活動記録・レポート

言論表現委員会シンポジウム「激論! 作家vs図書館 - どうあるべきか -」

日本ペンクラブ 言論表現委員会シンポジウム
2002年9月7日(土)
日本記者クラブホール(内幸町 プレスセンタービル)

 9月7日(土)、言論表現委員会主催のシンポジウム「激論!作家VS図書館 どうあるべきか」が日本記者クラブホール(内幸町 プレスセンタービル)にて開催された。定員300の会場に330人の参加者が訪れ、補助イスを出す盛況ぶりだった。パネラーは次の通りである(発言順)。

 猪瀬直樹(日本ペンクラブ理事・言論表現委員長・作家)、三田誠広(言論表現委員・作家)、弘兼憲史(コミック作家)、常世田良(浦安市立図書館館長)、西河内靖泰(図書館問題研究会副委員長)、楡周平(作家)、石井昂(新潮社取締役)、松岡要(日本図書館協会総務部長)、井上ひさし(日本ペンクラブ副会長・作家・劇作家)

 図書館問題に関わりのある様々な団体から出ていただくという趣旨で選んだもので、三田さんは言論表現委員であると同時に日本文藝家協会の立場から、楡さんは日本推理作家協会としての立場から発言していただいた。また歌人の俵万智さん(日本ペンクラブ理事・言論表現委員)には議論を聞いた後で感想を披露していただいた。
 周知の通り、言論表現委員会がこの問題に取り組むきっかけは2001年6月15日の「著作者の権利への理解を求める声明」で図書館でのベストセラー大量購入を批判したことだった。その後、日本図書館協会などから反論と意見交換の申し出があり、2001年9月に図書館関係者と話し合いを行った。さらに今年 2月には図書館の実情を知るためのアンケートを実施した(結果はペンクラブ言論表現委員会HPにて公開)。
 それと別に作家の楡さんが昨年『新潮45』に寄稿した「図書館栄えて物書き滅ぶ」をきっかけに講談社や新潮社を中心に「出版11社の会」が作られるなど、図書館問題をめぐる論争は広がっていった。今回のシンポジウムは、こうした経緯を受け、当事者が一堂に会して公開論争を行うという趣旨で開催されたものである。
 会場には図書館関係者も多数つめかけ、2時間にわたったパネルディスカッションの後の20分の予定のパネラーとの質疑応答も議論が白熱し、1時間近くになった。様々な建設的な提案もなされ、有意義なシンポジウムだったが、ごく一部だけをここで紹介する。

[三田] 日本の著作権法では貸与権は著作者が専有すると明記されているのですが、実質的には機能していません。これは貸し本屋さんが零細であるので、当面はこれを施行しないと著作権法の附則に書いてあります。それから公共図書館、ただで本を貸している機関については、権利を制限するという項目の中に組み込まれてあります。
 同じように権利制限の項目内にありながら、ビデオは図書館で貸し出すと映画会社にお金が入るようになってます。ところが書籍の場合にはただで貸し、著作者に対して何の支払いもない。これは著作権の侵害なんですね。でも公共性があるから我慢してくださいというわけです。著作者にとっての基本的人権が踏みにじられている状況だと言えます。
 諸外国では、既に1946年にデンマークで公共貸与権というものが導入されています。今ヨーロッパでは多くの国がこの制度を実施しているか、または検討に入っています。つまり先進諸国では公共図書館で本を貸すという行為に対して著作者にお金を払うことが当たり前になりつつあるということです。こういう状況の中で、どうも日本は先進諸国ではないらしく、未だに権利の剥奪がなされているんです。

[弘兼] 図書館というのは本来どういう目的でつくられたのか考えてみるべきだと思うんです。もともと情報を個人で入手するのが困難な時代に、勉学の一助として、そして数少ない娯楽の一つとして役に立てるように公共的なサービスとしてつくられたものだろうと思うんです。ところが現在、例えば宮部みゆきさんの『模倣犯』が図書館で何十冊も購入されると、それによって100人、200人と借りられる。
 図書館というのは本来書店で売っている本を大量に購入して見せるところではなくて、書店では簡単に手に入りにくいもの、例えば学術書とか専門書とか、そういうものを置いて見せる場所であろう、そういうふうに位置付けたいと私は思います。したがって現在の貸し出し中心主義を、もっと住民の勉学やビジネスの一助になるような立場を貫いていく方にプライオリティーを置いていただきたい。

