自慢をしたらしいのです。
おれはもう葬式のときにかける歌まで作ってしまったぞ、と。小池さんは興味をしめし、
ぜひ聴かせてほしいというので、30枚目、私家版最後の1枚を送ってあげました。
『天声人語』に紹介されたとたん、日本中からCDの注文が殺到しました。しかし手
許には1枚もありません。困り果てていたところ、かつては見向きもしなかったポニー
キャニオンというレコード会社が、新たにレコーディングして出そうということになり
ました。次に出版社。講談社からたいへんよい詩なので美しい写真詩集にしたいとの申
し出があり、『千の風になって』を出版することになりました。
そのほかにもいろいろとありましたが、びっくりしたのはなんと映画化です。実はこ
の時点で、映画は、南果歩さんが主演する『天国への手紙』として完成していたのです
が、製作者から、『千の風になって』をテーマソングにしたいという申し出があり、映
画用に歌いました。それが秋に銀座ガスホールの完成披露試写会で公開され、本編の評
判はそれほどでもなかったのですが、テーマソングが大評判になり(笑)、いっそ題名
を『千の風になって』に替えようということになり、いま題名にあわせて編集しなおし
ている(笑)、という仰天情報です。
さて、この英語詩は欧米ではかなり知られている詩であることが、『天声人語』を読
んで分かりました。
1977年、西部劇のハワード・ホークス監督の葬儀であのジョン・ウェインがこの詩を
朗読したそうです。87年マリリン・モンローの25回忌で朗読され、また95年IRAのテ
ロによって24歳で戦死したイギリス軍のシュテファン青年は、生前自分が死んだらこの
手紙を開けるように両親に託していたそうですが、開封したらこの詩が出てきました。
01年のニューヨーク同時多発テロのときのエピソードは感動的です。高層階のレストラ
ンのシェフをしていたクラークさんが最後に目撃されたのが88階で車椅子の女性を必死
で助けようとしている姿でした。そして翌年のグラウンド・ゼロでの追悼集会でクラー
クさんのお嬢さんブリッタニーちゃん11歳がこの詩を朗読しているそうです。
欧米でこれほど有名な詩であることを露知らず、作曲しCDまで出してしまった新井
はそれではどんな作曲をしたのか...」
(ここで新井氏が拍手を受けてCDのカラオケバージョンをバックに歌う)
この本とCDを出して新井はどう変わったか。変わりました。結論をいうと『善い人』
になりました(笑)。これまで割勘していたのが、おれが払うよと言ったりして...(笑)。
欲やこだわりが無くなりました。
私が死んだときにはこの曲をかけてもらいます。これにはオーケストラ・バージョン
があり、葬儀のご焼香や献花のときにぴったりではないか(笑)と思っています。実は
すでにあちこちの葬儀場で流れているそうです。
ところが、これをあろうことか結婚式で流した人がいたのです。川上耕君のお嬢さん
の朋子ちゃんです。彼女はあれから7年たって24歳になっていましたが、出来たての本と
CDが届いたのがなんと結婚式の前日だったそうです。彼女は急遽、翌日の式の音楽プ
ランをすべて変えて、この曲を流しました。
私はこれを聞いて川上君に、おまえ大胆なことをやるな、おめでたい席で私のお墓の
前で...なんて流すなんて、といったら、彼は、いやそんなことはない、2番の歌詞にあ
るように、桂子が天国からかけつけてそこに座っているようにおもえた、というのです。
そして、式の最後にこれをバックにしゃべった朋子さんのお礼のことば。
──おとうさんこれまで育ててくれてありがとう。それからおかあさん、7年前、お
かあさんが突然いなくなって朋子はとても悲しいおもいをしなければなりませんでした。
おかあさんは天国にいっていまは風になってあの大きな空をゆうゆうと吹きわたってい
るのですね。そして私たちのことを空から見守ってくれているのですね。これからは風
が吹いたらおかあさんだとおもいます。鳥が飛んだらおかあさんだとおもいます。星が
流れたらおかあさんだとおもいます。そうおもえば寂しくないです。おかあさんありが
とう、私を生んでくれて本当にありがとう。私はおかあさんの娘であることを誇りにお
もいます。
どうか皆さん、大切な人を亡くしたとき、悲しいとき、苦しいときにイメージしてく
ださい。先に逝った大切な人が風になり、星になって自分を見守ってくれている。だか
ら勇気を出して頑張ろう。そしてもし自分が死んだときは、こんどは自分が風や星にな
ってあとに残してきた家族や友人たちをそっと見守ってあげたらよいのではないでしょ
うか。死は終りではない、再生することなのだ、生命は永遠に不滅なのだ、という英語
の詩の紹介を今日はさせていただきました。
(講演録構成:佐藤 昭)
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