招待席

樋口 一葉

ひぐち いちよう 小説家 1872.5.2(旧3.25) - 1896.11.23 東京府内幸町に生まれる。 抜群の才能で近代に先駆け二十五歳で逝った閨秀作家。 掲載作は、名作「たけくらべ」と時期重なる明治二十九没年(1896)一月「国民之友」に発表のまた一つ、末期の秀作。

わかれ道

  上

 

 お京さん居ますかと窓の戸の外に来て、ことことと羽目(はめ)を敲(たゝ)く音のするに、誰(だ)れだえ、もう寐(ね)て仕舞つたから明日(あした)来てお呉れと嘘を言へば、寐たつて宜(い)いやね、起きて明けてお呉んなさい、傘屋の吉だよ、己(お)れだよと少し高く言へば、嫌な子だね此様(こん)な遅くに何を言ひに来たか、又お餅(かちん)のおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時(しばらく)辛棒(しんぼう)おしと言ひながら、仕立かけの縫物に針どめして立つは年頃二十(はたち)余りの意気な女、多い髪の毛を忙しい折からとて結び髪にして、少し長めな八丈(はちでう)の前だれ、お召(めし)の台なしな半天を着て、急ぎ足に沓脱(くつぬぎ)へ下りて格子戸に添ひし雨戸を明くれば、お気の毒さまと言ひながらずつと這入(はい)るは一寸法師(いつすんぼし)と仇名(あだな)のある町内の暴れ者、傘屋の吉(きち)とて持て余しの小僧なり、年は十六なれども不図(ふと)見る処は一か二か、肩幅せばく顔少(ちい)さく、目鼻だちはきりきりと利口(りこう)らしけれど何(いか)にも脊(せい)の低くければ人嘲けりて仇名はつけゝる。御免なさい、と火鉢の傍へづかづかと行けば、御餅(おかちん)を焼くには火が足らないよ、台処(だいどころ)の火消壷から消し炭を持つて来てお前が勝手に焼いてお喰べ、私は今夜中に此れ一枚(ひとつ)を上げねば成らぬ、角(かど)の質屋の旦那どのが御年始着(ごねんしぎ)だからとて針を取れば、吉はふゝんと言つて彼(あ)の兀頭(はげあたま)には惜しい物だ、御初穂(おはつう)を我(お)れでも着て遣(や)らうかと言へば、馬鹿をお言ひで無い人のお初穂を着ると出世が出来ないと言ふでは無いか、今つから延びる事が出来なくては仕方が無い、其様(そん)な事を他処(よそ)の家(うち)でもしては不用(いけない)よと気を付けるに、己(お)れなんぞ御出世は願はないのだから他人(ひと)の物だらうが何だらうが着かぶつて遣るだけが徳さ、お前さん何時(いつ)か左様(さう)言つたね、運が向く時に成ると己れに糸織の着物をこしらへて呉れるつて、本当に調(こしら)へて呉れるかえと真面目だつて言へば、夫(そ)れは調(こし)らへて上げられるやうならお目出度(めでたい)のだもの喜んで調らへるがね、私(わたし)が姿を見てお呉れ、此様(こん)な容躰(ようだい)で人さまの仕事をして居る境界(きようがい)では無からうか、まあ夢のやうな約束さとて笑つて居れば、いいやな夫(そ)れは、出来ない時に調らへて呉れとは言は無い、お前さんに運の向いた時の事さ、まあ其様(そん)な約束でもして喜ばして置いてお呉れ、此様(こん)な野郎が糸織ぞろへを冠(かぶ)つた処がをかしくも無いけれどもと淋しさうな笑顔をすれば、そんなら吉ちやんお前が出世の時は私(わたし)にもしてお呉れか、其約束も極(き)めて置きたいねと微笑んで言へば、其(そい)つはいけない、己れは何(ど)うしても出世なんぞは為(し)ないのだから。何故(なぜ)何故。何故でもしない、誰れが来て無理やりに手を取つて引上げても己れは此処(こゝ)に斯(か)うして居るのが好(い)いのだ、傘屋の油引きが一番好いのだ、何(ど)うで盲目縞(めくらじま)の筒袖に三尺を脊負(しよ)つて産(で)て来たのだらうから、渋を買ひに行く時かすりでも取つて吹矢(ふきや)の一本も当りを取るのが好い運さ、お前さんなぞは以前(もと)が立派な人だと言ふから今に上等の運が馬車に乗つて迎ひに来やすのさ、だけれどもお妾(めかけ)に成ると言ふ謎では無いぜ、悪く取つて怒つてお呉んなさるな、と火なぶりをしながら身の上を歎くに、左様(さう)さ馬車の代りに火の車でも来るであらう、随分胸の燃える事が有るからね、とお京は尺(ものさし)を杖に振返りて吉三が顔を守(まも)りぬ。

