招待席・反戦反核

田山 花袋

たやま かたい 小説家 1871−1930 群馬県に生まれる。父は西南戦争で戦死、苦難と困窮のうちに一家を支えて明治十九年(1886)上京。和歌、英語、西欧文学に学びつつ散文に向かい、明治三十九年(1906)「文章世界」の主筆に就任の翌四十年(1907)には、近代文学史を大きく分けた記念碑的な「蒲団」を発表、その後自然主義運動の自他共にゆるす中心の存在となる。名作「田舎教師」をはじめ着実な秀作は「時は過ぎゆく」から晩年の「百夜」まで数多い。明治三十七年(1904)三月から九月まで、日露戦争に従軍し、冷静な観察力で「第二軍従征日記」をまとめ、その後、従軍体験を小説「一兵卒」に昇華させる。掲載作は、明治四十一年(1908)一月の「早稲田文学」に初出。日露戦争の体験から生まれた不朽の反戦文学である。岩波文庫(岩波書店)より。

一兵卒

 渠(かれ)は歩き出した。

 銃が重い、背嚢(はいのう)が重い、脚(あし)が重い、アルミニューム製の金椀(かなわん)が腰の剣に当ってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経を夥(おびただ)しく刺戟(しげき)するので、幾度(いくたび)かそれを直して見たが、どうしても鳴る、カタカタと鳴る。もう厭(いや)になってしまった。

 病気は本当に治ったのでないから、呼吸が非常に切れる。全身には悪熱悪寒(あくねつおかん)が絶えず往来する。頭脳(あたま)が火のように熟して、顳かみ(=需にオオガイ)(こめかみ)が烈(はげ)しい脈を打つ。何故(なぜ)、病院を出た? 軍医が後が大切だと言ってあれほど留めたのに、何故病院を出た? こう思ったが、渠(かれ)はそれを悔いはしなかった。敵の捨てて遁(に)げた汚ない洋館の板敷(いたじき)、八畳位の室(へや)に、病兵、負傷兵が十五人、衰頽(おとろえ)と不潔と叫喚(うめき)と重苦しい空気と、それに凄(すさま)じい蠅(はえ)の群集、よく二十日も辛抱していた。麦飯の粥(かゆ)に少しばかりの食塩、よくあれで飢餓(うえ)を凌(しの)いだ。かれは病院の背後(うしろ)の便所を思出(おもいだ)してゾットした。急造(きゅうごしらえ)の穴の掘りようが浅いので、臭気が鼻と眼とを烈しく撲(う)つ。蠅がワンと飛ぶ。石灰(いしばい)の灰色に汚れたのが胸をむかむかさせる。

 あれよりは……あそこにいるよりは、この闊々(ひろびろ)とした野の方が好い。どれほど好いかしれぬ。満洲の野は荒漠(こうばく)として何もない。畑にはもう熟し懸けた高梁(こうりょう)が連(つらな)っているばかりだ。けれど新鮮な空気がある、日の光がある、雲がある、山がある、――凄じい声が急に耳に入ったので、立留って彼はそっちを見た。さっきの汽車がまだあそこにいる。釜のない煙筒(えんとつ)のない長い汽車を、支那苦力(クリー)が幾百人となく寄ってたかって、丁度(ちょうど)蟻(あり)が大きな獲物(えもの)を運んで行くように、えっさらおっさら押して行く。

 夕日が画(え)のように斜(ななめ)に射し渡った。

 先程(さっき)の下士があそこに乗っている。あの一段高い米の叺(かます)の積荷の上に突立(つった)っているのが彼奴(きゃつ)だ。苦しくってとても歩けんから、鞍山站(あんざんてん)まで乗せて行ってくれと頼んだ。すると彼奴め、兵を乗せる車ではない。歩兵が車に乗るという法があるかと呶鳴(どな)った。病気だ、御覧の通りの病気で、脚気(かっけ)をわずらっている。鞍山站の先まで行けば隊がいるに相連ない。武士は相見互(あいみたがい)ということがある、どうか乗せてくれッて、達(た)って頼んでも、言うことを聞いてくれなかった。兵、兵といって、筋(すじ)が少いと馬鹿にしやがる。金州でも、得利寺(とくりじ)でも兵のお蔭で戦争に勝ったのだ。馬鹿奴(ばかめ)、悪魔奴!

