ただ心の内を語ったばかりに(Because Writers Speak Their Minds) 

 

 

 無実の人が投獄されることによって、孤立、孤独、そして喪失感に苛まれる。わたしに対する不当な告発に対しあなた方がわたしを守ってくれているということを知ったことで、わたしのなかに喜びが生まれ、獄中にいるという過酷な状況を克服しようという意志を鼓舞してくれました。

 

  チェコの作家:エバ・カントゥルコバー

           (Eva Kanturkova) 

 

国際ペン獄中作家委員会の50年

 

 表現の自由は、1921年の設立以来、国際ペンクラブの基本的テーマで、戦争や平和、革命、デタントの時期を通じて、投獄され、処刑され、拷問を受けた同業者の作家に対し、会議でのスピーチ、決議、支援の手紙、政府への抗議電報、亡命作家の受け入れなどの形を取って活動が行われきた。国際ペン獄中作家委員会は現在専門家チームにより毎年約1000人の作家、ジャーナリスト、編集者、詩人、出版社などに対する攻撃を監視している。この事例には長期刑、脅迫、脅威、さらには殺人が含まれる。

 専門家チームは緊急性を要する案件のみならず、表現の自由に対する世界的な抑圧や個々の事例の展開に対し監視活動を並行して警告を発し、各抗議活動やキャンペーンへの助言も行う。抗議活動やキャンペーンとして、抗議の手紙の送付、各政府へのロビー活動、社会啓発を行う。また、投獄されている作家やジャーナリスト等の家族への手紙や、可能であれば、その本人へ手紙を送ることによって、希望や勇気を与える続ける活動も行っている。

 現在、国際ペン獄中作家委員会には世界中の75のペンセンターが所属している。

 

表現の自由を守って

国際ペンクラブ獄中作家委員会設立50

ただ心の内を語ったばかりに

Because Writers Speak Their Minds

 

50人の獄中作家たち

 

 

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 (2009年国際ペン獄中作家委員会作成。翻訳は抄訳。

 

50名の作家の記述はすべて2009年当時のものです。

獄中作家の最新状況は「国際ペンの動き」をご参照ください。)

 

 

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1960   ムジーネ・コッカラーリ  アルバニア/収監

 

1960-Albania-Musine%20Kokalari.gif19172月、トルコ・アダナ生まれ、3歳のとき、アルバニアに移住。1941年ローマ大学で文学博士号を取得。同年アルバニア人女性作家初の出版物である詩集「As My Old Mother Tells Me(私の年老いた母の話)」を出版。さらに1940年代初頭には「How Life Swayed(揺れ動く人生)」と「Around the Hearth(炉端で)」の2つの短編集を出版。

1946年、コッカラーリは逮捕され「人民の敵」であるという罪状で懲役20年宣告。

 

 

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1961 アンリ・アレッグ フランス・アルジェリア/拷問

1961%20-%20France%20-%20Henri%20Alleg.gif1921年ロンドンに生まれ、フランス・パリで育つ。1939年にアルジェリアに渡り、アルジェリアの独立戦争に関わる。

1957612日「アルジェの戦い」の最中に逮捕され「国家侮辱」罪の容疑で投獄。

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1962  モフタル・ルビス  インドネシア/投獄

1962%20-%20Indonesia%20Mochtar%20Lubis.gif 19223月、西スマトラ州パダン生まれ。インドネシア・ラヤ紙編集者となる。同紙はスカルノ大統領に対して常々批判的な姿勢をとり、ルビス自身も自ら書いた記事により裁判なしで投獄、後に自宅監禁。インドネシア・ラヤ紙は1958年に閉鎖。

 19614月釈放され、テルアビブで開かれる国際新聞編集者協会(IPI)の総会に参加するためイスラエルへと向かい、スカルノ政権のメディアに対する弾圧を批判。インドネシアに戻り逮捕され、投獄。1966年に釈放。

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1963  ヨシフ・ブロツキー  ソビエト連邦/逮捕

1963%20-%20USSR%20Joseph%20Brodsky1.gif19405月、ソ連レニングラードに生まれる。

1963年、夕刊レニングラード紙でブロツキーの詩は「わいせつであり、反ソビエト的である」と糾弾され、逮捕される。精神病院に短期間収監された後、1964年に「寄生」の罪で告発され、5年の国内流刑と強制労働を言い渡される。国際的な反対運動を受けて減刑となり、18ヵ月後に釈放される。

 

釈放後、ブロツキーはソ連当局による執拗な嫌がらせに悩まされながらも執筆を続け、1972年、ソ連出国ビザを与えられ、ウィーンへ国外追放。渡米し大学で教鞭を取り、多くの大学の客員教授となる。1977年、アメリカ市民権を取得。