 例(いつも)の如く台処から炭を持出して、お前は喰ひなさらないかと聞けば、いゝゑ、とお京の頭(つむり)をふるに、では己ればかり御馳走さまに成らうかな、本当に自家(うち)の吝嗇(けちん)ぼうめ八釜(やかま)しい小言(こゞと)ばかり言やがつて、人を使ふ法をも知りやがらない、死んだお老婆(ばあ)さんは彼(あ)んなのでは無かつたけれど、今度の奴等と来たら一人として話せるのは無い、お京さんお前は自家(うち)の半次さんを好きか、随分厭味に出来あがつて、いゝ気の骨頂(こつてう)の奴では無いか、己れは親方の息子だけれど彼奴(あいつ)ばかりは何(ど)うしても主人とは思はれない番(ばん)ごと喧嘩をして遣り込めてやるのだが随分おもしろいよと話しながら、鉄網(かなあみ)の上へ餅をのせて、おゝ熱々(あつあつ)と指先を吹いてかゝりぬ。

 己れは何うもお前さんの事が他人のやうに思はれぬは何ういふ物であらう、お京さんお前は弟(おとゝ)といふを持つた事は無いのかと問はれて、私は一人娘(ひとりご)で同胞(けうだい)なしだから弟にも妹(いもと)にも持つた事は一度も無いと言ふ、左様(さう)かなあ、夫れでは矢張(やつぱり)何でも無いのだらう、何処からか斯(か)うお前のやうな人が己れの真身(しんみ)の姉(あね)さんだとか言つて出て来たら何んなに嬉しいか、首つ玉へ噛(かじ)り付いて己れは夫れ限(ぎ)り往生しても喜ぶのだが、本当に己れは木の股からでも出て来たのか、遂(つ)ひしか親類らしい者に逢つた事も無い、夫れだから幾度も幾度も考へては己れは最(も)う一生誰れにも逢ふ事が出来ない位なら今のうち死んで仕舞つた方が気楽だと考へるがね、夫れでも欲があるから可笑(をか)しい、ひよつくり変てこな夢何かを見てね、平常(ふだん)優しい事の一言も言つて呉れる人が母親(おふくろ)や父親(おやぢ)や姉(あね)さんや兄(あに)さんの様に思はれて、もう少し生(いき)て居たら誰れか本当の事を話して呉れるかと楽しんでね、面白くも無い油引きをやつて居るが己れみたやうな変な物が世間にも有るだらうかねえ、お京(けう)さん母親(おふくろ)も父親(おやぢ)も空(から)つきり当(あて)が無いのだよ、親なしで産れて来る子があらうか、己れは何うしても不思議でならない、と焼あがりし餅を両手でたゝきつゝ例(いつ)も言ふなる、心細さを繰返せば、夫れでもお前笹づる錦の守り袋といふ様な証拠は無いのかえ、何か手懸りは有りさうな物だねとお京の言ふを消して、何其様(なにそん)な気の利いた物は有りさうにもしない生れると直(すぐ)さま橋の袂(たもと)の貸赤子(かしあかご)に出されたのだなどゝ朋輩(ほうばい)の奴等が悪口をいふが、もしかすると左様(さう)かも知れない、夫れなら己れは乞食の子だ、母親(おふくろ)も父親(おやぢ)も乞食かも知れない、表を通る襤褸(ぼろ)を下げた奴が矢張己れが親類まきで毎朝きまつて貰ひに来る跣跋(びつこ)片眼(めつかち)の彼(あ)の婆あ何かゞ己れの為の何(なん)に当るか知れはしない、話さないでもお前は大底(たいてい)しつて居るだらうけれど今の傘屋に奉公する前は矢張(やつぱり)己れは角兵衛の獅子を冠(かぶ)つて歩いたのだからと打(うち)しをれて、お京さん己れが本当に乞食の子ならお前は今までのやうに可愛がつては呉れないだらうか、振向いて見ては呉れまいねと言ふに、串戯(じようだん)をお言ひでないお前が何(ど)のやうな人の子で何んな身か夫れは知らないが、何だからとつて嫌(い)やがるも嫌やがらないも言ふ事は無い、お前は平常(ふだん)の気に似合ぬ情(なさけ)ない事をお言ひだけれど、私が少しもお前の身なら非人(ひにん)でも乞食(こじき)でも構ひはない、親が無からうが兄弟が何うだらうが身一つ出世をしたらば宜(よ)からう、何故其様(そん)な意気地なしをお言ひだと励ませば、己れは何うしても駄目だよ、何にも為(し)やうとも思はない、と下を向いて顔をば見せざりき。