 蟻だ、蟻だ、本当に蟻だ。まだあそこにいやがる。汽車もああなってはおしまいだ。ふと汽車――豊橋(とよはし)を発(た)って来た時の汽車が眼の前を通り過ぎる。停車場は国旗で埋められている。万歳の声が長く長く続く。と忽然(こつぜん)最愛の妻の顔が眼に浮ぶ。それは門出の時の泣顔ではなく、どうした場合であったか忘れたが心から可愛(かあい)いと思った時の美しい笑顔だ。母親がお前もうお起きよ、学校が遅くなるよと揺起(ゆりおこ)す。彼の頭はいつか子供の時代に飛帰っている。裏の入江の船の船頭が禿頭(はげあたま)を夕日にてかてかと光らせながら子供の一群に向って呶鳴っている。その子供の群の中に彼もいた。

 過去の面影(おもかげ)と現在の苦痛不安とが、はっきりと区劃(くかく)を立てておりながら、しかもそれがすれすれに摺寄(すりよ)った。銃が重い、背嚢(はいのう)が重い、脚(あし)が重い。腰から下は他人のようで、自分で歩いているのかいないのか、それすらはっきりとは解(わか)らぬ。

 褐色の道路――砲車の轍(わだち)や靴の跡や草鞋(わらじ)の跡が深く印したままに石のように乾いて固くなった路(みち)が前に長く通じている。こういう満洲の道路にはかれは殆(ほとん)ど愛想(あいそ)をつかしてしまった。何処(どこ)まで行ったらこの路はなくなるのか。何処まで行ったらこんな路は歩かなくってもよくなるのか。故郷(ふるさと)のいさご路(みち)、雨上りの湿った海岸の砂路(いさごみち)、あの滑(なめら)かな心地(ここち)の好い路が懐かしい。広い大きな道ではあるが、一(ひとつ)として滑かな平(たいら)かな処(ところ)がない。これが雨が一日降ると、壁土のように柔かくなって、靴どころか、長い脛(すね)もその半(なかば)を没してしまうのだ。大石橋(だいせっきょう)の戦争の前の晩、暗い闇の泥濘(でいねい)を三里もこね廻した。背の上から頭の髪まではねが上った。あの時は砲車の援護が任務だった。砲車が泥濘の中に陥って少しも動かぬのを押して押して押し通した。第三聯隊(れんたい)の砲車が先に出て陣地を占領してしまわなければ明日(あした)の戦(たたかい)は出来なかったのだ。そして終夜働いて、翌日はあの戦争。敵の砲弾、味方の砲弾がぐんぐんと厭(いや)な音を立てて頭の上を鳴って通った。九十度近い暑い日が脳天からじりじり照り附けた。四時過(すぎ)に、敵味方の歩兵はともに接近した。小銃の音が豆を煎(い)るように聞える。時々シュッシュッと耳の傍(そば)を掠(かす)めて行く。列の中であっと言ったものがある。はッと思って見ると、血がだらだらと暑い夕日に彩(いろど)られて、その兵士はガックリ前にのめった。胸に弾丸(たま)が中(あた)ったのだ。その兵士は善(よ)い男だった。快活で、洒脱(しゃだつ)で、何事にも気が置けなかった。新城町(しんしろまち)のもので、若い嚊(かかア)があったはずだ。上陸当座は一緒によく徴発(ちょうはつ)に行ったっけ。豚を逐(お)い廻したッけ。けれどあの男は最早(もはや)この世の中にいないのだ。いないとはどうしても思えん。思えんがいないのだ。

 褐色の道路を、糧餉(りょうしょう)を満載した車がぞろぞろ行く。騾車(らしゃ)、驢車(ろしゃ)、支那人の爺(じじ)のウオウオウイウイが聞える。長い鞭(むち)が夕日に光って、一種の音を空気に伝える。路の凸凹(でこぼこ)が烈(はげ)しいので、車は波を打つようにしてガタガタ動いて行く。苦しい、呼吸(いき)が苦しい。こう苦しくっては為方(しかた)がない。頼んで乗せてもらおうと思ってかれは駆出(かけだ)した。

 金椀がカタカタ鳴る。烈しく鳴る。背嚢の中の雑品や弾丸袋の弾丸が気(け)たたましく躍(おど)り上る。銃の台が時々脛(すね)を打って飛び上るほど痛い。

 「オーイ、オーイ。」

 声が立たない。

 「オーイ、オーイ。」

 全身の力を絞(しぼ)って呼んだ。聞えたに相違ないが振向いても見ない。どうせ碌(ろく)なことではないと知っているのだろう。一時思止(おもいとど)まったが、また駆出した。そして今度はその最後の一輌に漸く(ようや)追着(おいつ)いた。

 米の叺(かます)が山のように積んである。支那人の爺が振向いた。丸顔の厭な顔だ。有無(うむ)をいわせずその車に飛乗(とびの)った。そして叺と叺との間に身を横(よこた)えた。支那人は為方(しかた)がないという風でウオーウオーと馬を進めた。ガタガタと車は行く。

