招待席
すすきだ きゅうきん 詩人 1877.5.19 - 1945.10.9 岡山県に生まれる。 「暮笛集」で世に出「二十五絃」「白羊宮」等の詩集により蒲原有明とともに象徴主義時代をもたらした。 掲載作は明治三十八年(1905)十一月「中学世界」冬期増刊号に初出、高踏的浪漫主義による近代詩の到達点の一つとして名高い。
ああ、大和(やまと)にしあらましかば、
いま神無月(かみなづき)、
うは葉散り透く神無備(かみなび)の森の小路を、
あかつき露(づゆ)に髪ぬれて往(ゆ)きこそかよへ、
斑鳩(いかるが)へ。平群(へぐり)のおほ野、高草の
黄金(こがね)の海とゆらゆる日、
塵居(ちりゐ)の窓のうは白(じら)み、日ざしの淡(あは)に、
いにし代(よ)の珍(うづ)の御経(みきやう)の黄金文字(こがねもじ)、
百済緒琴(くだらをごと)に、斎(いは)ひ瓮(べ)に、彩画(だみゑ)の壁に
見ぞ恍(ほ)くる柱がくれのたたずまひ、
常花(とこばな)かざす藝の宮、斎殿深(いみどのふか)に、
焚(た)きくゆる香(か)ぞ、さながらの八塩折(やしほをり)
美酒(うまき)の甕(みか)のまよはしに、
さこそは酔(ゑ)はめ。
新墾路(にひばりみち)の切畑(きりばた)に、
赤ら橘葉が<れに、ほのめく日なか、
そことも知らぬ静歌(しづうた)の美(うま)し音色に、
目移しの、ふとこそ見まし、黄鶲(きびたき)の
あり樹の枝に、矮人(ちひさご)の楽人(あそびを)めきし
戯(ざ)ればみを。尾羽身(をばみ)がろさのともすれば、
葉の漂(たゞよ)ひとひるがへり、
籬(ませ)に、木(こ)の間に、──これやまた、野の法子児(ほふしご)の
化(け)のものか、夕寺深(ゆふでらふか)に声(こわ)ぶりの、
読経(どきやう)や、──今か、静(しづ)こころ
そぞろありきの在り人(びと)の
魂にしも沁(し)み入(い)らめ。
日は木(こ)がくれて、諸(もろ)とびら
ゆるにきしめく夢殿の夕庭寒(さむ)に、
そそ走(ばし)りゆく乾反葉(ひそりば)の
白膠木(ぬるで)、榎(え)、楝(あふち)、名こそあれ、葉広(はびろ)菩提樹、
道ゆきのさざめき、諳(そら)に聞きほくる
石廻廊(いしわたどの)のたたずまひ、振りさけ見れば、
高塔(あららぎ)や、九輪(くりん)の錆(さび)に入日かげ、
花に照り添ふ夕ながめ、
さながら、緇衣(しえ)の裾ながに地に曳きはへし、
そのかみの学生(がくしやう)めきし浮歩(うけあゆ)み、──
ああ大和にしあらましかば、
今日(けふ)神無月(かみなづき)、日のゆふべ、
聖(ひじり)ごころの暫(しば)しをも、
知らましを、身に。