 

  中

 

 今は亡(う)せたる傘屋の先代に太つ腹のお松とて一代に身上(しんしやう)をあげたる、女相撲のやうな老婆(ばゞ)さま有りき、六年前の冬の事寺参りの帰りに角兵衛の子供を拾ふて来て、いゝよ親方から八釜(やかま)しく言つて来たら其時の事、可愛想に足が痛くて歩かれないと言ふと朋輩の意地悪が置(おき)ざりに捨てゝ行つたと言ふ、其様(そん)な処へ帰るに当るものか少(ちつ)とも怕(おつ)かない事は無いから私が家に居なさい、皆(みんな)も心配する事は無い何の此子位(このこぐらい)のもの二人や三人、台所へ板を並べてお飯(まんま)を喰べさせるに文句が入(い)る物か、判証文(はんしようもん)を取つた奴でも欠落(かけおち)をするもあれば持逃げの吝(けち)な奴もある、了簡(りょうけん)次第の物だわな、いはゞ馬には乗つて見ろさ、役に立つか立たないか置いて見なけりや知れはせん、お前新網(しんあみ)へ帰るが嫌やなら此家(こゝ)を死場(しにば)と極(き)めて勉強をしなけりやあ成らないよ、しつかり遣(や)つてお呉れと言ひ含められて、吉(きち)や吉やと夫れよりの丹精今油ひきに、大人三人前を一手に引うけて鼻唄交り遣つて退(の)ける腕を見るもの、流石(さすが)に眼鏡と亡き老婆(ひと)をほめける。