 頭脳(あたま)がぐらぐらして天地が廻転するようだ。胸が苦しい。頭が痛い。脚の腓(ふくらはぎ)の処が押附けられるようで、不愉快で不愉快で為方がない。ややともすると胸がむかつきそうになる。不安の念が凄じい力で全身を襲った。と同時に、恐ろしい動揺がまた始まって、耳からも頭からも、種々の声が囁(ささや)いて来る。この前にもこうした不安はあったが、これほどではなかった。天にも地にも身の置き処がないような気がする。

 野から村に入ったらしい。鬱蒼(こんもり)とした楊(やなぎ)の緑がかれの上に靡(なび)いた。楊樹(やなぎ)にさし入った夕日の光が細(こまか)な葉を一葉一葉明らかに見せている。不恰好(ぶかっこう)な低い屋根が地震でもあるかのように動揺しながら過ぎて行く。ふと気がつくと、車は止っていた。かれは首を挙(あ)げて見た。

 楊樹の蔭をなしている処(ところ)だ。車輌(くるま)が五台ほど続いているのを見た。

 突然肩を捉(おさ)えるものがある。

 日本人だ、わが同胞だ、下士だ。

 「貴様(きさま)は何だ?」

 かれは苦しい身を起した。

 「どうしてこの車に乗った?」

 理由を説明するのが辛(つら)かった。いや口を利(き)くのも厭(いや)なのだ。

 「この車に乗っちゃいかん。そうでなくってさえ、荷が重過ぎるんだ。お前は十八聯隊だナ。豊橋だナ。」

 点頭(うなず)いて見せる。

 「どうかしたのか。」

 「病気で、昨日まで大石橋(だいせっきょう)の病院にいたものですから。」

 「病気がもう治ったのか。」

 無意味に点頭(うなず)いた。

 「病気で辛いだろうが、下りてくれ。急いで行かんけりゃならんのだから。遼陽(りょうよう)が始(はじま)ったでナ。」

 「遼陽!」

 この一語はかれの神経を十分に刺戟した。

 「もう始ったですか。」

 「聞えんかあの砲が……」

 先ほどから、天末に一種の轟声(とどろき)が始ったそうなとは思ったが、まだ遼陽ではないと思っていた。

 「鞍山站(あんざんてん)は落ちたですか。」

 「一昨日(おととい)落ちた。敵は遼陽の手前で一防禦(ひとふせぎ)遣(や)るらしい。今日の六時から始ったという噂だ!」

 一種の遠い微(かす)かなる轟(とどろき)、仔細(しさい)に聞けばなるほど砲声だ。例の厭な音が頭上を飛ぶのだ。歩兵隊がその間を縫って進撃するのだ。血汐(ちしお)が流れるのだ。こう思った渠(かれ)は一種の恐怖と憧憬(しょうけい)とを覚えた。戦友は戦っている。日本帝国のために血汐を流している。

 修羅(しゅら)の巷(ちまた)が想像される。炸弾(さくだん)の壮観も眼の前に浮ぶ。けれど七、八里を隔てたこの満洲の野は、さびしい秋風が夕日を吹いているばかり、大軍の潮(うしお)の如く過ぎ去った村の平和は平生(いつも)に異(ことな)らぬ。

 「今度の戦争は大きいだろう。」

 「そうさ。」

 「一日では勝敗(かちまけ)がつくまい。」

 「無論だ。」

 今の下士は夥伴(なかま)の兵士と砲声を耳にしつつ頻(しき)りに語合(かたりあ)っている。糧餉(りょうしょう)を満載した車五輌、支那苦力(クリー)の爺連(おやちゃん)も圏(わ)をなして何事をか饒舌(しゃべ)り立てている。驢馬(ろば)の長い耳に日が射して、おりおりけたたましい啼声(なきごえ)が耳を劈(つんざ)く。楊樹(やなぎ)の彼方(むこう)に白い壁の支那民家が五、六軒続いて、庭の中に槐(えんじゅ)の樹(き)が高く見える。井戸がある。納屋(なや)がある。足の小さい年老いた女が覚束(おぼつか)なく歩いて行く。楊樹を透して向うに、広い荒漠たる野が見える。褐色した丘陵(おか)の連続が指される。その向うには紫色(むらさき)がかった高い山が蜿蜒(えんえん)としている。砲声は其処(そこ)から来る。

 

 五輌の車は行ってしまった。

 渠(かれ)はまた一人取残された。海城から東煙台、甘泉堡(かんせんほ)、この次の兵站部(へいたんぶ)所在地は新台子(しんたいし)と言って、まだ一里位ある。其処(そこ)まで行かなければ宿るべき家もない。

 行くことにして歩き出した。

 疲れ切っているから難儀だが、車よりはかえって好い。胸は依然として苦しいが、どうも致(いた)し方(かた)がない。

 また同じ褐色の路、同じ高梁の畑、同じ夕日の光、レールには例の汽車がまた通った。今度は下り坂で、速力が非常に早い。釜の附いた汽車よりも早い位に目まぐろしく谷を越えて駛(はし)った。最後の車輌(くるま)に翻(ひるがえ)った国旗が高梁畑の絶間(たえま)絶間に見えたり隠れたりして、遂にそれが見えなくなっても、その車輌の轟(とどろき)は聞える。その轟と交って、砲声が間断(しっきり)なしに響く。

