招待席・反戦反核
きじま はじめ 詩人 1928.2.4 京都市に生まれる。 第2回日本童謡賞。 英文学者で英語詩も自在に、多彩な実験意欲を制作につぎ込み、反戦・反核・平和への社会的発言でも知られる。掲載作「予兆」は画家山下菊二の装画とともに昭和四十六年(1971)私家本制作、2の部分は英語訳され、ネパール語訳にも重訳発表されている。昭和五十一年(1976)詩集『千の舌で』(新日本文学会出版部、1976)に収録。
1 ぼくらは
ひととき
その予兆に
たじろいだ
原始の沃野から
古代から 中世の信仰へ
その中世から
言い伝えられた魂のように
上昇する一瞬の
煙となって
ぼくらの肉体のすべてが焼きつくされる日
ぼくらの家が バラックが
ぼくらの樹木が
黒く 全人類の 全地球の
空を焦がす日
その一瞬の
偶発するかもしれないぼくらの敗北を
いかなる呪詛とて
地獄の敵にと像(かたど)りえなくなる日のことを
ひとびとは何気なく
じぶんじしんの 毎日のおじぎの
どこかに押しこみ
昨日のじぶんの植民地の半島から伝えられる
拡げた「植民地型」新聞の
戦場の写真 ナパーム爆弾に
見入った
<ぼろぼろの棒ぐいのようになった屍体の写真──
地平線にまで連なる残骸の──>
はやくも くばられる写真の麻酔で
しびれる舌と唇に
沈黙を強いてきている
その日の昏さ!
未来が失明してしまうその日の昏さ!
2 破壊せず
ファシストが
遁走する
ことはない
胸も頭蓋も
飛び出た眼玉さえも
轟然(ごうぜん)と
轢殺される屍体のように──
その日は
犇(ひしめ)く
熔岩のように
日本列島は
人間の呻きを蒸気にし
蜿蜒(えんえん)と
噴煙の列を太陽にまで届かせる──
そして数分
平野も
丘陵も
都市もなく
すべてが褐色の化石残骸の穴ぼこ砂漠──
後は
鉛色の島の周辺
ただよう
屍体の影の形だけが海に残って
一○○○○○○○…………億光年
銀河系の果からは
きっと宇宙人の高笑いが
電波の弔辞を送ってよこすのだ
……ぴぴぴ(ソリー)……るるぴ(アイムソリー)……
たぴぴ(ヴェリソリー)………
3 この夢を
いつぼくは
一蹴しうる
保障をもつ?
かりに
被爆の跡に
亡霊となり
ぼくひとりさまようとして
光熱の法則 宇宙の生成する秩序を濫用したすえ
沈澱した堆積の地殻の屑ただひとつを
ぼくはへめぐって旧知をたずねるほか術がない
もし力足らず
ぼくら
屠殺の光りを浴びせられるその日には
花崗岩の敷石に
ぼくらの愛を
浮き彫りの影として
刻みつけよう
数千万の死者
全土 無記名の墓地となるこの国のうえにも
また愛があったということを
運行する太陽系の座標のうえに
映しかえしてみせるため
夢!あゝ だが愛しあった人間の呼吸のしるし
滅びない無疵のしるしに
ぼくらのいまの抱擁を化石に焼きつけ
ポンペイの遺跡のようにと
のこしたいこの夢はまたむなしい
4 この予兆に
闘ういがい
生きる意味は
いまありえない
成層圏へ噴出した火山灰のように
四方へ渦巻きつつ
内部から 全身から
静脈へ滲透した注入薬液のように
餓死するまえの胃袋のように
貪婪(どんらん)に
そうだ ぼくらの存在は
あらゆる予兆の抹殺を
追っていかなければ
すぐ死の過去にくりいれられる
遠く近く無言の万物の合唱に
とりかこまれ
梅雨のしめりに
田植に 米に
流れる雲のきれはしに
すべてから
すべてに
水爆の恐れ
とりのぞけ
喜びの 産声に
野菜に 朝に
夢みの悪い冷汗にさえ
すべてから
すべてに
水爆の恐れ
とりのぞけ
四季の果実に
夕焼に 海に
自由に航行する権利のうえに
すべてから
すべてに
水爆の恐れ
とりのぞけ