 恩ある人は二年目に亡(う)せて今の主(あるじ)も内儀様(かみさま)も息子の半次も気に喰はぬ者のみなれど、此処を死場と定めたるなれば厭(い)やとて更に何方(いづかた)に行くべき、身は癇癪(かんしやく)に筋骨(すぢぼね)つまつてか人よりは一寸法師(ぼし)一寸法師と誹(そし)らるゝも口惜しきに、吉や手前(てめへ)は親の日に腥(なまぐ)さを喰(やつ)たであらう、ざまを見ろ廻りの廻りの小仏と朋輩の鼻垂れに仕事の上の仇(あだ)を返されて、鉄拳(かなこぶし)に張(はり)たほす勇気はあれど誠に父母いかなる日に失(う)せて何時(いつ)を精進日(しようじんび)とも心得なき身の、心細き事を思ふては干場(ほしば)の傘のかげに隠くれて大地(だいぢ)を枕に仰向(あほの)き臥(ふ)してはこぼるゝ涙を呑込みぬる悲しさ、四季押(おし)とほし油びかりする目くら縞(じま)の筒袖を振つて火の玉の様な子だと町内に怕(こわ)がられる乱暴も慰むる人なき胸(むな)ぐるしさの余り、仮にも優しう言ふて呉れる人のあれば、しがみ附いて取(とり)ついて離れがたなき思ひなり。仕事屋のお京は今年の春より此(この)裏へと越して来(き)し物なれど物事に気才の利きて長屋中(ながやぢう)への交際(つきあひ)もよく、大屋(おほや)なれば傘屋の者へは殊更に愛想を見せ、小僧さん達着る物のほころびでも切れたなら私の家へ持つてお出(いで)、お家は御多人数(ごたにんず)お内儀(かみ)さんの針もつていらつしやる暇はあるまじ、私は常住(じようぢう)仕事畳紙(たゝう)と首つ引(ぴき)の身なれば本(ほん)の一針造作(ざうさ)は無い、一人住居(ひとりずまい)の相手なしに毎日毎夜さびしくつて暮して居るなれば手すきの時には遊びにも来て下され、私は此様(こん)ながらがらした気なれば吉ちやんの様(やう)な暴れ様(さん)が大好き、癇癪がおこつた時には表の米屋が白犬を擲(は)ると思ふて私の家の洗ひかへしを光沢(つや)出しの木槌(こづち)に、碪(きぬた)うちでも遣(や)りに来て下され、夫れならばお前さんも人に憎くまれず私の方でも大助かり、本に両為(りようだめ)で御座んすほどにと戯言(じょうだん)まじり何時(いつ)となく心安く、お京さんお京さんとて入浸(いりびた)るを職人ども翻弄(からかひ)ては帯屋の大将のあちらこちら、桂川の幕が出る時はお半の脊中(せな)に長右衛門(てうゑもん)と唱はせて彼(あ)の帯の上へちよこなんと乗つて出るか、此奴(こいつ)は好(い)いお茶番だと笑はれるに、男なら真似て見ろ、仕事やの家へ行つて茶棚の奥の菓子鉢の中に、今日は何が何箇(いくつ)あるまで知つて居るのは恐らく己れの外(ほか)には有るまい、質屋の兀頭(はげあたま)めお京さんに首つたけで、仕事を頼むの何が何うしたのと小五月蝿(こうるさく)這入(はいり)込んでは前だれの半襟の帯つかはのと附届(つけとゞけ)をして御機嫌を取つては居るけれど、遂(つ)ひしか喜んだ挨拶をした事が無い、ましてや夜(よ)るでも夜中でも傘屋の吉が来たとさへ言へば寝間着のまゝで格子戸を明けて、今日は一日遊びに来なかつたね、何うかお為(し)か、案じて居たにと手を取つて引入れられる者が他に有らうか、お気の毒様なこつたが独活(うど)の大木は役にたゝない、山椒(さんしよ)は小粒で珍重されると高い事をいふに、此野郎めと脊を酷(ひど)く打たれて、有がたう御座いますと済まして行く顔つき背(せい)さへあれば人串戯(ぢようだん)とて恕(ゆる)すまじけれど、一寸法師(ぼし)の生意気と爪(つま)はぢきして好(い)い嬲(なぶ)りものに烟草(たばこ)休みの話しの種成(たねなり)き。

 

  下

 