 街道には久しく村落がないが、西方には楊樹(やなぎ)のやや暗い繁茂が到る処(ところ)にかたまって、その間からちらちら白色褐色の民家が見える。人の影は四辺(あたり)を見廻してもないが、碧(あお)い細い炊煙(すいえん)は糸のように淋しく立あがる。

 夕日は物の影を総(すべ)て長く曳(ひ)くようになった。高梁の高い影は二間(けん)幅の広い路を蔽(おお)って、更に向う側の高梁の上に蔽い重(かさな)った。路傍(みちばた)の小さな草の影も夥(おびただ)しく長く、東方の丘陵(おか)は浮出すようにはっきりと見える。さびしい悲しい夕暮は譬(たと)え難(にく)い一種の影の力を以て迫って来た。

 高梁の絶えた処に来た。忽然(こつぜん)、かれはその前に驚くべき長大なる自己の影を見た。肩の銃の影は遠い野の草の上にあった。かれは急に深い悲哀に打たれた。

 草叢(くさむら)には虫の声がする。故郷(ふるさと)の野で聞く虫の声とは似もつかぬ。この似つかぬことと広い野原とが何となくその胸を痛めた。一時途絶(とだ)えた追懐の情が流るるように漲(みなぎ)って来た。

 母の顔、若い妻の顔、弟の顔、女の顔が走馬灯のごとく旋回する。欅(けやき)の樹(き)で囲まれた村の旧家、団欒(だんらん)せる平和な家庭、続いてその身が東京に修業に行った折の若々しさが懐(おも)い出される。神楽坂(かぐらざか)の夜の賑(にぎわ)いが眼に見える。美(うるわ)しい草花、雑誌店、新刊の書、角を曲ると賑やかな寄席(よせ)、待合(まちあい)、三味線の音、仇(あだ)めいた女の声、あの頃は楽しかった。恋した女が仲町(なかちょう)にいて、よく遊びに行った。丸顔の可愛(かわい)い娘で、今でも恋しい。この身は田舎の豪家の若旦那で、金には不自由を感じなかったから、随分面白いことをした。それにあの頃の友人は皆世に出ている。この間も蓋平(がいへい)で第六師団の大尉になって威張っている奴(やつ)に邂逅(でっくわ)した。

 軍隊生活の束縛ほど残酷なものはないと突然思った。と、今日は不思議にも平生(ひごろ)のように反抗とか犠牲とかいう念は起らずに、恐怖の念が盛(さかん)に燃えた。出発の時、この身は国に捧げ、君に捧げて遺憾(いかん)がないと誓った。再びは帰って来る気はないと、村の学校で雄々(おお)しい演説をした。当時は元気旺盛、身体壮健であった。で、そう言っても勿論死ぬ気はなかった。心の底には花々しい凱旋(がいせん)を夢みていた。であるのに、今忽然(こつぜん)起ったのは死に対する不安である。自分はとても生きて還(かえ)ることは覚束(おぼつか)ないという気が烈しく胸を衝(つ)いた。この病、この脚気(かっけ)、仮令(たとえ)この病は治ったにしても戦場は大(おおい)なる牢獄である。いかに藻掻(もが)いても焦(あせ)ってもこの大なる牢獄から脱することは出来ぬ。得利寺(とくりじ)で戦死した兵士がその以前かれに向って、

 「どうせ遁(のが)れられぬ穴だ。思い切(きり)よく死ぬサ。」と言ったことを思出した。

 かれは疲労と病気と恐怖とに襲われて、如何(いか)にしてこの恐しい災厄(さいやく)を遁(のが)るべきかを考えた。脱走? それも好い、けれど捕えられた暁(あかつき)には、この上もない汚名を被(かぶ)った上に同じく死! さればとて前進すれば必ず戦争の巷(ちまた)の人とならなければならぬ。戦争の巷に入れば死を覚悟しなければならぬ。かれは今初めて、病院を退院したことの愚をひしと胸に思当(おもいあた)った。病院から後送(こうそう)されるようにすればよかった……と思った。

 もう駄目だ、万事休す、遁れるに路(みち)がない。消極的の悲観が恐ろしい力でその胸を襲った。と、歩く勇気も何もなくなってしまった。止度(とめど)なく涙が流れた。神がこの世にいますなら、どうか救(たす)けて下さい、どうか遁路(にげみち)を教えて下さい。これからはどんな難儀もする! どんな善事もする! どんなことにも背(そむ)かぬ。