 

1987年ノーベル文学賞を受賞。

 

1996年、ニューヨークで亡くなる。

1964  ウォルフガング・ハーリヒ ドイツ民主共和国(東ドイツ)/釈放

1964%20-%20GDR%20-%20Wolfgang%20Harich.gif192312月生まれ。1944年ドイツ軍から脱走、反ファシスト・レジスタンスに加わる。戦後はドイツ社会主義統一党員となり、文芸・演劇評論家。フンボルト大学教授。

 

1956年フルシチョフがスターリン批判を行い、ハンガリー動乱が起こると、ハーリヒと仲間たちはドイツ再建の方法を模索し、民主主義的、社会主義的、中道的かつ統合されたドイツ実現を呼びかけるマニフェストを作成。ハーリヒは西ドイツの社会民主党に接触。逮捕後、「反国家的謀反グループ構築」の罪で告発される。見せしめ裁判として、死刑宣告の可能性を前に、ハーリヒは検察官たちに協力、裁判にかけてくれたことに礼を述べ、友人であり出版者のウォルター・ジャンカについて不利な証言も行う。懲役10年の判決。

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1965  ウォレ・ショインカ  ナイジェリア/投獄

1965%20Wole%20Soyinka.gif1934年ナイジェリア生まれ。ロンドン大学で学び、1957年卒業。1年後に「The Lion and the Jewell(ライオンと宝石)」を執筆。

1960年、ナイジェリアに戻り、アマチュア劇団マスク1960を結成。1964年小説「The Interpreter (インタープリター)」出版。

1961年、ラジオ局を銃で脅して占拠し、西ナイジェリアでの選挙不正を非難するメッセージを放送した罪で逮捕。国際的な抗議運動を巻き起こし、翌年無罪となる。

1966年、ビアフラ内戦が起こり、翌年、ショインカは連邦政府とビアフラ分離派との間の協議をとり持とうとし、反乱軍の味方についた罪に問われ、逮捕。

1969年、内戦は終了し、ショインカは恩赦によって釈放。

彼の囚人としての体験は著書「The Man Died: Prison Notes(死んだ男:拘置所での記録)」となる。釈放後、ナイジェリアを去り、6年後に一旦帰国するが、1983年には再び亡命。1984年、「The Man Died: Prison Notes(死んだ男:拘置所での記録)」はナイジェリアで禁書となる。

 

1986年、アフリカ人作家として初めてノーベル文学賞を受賞。

 

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1966 アンドレイ・シニャーフスキーとユーリー・ダニエル ソビエト連邦/投獄

1966%20-%20USSR%20-%20Andrei%20Sinyavsky.gif 1966daniel.gifアンドレイ・シニャーフスキーとユーリー・ダニエルは1966年、海外でペンネームによる風刺的な記事を発表した嫌疑で裁判にかけられ、刑務所で数年間を過ごした。この裁判は「フルシチョフの雪解け」時代の終わりとブレジネフ時代の始まりを象徴的に表すものだと言われる。

 

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1967 エンジェル・クアドラ キューバ/投獄

1967%20-%20Cuba%20-%20Angel%20Cuadra.gif 1931年にハバナ生まれ。1954年「Cantos de Amor al Alma Mater Song of love to Alma Mater /母校に捧ぐ愛の歌)」でMartinez Villena prize(マルティネス・ヴィエナ賞)を受賞。1956年、ハバナ大学を卒業、 反バティスタ派組織の活動に参加。2年後、「Lamento a Jose Marti en su Centenario A Lament to Jose Marti on his Centenary/ホセ・マルティ100周年に捧ぐ挽歌)」がイベリア系アメリカ詩人作家会賞受賞。

 

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1968 ラジャット・ネオジー ウガンダ/投獄

  1968%20Rajat%20Neogy%20Uganda-with%20Ginsberg%20and%20Orlovsky1.gif1938年にウガンダ・カンパラに生まれる。彼はロンドンで学び、帰国後1961年に文芸文化誌「Transition(トランジション)」を創刊、編集者となる。同誌は「アフリカに関する事柄をアフリカの視点で論議し」、ポール・セローやウォレ・ショインカの作品がしばしば誌面を飾り、ネオジーも詩やエッセーを同誌に寄稿。

 

  1968年、政府に批判的な記事が同誌に掲載されたため逮捕され、扇動の容疑で告発されるも、1年半後に無罪釈放。ガーナへ移住し同誌の発行を続ける。

 

 

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