 十二月三十日の夜(よ)、吉(きち)は坂上(さかうへ)の得意場へ誂(あつら)への日限(にちげん)の後れしを詫びに行きて、帰りは懐手(ふところで)の急ぎ足、草履下駄の先にかゝる物は面白づくに蹴かへして、ころころと転げると右に左に追ひかけては大溝(おほどぶ)の中へ蹴落(けおと)して一人からからと高笑ひ、聞く者なくて天上のお月さまさも皓々(こうこう)と照し給ふを寒(さぶ)いといふ事知らぬ身なれば只こゝちよく爽(さわやか)にて、帰りは例の窓を敲(たゝ)いてと目算ながら横町を曲れば、いきなり後より追ひすがる人の、両手に目を隠くして忍び笑ひをするに、誰れだ誰れだと指を撫でゝ、何だお京さんか、小指のまむしが物を言ふ、恐赫(おどか)しても駄目だよと顔を振のけるに、憎くらしい当てられた仕舞つたと笑ひ出す。お京はお高祖頭巾(こそづきん)目深(まぶか)に風通(ふうつう)の羽織着て例(いつも)に似合(にあは)ぬ宜(よ)き粧(なり)なるを、吉三は見あげ見おろして、お前何処へ行きなすつたの、今日明日は忙がしくてお飯(まんま)を喰べる間もあるまいと言ふたでは無いか、何処へお客様にあるいて居たのと不審を立てられて、取越しの御年始さと素知らぬ顔をすれば、嘘をいつてるぜ三十日(みそか)の年始を受ける家は無いやな、親類へでも行きなすつたかと問へば、とんでも無い親類へ行くやうな身に成つたのさ、私は明日(あす)あの裏の移転(ひつこし)をするよ、余りだしぬけだから嘸(さぞ)お前おどろくだらうね、私も少し不意なのでまだ本当とも思はれない、兎も角喜んでお呉れ悪るい事では無いからと言ふに、本当か、本当か、と吉は呆れて、嘘では無いか串戯(じようだん)では無いか、其様(そん)な事を言つておどかして呉れなくても宜(よ)い、己れはお前が居なくなつたら少しも面白い事は無くなつて仕舞ふのだから其様(そん)な厭(い)やな戯言(じようだん)は廃(よ)しにしてお呉れ、ゑゝ詰(つま)らない事を言ふ人だと頭(かしら)をふるに、嘘では無いよ何時(いつ)かお前が言つた通り上等の運が馬車に乗つて迎ひに来たといふ騒ぎだから彼処(あすこ)の裏には居られない、吉(きつ)ちやん其(その)うちに糸織(いとをり)ぞろひを調(こしら)へて上(あげ)るよと言へば、厭やだ、己れは其様(そん)な物は貰ひたく無い、お前その好(い)い運といふは詰らぬ処へ行かうといふのでは無いか、一昨日(おとゝひ)自家(うち)の半次さんが左様(さう)いつて居たに、仕事やのお京さんは八百屋横町(よこてう)に按摩をして居る伯父さんが口入れで何処のかお邸(やしき)へ御奉公に出るのださうだ、何お小間使(こまづか)ひと言ふ年ではなし、奥さまのお側やお縫物しの訳は無い、三つ輪に結(ゆ)つて総(ふさ)の下(さが)つた被布(ひふ)を着るお妾(めかけ)さまに相違は無い、何うして彼(あ)の顔で仕事やが通せる物かと此様(こん)な事をいつて居た、己れは其様(そん)な事は無いと思ふから、間違ひだらうと言つて、大喧嘩を遣つたのだが、お前もしや其処へ行くのでは無いか、其(その)お邸へ行くのであらう、と問はれて、何も私(わたし)だとて行きたい事は無いけれど行かなければ成らないのさ、吉ちやんお前にも最(も)う逢はれなくなるねえ、とて唯(たゞ)いふ言(こと)ながら萎(しを)れて聞(きこ)ゆれば、何(ど)んな出世に成るのか知らぬが其処へ行くのは廃(よ)したが宜(よか)らう、何もお前女口一つ針仕事で通せない事もなからう、彼(あ)れほど利く手を持つて居ながら何故つまらない其様な事を始めたのか、余(あんま)り情ないでは無いかと吉は我身の潔白に比(くら)べて、お廃(よ)しよ、お廃しよ、断つてお仕舞(しまひ)なと言へば、困ったねとお京は立止まつて、夫れでも吉ちやん私は洗ひ張(はり)に倦(あ)きが来て、最(も)うお妾でも何でも宜い、何(ど)うで此様(こん)な詰らないづくめだから、寧(いつ)その腐れ縮緬着物(ちりめんぎもの)で世を過ぐさうと思ふのさ。