 渠(かれ)はおいおい声を挙げて泣出した。

 胸が間断(しっきり)なしに込み上げて来る。涙は小児(こども)でもあるように頬を流れる。自分の体がこの世の中になくなるということが痛切に悲しいのだ。かれの胸にはこれまで幾度(いくたび)も祖国を思うの念が燃えた。海上の甲板(かんぱん)で軍歌を歌った時には悲壮の念が全身に充(み)ち渡った。敵の軍艦が突然出て来て、一砲弾のために沈められて、海底の藻屑(もくず)となっても遺憾がないと思った。金州の戦場では、機関銃の死の叫びのただ中を地に伏しつつ、勇ましく進んだ。戦友の血に塗(まみ)れた姿に胸を撲(う)ったこともないではないが、これも国のためだ、名誉だと思った。けれど人の血の流れたのは自分の血の流れたのではない。死と相面(あいめん)しては、いかなる勇者も戦慄(せんりつ)する。

 脚が重い、気怠(けだる)い、胸がむかつく。大石橋から十里、二日の路、夜露(よつゆ)、悪寒(おかん)、確かに持病の脚気(かっけ)が昂進(こうしん)したのだ。流行腸胃熱は治ったが、急性の脚気が襲って来たのだ。脚気衝心(しょうしん)の恐しいことを自覚してかれは戦慄した。どうしても免れることが出来ぬのかと思った。と、いても立ってもいられなくなって、体がしびれて脚がすくんだ――おいおい泣きながら歩く。

 野は平和である。赤い大きい日は地平線上に落ちんとして、空は半(なか)ば金色(こんじき)半ば暗碧色(あんぺきしょく)になっている。金色の鳥の翼のような雲が一片動いて行く。高梁の影は影と蔽(おお)い重(かさな)って、荒涼たる野には秋風が渡った。遼陽方面の砲声も今まで盛(さかん)に聞えていたが、いつか全く途絶(とだ)えてしまった。

 二人連(づれ)の上等兵が追い越した。

 すれ違って、五、六間(けん)先に出たが、ひとりが戻って来た。

 「おい、君、どうした?」

 かれは気が附いた。声を挙げて泣いて歩いていたのが気恥かしかった。

 「おい、君?」

 再び声は懸った。

 「脚気なもんですから。」

 「脚気?」

 「はア。」

 「それは困るだろう。よほど悪いのか。」

 「苦しいのです。」

 「それア困ったナ、脚気では衝心でもすると大変だ。何処(どこ)まで行くんだ。」

 「隊が鞍山站(あんざんてん)の向うにいるだろうと思うんです。」

 「だって、今日其処(そこ)まで行けはせん。」

 「はア。」

 「まア、新台子まで行くさ。其処に兵站部(へいたんぶ)があるから行って医師(いしゃ)に見てもらうさ。」

 「まだ遠いですか?」

 「もうすぐ其処だ。それ向うに丘が見えるだろう。丘の手前に鉄道線路があるだろう。其処に国旗が立っている、あれが新台子の兵站部だ。」

 「其処に医師がいるでしょうか。」

 「軍医が一人いる。」

 蘇生(そせい)したような気がする。

 で、二人に跟(つ)いて歩いた。二人は気の毒がって、銃と背嚢(はいのう)とを持ってくれた。

 二人は前に立って話しながら行く。遼陽の今日の戦争の話である。

 「様子は解らんかナ。」

 「まだ遭(や)ってるんだろう。煙台で聞いたが、敵は遼陽の一里手前で一支(ひとささ)えしているそうだ。何(な)んでも首山堡(しゅさんぽ)とか言った。」

 「後備(こうび)が沢山行くナ。」

 「兵が足りんのだ。敵の防禦陣地はすばらしいものだそうだ。」

 「大きな戦争になりそうだナ。」

 「一日砲声がしたからナ。」

 「勝てるかしらん。」

 「負けちゃ大変だ。」

 「第一軍も出たんだろうナ。」

 「勿論さ。」

 「一つ旨(うま)く背後を断って遣(や)りたい。」

 「今度はきっと旨く遣るよ。」

 と言って耳を傾けた。砲声がまた盛んに聞え出した。

 

 新台子の兵站部は今雑沓(ざっとう)を極めていた。後備旅団の一箇聯隊が着いたので、レイル上の、家屋の蔭、糧餉(りょうしょう)の傍(そば)などに軍帽と銃剣とが充ち満ちていた。レイルを挟んで敵の鉄道援護の営舎が五棟ほど立っているが、国旗の翻った兵站本部は、雑沓を重ねて、兵士が黒山のように集(あつま)って、長い剣を下げた士官が幾人となく出たり入ったりしている。兵站部の三箇の大釜には火が盛(さかん)に燃えて、烟(けむり)が薄暮の空に濃く靡(なび)いていた。一箇の釜は飯が既に炊(た)けたので、炊事軍曹が大きな声を挙げて、部下を叱咤(しった)して、集る兵士に頻(しき)りに飯の分配を遣っている。けれどこの三箇の釜は到底この多数の兵士に夕飯(ゆうめし)を分配することが出来ぬので、その大部分は白米を飯盆(はんごう)に貰って、各自に飯を作るべく野に散った。やがて野の処々に高梁の火がいくつとなく燃(もや)された。

