招待席・主権在民史料
明治元年(1868)の維新に際し明治天皇は「五箇条」の国是を以て詔勅した。越前藩の由利公正による先駆相似の五条があったが、此の「ご誓文」に、昭和の敗戦と以降に及ぶ近代・現代日本の基盤と目標が存在したことは、敗戦翌年(1946)の昭和天皇による「昭和二十一年年頭詔書」が明記、再確認している。しかし、これらの真旨が、必ずしも日本の近代・現代史にあって遵守ないし推進されたと言いがたいところに、今後真に「主権在民」の日本を実現して行く難しい課題が残っていると観なければならぬ。併記して再び三度び趣意を熟慮したい。昭和天皇の詔書はあえて平易に読み下している。
一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ
一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸(けいりん)ヲ行フベシ
一、官武一途庶民ニ至ルマデ各(おのおの)其(その)志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦(う)マザラシメンコトヲ要ス
一、旧来ノ陋習(ろうしふ)ヲ破リ天地ノ公道ニ基(もとづ)クベシ
一、知識ヲ世界ニ求メ大(おほい)ニ皇基ヲ振起スベシ
ここに新年を迎ふ。かへりみれば明治天皇、明治のはじめに、国是として五箇条の御誓文を下し給へり。
いはく、
一、広く会議を興し、万機公論に決すべし
一、上下心を一にして、盛んに経綸を行ふべし。
一、官武一途庶民に至るまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
一、知識を世界に求め、おほいに皇基を振起すべし。
叡旨公明正大、また何をか加へん。朕(ちん)は個々に誓ひ新たにして、国運を開かんと欲す。すべからくこの御趣旨にのつとり、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もつて民生の向上をはかり、新日本を建設すべし。
大小都市のかうむりたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は、まことに心をいたましむるものあり。しかりといへども、わが国民が現在の試練に直面し、かつ徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束をまつたうせば、ひとりわが国のみならず、全人類のために輝かしき前途の展開せらるゝることを疑はず。それ、家を愛する心と国を愛する心とは、わが国において特に熱烈なるを見る。いまや実に、この心を拡充し、人類愛の完成に向かひ、献身的努力をいたすべきの時なり。
思ふに長きにわたれる戦争の敗北に終りたる結果、わが国民のややもすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈淪(ちんりん)せんとするの傾きあり。詭激(きげき)の風やうやく長じて、道義の念すこぶる衰へ、ために思想混乱あるは、まことに深憂にたへず。
しかれども、朕は汝ら国民とともにあり。常に利害を同じうし、休戚(きうせき)を分かたんと欲す。朕と汝ら国民との紐帯(ちうたい)は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもつて現御神(あきつかみ)とし、かつ日本国民をもつて他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。
朕の政府は、国民の試練と苦難とを緩和せんがため、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は、わが国民が時難に決起し、当面の困苦克服のために、また産業および文運振興のために、勇往(ゆうわう)せんことを祈念す。わが国民がその公民生活において団結し、あひより助け、寛容あひ許すの気風を作興(さくこう)するにおいては、よくわが至高の伝統に恥ぢざる真価を発揮するに至らん。かくのごときは、実にわが国民が人類の福祉と向上とのため、絶大なる貢献をなすゆゑんなるを疑はざるなり。一年の計は年頭にあり。朕は朕の信頼する国民が、朕とその心を一(いつ)にして、みづから誓ひ、みづから励まし、もつてこの大業を成就せんことをこひねがふ。
御名 御璽
昭和二十一年一月一日