 思ひ切つた事を我れ知らず言つてほゝと笑ひしが、兎も角も家(うち)へ行かうよ、吉ちやん少しお急ぎと言はれて、何だか己れは根つから面白いとも思はれない、お前まあ先へお出(いで)よと後(あと)に附いて、地上に長き影法師を心細げに踏んで行く、いつしか傘屋の路次を入つてお京が例の窓下に立てば、此処をば毎夜音づれて呉れたのなれど、明日(あす)の晩は最うお前の声も聞かれない、世の中つて厭やな物だねと歎息するに、夫れはお前の心がらだとて不満らしう吉三の言ひぬ。

 お京は家(うち)に入るより洋燈(ランプ)に火を点(うつ)して、火鉢を掻きおこし、吉ちやんやお焙(あた)りよと声をかけるに己れは厭やだと言つて柱際(はしらぎは)に立つて居るを、夫れでもお前寒(さぶ)からうでは無いか風を引くといけないと気を附ければ、引いても宜(よ)いやね、構はずに置いてお呉れと下を向いて居るに、お前は何(ど)うかおしか、何だか可笑(をか)しな様子だね私の言ふ事が何か疳にでも障つたの、夫れなら其(その)やうに言つて呉れたが宜(い)い、黙つて其様(そん)な顔をして居られると気に成つて仕方が無いと言へば、気になんぞ懸けなくても能(い)いよ、己れも傘屋の吉三だ女のお世話には成らないと言つて、寄(より)かゝりし柱に脊を擦(こす)りながら、あゝ詰らない面白くない、己れは本当(ほんと)に何と言ふのだらう、いろいろの人が鳥渡(ちよつと)好(い)い顔を見せ直様(すぐさま)つまらない事に成つて仕舞ふのだ、傘屋の先(せん)のお老婆(ばあ)さんも能(い)い人で有つたし、紺屋(こうや)のお絹さんといふ縮(ちゞ)れつ毛の人も可愛(かあゆ)がつて呉れたのだけれど、お老婆さんは中風(ちうふう)で死ぬし、お絹さんはお嫁に行くを厭やがつて裏の井戸へ飛込んで仕舞つた、お前は不人情で己れを捨てゝ行(ゆく)し、最(も)う何も彼(か)もつまらない、何だ傘屋の油ひきなんぞ、百人前の仕事をしたからとつて褒美の一つも出やうでは無し朝から晩まで一寸法師の言(いは)れつゞけで、夫れだからと言つて一生立つても此背(このせい)が延びやうかい、待てば甘露(かんろ)といふけれど己れなんぞは一日一日厭やな事ばかり降つて来やがる、一昨日(おとゝひ)半次の奴と大喧嘩をやつて、お京さんばかりは人の妾に出るやうな腸(はらわた)の腐つたのでは無いと威張つたに、五日とたゝずに兜をぬがなければ成らないのであらう、そんな嘘つ吐(つ)きの、ごまかしの、欲の深いお前さんを姉(ねえ)さん同様に思つて居たが口惜(くちを)しい、最うお京さんお前には逢はないよ、何うしてもお前には逢はないよ、長々御世話さま此処からお礼を申(まをし)ます、人をつけ、最う誰れの事も当てにする物か、左様なら、と言つて立あがり沓(くつ)ぬぎの草履下駄(ざうりげた)足に引(ひき)かくるを、あれ吉ちやん夫れはお前勘違ひだ、何も私が此処を離れるとてお前を見捨てる事はしない、私は本当(ほんと)に兄弟とばかり思ふのだもの其様(そん)な愛想(あいそ)づかしは酷(ひど)からう、と後(うしろ)から羽(は)がひじめに抱き止めて、気の早い子だねとお京の諭(さと)せば、そんならお妾に行くを廃(や)めにしなさるかと振(ふり)かへられて、誰れも願ふて行く処では無いけれど、私(わたし)は何(ど)うしても斯(か)うと決心して居るのだから夫れは折角(せつかく)だけれど聞かれないよと言ふに、吉は涕(なみだ)の目に見つめて、お京さん後生(ごせう)だから此肩(こゝ)の手を放してお呉んなさい。

(明治二十九年一月)

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Higuchi Ichiyo
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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