 家屋のかなたでは、徹夜して戦場に送るべき弾薬弾丸の箱を汽車の貨車に積込んでいる。兵士、輸卒の群が一生懸命に奔走しているさまが薄暮の微(かす)かな光に絶え絶えに見える。一人の下士が貨車の荷物の上に高く立って、頻(しき)りにその指揮をしていた。

 日が暮れても戦争は止(や)まぬ。鞍山站の馬鞍のような山が暗くなって、その向うから砲声が断続する。

 渠(かれ)は此処(ここ)に来て軍医をもとめた。けれど軍医どころの騒ぎではなかった。一兵卒が死のうが生きようがそんなことを問う場合ではなかった。渠は二人の兵士の尽力の下に、わずかに一盒(ごう)の飯を得たばかりであった。為方(しかた)がない、少し待て。この聯隊の兵が前進してしまったら、軍医をさがして、伴(つ)れて行って遣るから、先ず落着いておれ。此処から真直(まっすぐ)に三、四町行くと一棟の洋館がある。その洋館の入口には、酒保(しゅほ)が今朝から店を開いているからすぐ解る。その奥に入って、寝ておれとのことだ。

 渠はもう歩く勇気はなかった。銃と背嚢とを二人から受取ったが、それを背負うと危く倒れそうになった。眼がぐらぐらする。胸がむかつく。脚が気怠(けだる)い。頭脳(あたま)は烈しく旋回する。

 けれど此処に倒れるわけには行かない。死ぬにも隠家(かくれが)を求めなければならぬ。そうだ、隠家……。どんな処でも好い。静かな処に入って寝たい、休息したい。

 闇の路が長く続く。ところどころに兵士が群をなしている。ふと豊橋の兵営を憶(おも)い出した。酒保に行って隠れてよく酒を飲んだ。酒を飲んで、軍曹をなぐって、重営倉に処せられたことがあった。路がいかにも遠い。行っても行っても洋館らしいものが見えぬ。三、四町と言った。三、四町どころか、もう十町も来た。間違ったのかと思って振返る――兵站部は灯火(ともしび)の光、篝火(かがりび)の光、闇の中を行違う兵士の黒い群、弾薬箱を運ぶ懸声(かけごえ)が夜の空気を劈(つんざ)いて響く。

 此処らはもう静かだ。四辺(あたり)に人の影も見えない。俄(にわ)かに苦しく胸が迫って来た。隠家がなければ、此処で死ぬのだと思って、がっくり倒れた。けれども不思議にも前のように悲しくもない、思い出もない。空の星の閃(ひらめ)きが眼に入った。首を挙げてそれとなく四辺をみまわ(=メヘンに旬)した。

 今まで見えなかった一棟の洋館がすぐその前にあるのに驚いた。家の中には灯火が見える。丸い赤い提灯(ちょうちん)が見える。人の声が耳に入る。

 銃を力に辛うじて立上った。

 なるほど、その家屋(いえ)の入口に酒保らしいものがある。暗いからわからぬが、何か釜らしいものが戸外の一隅(いちぐう)にあって、薪(まき)の余燼(もえさし)が赤く見えた。薄い煙が提灯を掠(かす)めて淡く靡(なび)いている。提灯に、しるこ一杯五銭と書いてあるのが、胸が苦しくって苦しくって為方(しかた)がないにもかかわらずはっきりと眼に映じた。

 「しるこはもうお終(しま)いか。」

 と言ったのは、その前に立っている一人の兵士であった。

 「もうお終いです。」

 という声が戸内(うち)から聞える。

 戸内を覗(のぞ)くと明かなる光、西洋蝋燭(ろうそく)が二本裸で点(とも)っていて、罎詰(びんづめ)や小間物(こまもの)などの山のように積まれてある中央(まんなか)の一段高い処に、肥った、口髭(くちひげ)の濃い、莞爾(にこにこ)した三十男が坐っていた。店では一人の兵士がタオルを展(ひろ)げて見ていた。

 傍(そば)を見ると、暗いながら、低い石階(きざはし)が眼に入った。此処だなとかれは思った。とにかく休息することが出来ると思うと、言うに言われぬ満足を先ず心に感じた。静かにぬき足してその石階を登った。中は暗い。よく判らぬが廊下になっているらしい。最初の戸と覚(おぼ)しき処を押して見たが開かない。二歩三歩進んで次の戸を押したがやはり開かない。左の戸を押しても駄目だ。

 なお奥へ進む。

 廊下は突当ってしまった。右にも左にも道がない。困って右を押すと、突然、闇が破れて扉(と)が明いた。室内が見えるというほどではないが、そことなく星明りがして、前に硝子(ガラス)窓があるのが解る。

 銃を置き、背嚢(はいのう)を下(おろ)し、いきなりかれは横に倒れた。そして重苦しい呼吸(いき)をついた。まアこれで安息所を得たと思った。

 満足とともに新しい不安が頭を擡(もた)げて来た。倦怠(けんたい)、疲労、絶望に近い感情が鉛のごとく重苦しく全身を圧した。思い出が皆(み)な片々(きれぎれ)で、電光のように早いかと思うと牛の喘歩(あえぎ)のように遅い。間断(しっきり)なしに胸が騒ぐ。

 重い、気怠(けだる)い脚が一種の圧迫を受けて疼痛(とうつう)を感じて来たのは、かれ自らにも好く解った。腓(ふくらはぎ)のところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛(いたみ)ではなく、丁度こむらが反(かえ)った時のようである。

 自然と体を藻掻(もが)かずにはいられなくなった。綿のように疲れ果てた身でも、この圧迫には敵(かな)わない。

 無意識に輾転(てんてん)反側した。

 故郷のことを思わぬではない、母や妻のことを悲(かなし)まぬではない。この身がこうして死ななければならぬかと嘆かぬではない。けれど悲嘆や、追憶や、空想や、そんなものはどうでも好い。疼痛、疼痛、その絶大な力と戦わねばならぬ。

 潮(うしお)のように押寄せる。暴風(あらし)のように荒れわたる。脚を固い板の上に立てて倒して、体を右に左に(あしへんに宛=もが)いた。「苦しい……」と思わず知らず叫んだ。

 けれど実際はまたそう苦しいとは感じていなかった。苦しいには違いないが、更に大なる苦痛に耐えなければならぬと思う努力が少くともその苦痛を軽くした。一種の力は波のように全身に漲(みなぎ)った。

 死ぬのは悲しいという念よりもこの苦痛に打克(うちか)とうという念の方が強烈であった。一方には極めて消極的な涙脆(なみだもろ)い意気地(いくじ)ない絶望が漲るとともに、一方には人間の生存に対する権利というような積極的な力が強く横(よこた)わった。

 疼痛は波のように押寄せては引き、引いては押寄せる。押寄せる度(たび)に脣(くちびる)を噛み、歯をくいしばり、脚を両手でつかんだ。

 五官の他にある別種の官能の力が加わったかと思った。暗かった室(へや)がそれとはっきり見える。暗色の壁に添うて高い卓(テーブル)が置いてある。上に白いのは確かに紙だ。硝子(ガラス)窓の半分が破れていて、星がきらきらと大空にきらめいているのが認められた。右の一隅(いちぐう)には、何かごたごた置かれてあった。

 時間の経って行くのなどはもうかれには解らなくなった。軍医が来てくれれば好いと思ったが、それを続けて考える暇はなかった。新しい苦痛が増した。

 床近く蟋蟀(こおろぎ)が鳴いていた。苦痛に悶(もだ)えながら、「あ、蟋蟀が鳴いている……」とかれは思った。その哀切な虫の調(しらべ)が何だか全身に泌(し)み入るように覚えた。

 疼痛、疼痛、かれは更に輾転(てんてん)反側した。

 

 「苦しい! 苦しい! 苦しい!」

 続けざまにけたたましく叫んだ。

 「苦しい、誰か……誰かおらんか。」

 と暫(しばら)くしてまた叫んだ。

 強烈なる生存の力ももうよほど衰えてしまった。意識的に救助(たすけ)を求めると言うよりは、今は殆(ほとん)ど夢中である。自然力に襲われた木の葉のそよぎ、浪の叫び、人間の悲鳴!

 「苦しい! 苦しい!」

 その声がしんとした室に凄(すさま)じく漂い渡る。この室には一月前まで露国の鉄道援護の士官が起臥(きが)していた。日本兵が始めて入った時、壁には黒く煤(すす)けた基督(キリスト)の像が懸けてあった。昨年の冬は、満洲の野に降頻(ふりしき)る風雪をこの硝子窓から眺めて、その士官はウオッカを飲んだ。毛皮の防寒服を着て、戸外に兵士が立っていた。日本兵のなすに足らざるを言って、虹(にじ)のごとき気焔(きえん)を吐いた。その室に、今、垂死(すいし)の兵士の叫喚(うめき)が響き渡る。

 「苦しい、苦しい、苦しい!」

 寂(せき)としている。蟋蟀(こおろぎ)は同じやさしいさびしい調子で鳴いている。満洲の広漠(こうばく)たる野には、遅い月が昇ったと見えて、四辺(あたり)が明るくなって、硝子窓の外は既にその光を受けていた。

 叫喚、悲鳴、絶望、渠(かれ)は室の中をのたうち廻った。軍服の釦鈕(ボタン)は外れ、胸の辺(あたり)は掻(かき)むしられ、軍帽は頷紐(あごひも)をかけたまま押潰され、顔から頬に懸けては、嘔吐(おうと)した汚物が一面に附着した。

 突然明らかな光線が室に射したと思うと、扉(とびら)の処に、西洋蝋燭を持った一人の男の姿が浮彫のように顕(あら)われた。その顔だ。肥った口髭のある酒保の顔だ。けれどその顔には莞爾(にこにこ)した先ほどの愛嬌はなく、真面目な蒼(あお)い暗い色が上っていた。黙って室の中へ入って来たが、其処(そこ)に唸(うな)って転がっている病兵を蝋燭で照らした。病兵の顔は蒼褪(あおざ)めて、死人のように見えた。嘔吐した汚物が其処に散らばっていた。

 「どうした? 病気か?」

 「ああ苦しい、苦しい……」

 と烈(はげ)しく叫んで輾転(てんてん)した。

 酒保の男は手を附けかねてしばし立って見ていたが、そのまま、蝋燭の蝋を垂(た)らして、卓(テーブル)の上にそれを立てて、そそくさと扉の外へ出て行った。蝋燭の光で室は昼のように明るくなった。隅に置いた自分の背嚢(はいのう)と銃とがかれの眼に入った。

 蝋燭の火がちらちらする。蝋が涙のようにだらだら流れる。

 暫(しばら)くして先の酒保の男は一人の兵士を伴(ともな)って入って来た。この向うの家屋(いえ)に寝ていた行軍中の兵士を起して来たのだ。兵士は病兵の顔と四方(あたり)のさまとを見廻したが、今度は肩章を仔細に倹した。

 二人の対話が明かに病兵の耳に入る。

 「十八聯隊の兵だナ。」

 「そうですか。」

 「いつから此処(ここ)に来てるんだ?」

 「少しも知らんかったです。いつから来たんですか。私は十時頃ぐっすり寝込んだんですが、ふと目を覚ますと、唸声(うなりごえ)がする、苦しい苦しいという声がする。どうしたんだろう、奥には誰もいぬはずだがと思って、不審にして暫く聞いていたです。すると、その叫声(さけびごえ)はいよいよ高くなりますし、誰か来てくれ! と言う声が聞えますから、来て見たんです。脚気(かっけ)ですナ、脚気衝心(しょうしん)ですナ。」

 「衝心?」

 「とても助からんですナ。」

 「それア、気の毒だ。兵站部に軍医がいるだろう?」

 「いますがナ……こんな遅く、来てくれやしませんよ。」

 「何時だ。」

 自ら時計を出して見て、「道理(もっとも)だ」という顔をして、そのまま隠袋(ポッケット)に収めた。

 「何時です?」

 「二時十五分。」

 二人は黙って立っている。

 苦痛がまた押寄せて来た。唸声、叫声が堪え難い悲鳴に続く。

 「気の毒だナ。」

 「本当に可哀そうです。何処(どこ)の者でしょう。」

 兵士がかれの隠袋を探った。軍隊手帖を引出すのが解る。かれの眼にはその兵士の黒く逞(たく)しい顔と軍隊手帖を読むために卓上の蝋燭に近く歩み寄ったさまが映った。三河国渥美郡(あつみごおり)福江付加藤平作……と読む声が続いて聞えた。故郷(ふるさと)のさまが今一度その眼前に浮ぶ。母の顔、妻の顔、欅(けやき)で囲んだ大きな家屋(いえ)、裏から続いた滑(なめら)かな磯、碧(あお)い海、馴染(なじみ)の漁夫の顔……。

 二人は黙って立っている。その顔は蒼く暗い。おりおりその身に対する同情の言葉が交される。彼は既に死を明かに自覚していた。けれどそれが別段苦しくも悲しくも感じない。二人の問題にしているのはかれ自身のことではなくて、他に物体があるように思われる。ただ、この苦痛、堪え難いこの苦痛から脱(のが)れたいと思った。

 蝋燭がちらちらする。蟋蟀が同じくさびしく鳴いている。

 

 黎明(あけがた)に兵站部の軍医が来た。けれどその一時間前に、渠(かれ)は既に死んでいた。一番の汽車が開路開路の懸声(かけごえ)とともに、鞍山站に向って発車した頃は、その残月が薄く白けて、淋しく空に懸っていた。

 暫くして砲声が盛(さかん)に聞え出した。九月一日の遼陽攻撃は始まった。

(明治四十年作)

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Tayama Katai
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on Jan 12, 2007

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