[常世田] 図書館が書店での売上げを阻害しているという見方は、完全な勘違いだと思います。私の図書館のある浦安市では、全国チェーンの大型書店は全部、図書館が開館されてからできていますし、本屋さんが経済的な問題で閉店されたという話も聞いていません。2ヵ月前にも大型の書店がまた一つ開店しましたけれども、まったく逆の状況が生まれているということです。
 図書館利用者は本を買わないという話がありますが、私の調査したところでは図書館利用者の88,8%は1カ月に平均2,400円、書店から本を買っている。これを図書館利用率にかけあわせますと、浦安の書店の売上の約70%を図書館利用者が購入することによって支えているという現状が出てきます。公共図書館の最も重要な点は、知識・情報という人類共通の財産を共有化することで社会を強くしていくことだと思います。だからといって、ただで知識・情報を提供しなさいと言っているわけじゃありません。やはり国全体としてコストの負担をどうしていくかということだと思います。

[西河内] 図書館についていろいろなことを言われるようになったのは比較的最近なんですね。中にはもっともな点もありますが、そうではない、前提となる文意がまるで違うということもあります。今の日本の公共図書館の貧しさに根本的な原因があるのにも関わらず、そのことがよく分かっておられなくて、誤解が生じているのではないか。図書館先進国と日本の図書館とでは圧倒的な格差があって、その中で我々図書館員は現場で格闘してきている。そういう現状を無視されて言われると、ちょっとカチンとくるというのが正直なところではあります。
 図書館というのは学習をするところです。世界中には圧倒的な非識字者、文字も知らずに、教育や文化とも無縁の人たちがいっぱいいるわけで、その人たちのために学習権という考え方がなされて、それを保障する図書館というのが出てきたわけです。そのことをおさえた上で図書館の状況を知ってほしい。

[楡] 我々作家が公共図書館の貸し出しの現状を見ていると、権利が確認できない。それから我々も生活者であるという視点がものの見事に抜け落ちているのではないか。
 公共図書館の貸し出しを見ますと、だいたい早ければ刊行の翌月、遅くとも翌々月くらいから本が入って大量に貸し出される。この数が尋常ではないんですね。今本屋さんの平台に置かれている本がどんどん減っている一方で、税金で買われた本が行政サービスの一環としてどんどん貸し出される。この現状には疑問を感じざるを得ません。
 多くの作家とこの問題について話し合ってみたんですが、その中で一番多かったのは、せめてCDやビデオのように、ある一定期間の貸し出し禁止期間を設けてほしい。これは何もぜいたくな望みではなくて、他の著作物と比べて同等の権利を本にも認めてほしいと。むしろそれが付与されないこと自体がおかしいんではないかということです。
 ちなみに私は図書館の社会的役割というのも重要なものだと考えており、公貸権を主張される方々の意見にも賛同しています。

[石井] 今出版界が非常に危機的な状況にあります。大げさじゃなくて、現実に今の出版社の数字を見ると、おそらくここ2〜3年の間に大手と言われる出版社のかなりが危機的状況に追い込まれる。今、何らかの手を打たないと、本当に日本の出版文化はつぶれてしまうんじゃないかと思っています。
 そんななかで図書館が「無料貸し本屋」という状態になっていることに危機感を持って、私どもは昨年、「出版11社の会」というのを作って図書館に情報公開をお願いした。ところがそれにもなかなか応えていただけなかったという現実があるんですね。

[松岡] 公貸権の問題や著作者の権利の問題など、議論が起きるようになったのは、図書館が社会的にかなり利用され、認知されるようになった結果であるともいえるんですね。
ただ公貸権が最初に導入されたデンマークとか北欧と日本の図書館状況と差があることを踏まえた論議が必要ではないでしょうか。とりわけ日本の場合、財政状況が悪化しており、図書館に投入する額が減ってきているという事態を真剣に受け止めなくてはいけません。結果的には公貸権の補償金をどこから出すかというところに行き着くわけですが。

[井上] いま公共図書館の全体の資料費が減ってきています。地方財政が厳しくて図書館の予算が減ってきているというお話がありましたがその通りで、全国2,655 の公共図書館全体の資料費、つまり1年間に本を買うお金は単純計算で1館あたり1,332万円です。国あるいは地方自治が、公共の図書館に投下するお金があまりにも少なすぎます。公貸権は賛成ですが、そのもとになる予算があまりにも少なすぎる。
 まだ日本では図書館を持つくらい文化的に豊かでないんです。そこからすべてのいろんな問題が出てくる。図書館に対する理解がないのが根本的原因だと私は思っています。

[猪瀬] 著者や出版社が図書館に期待しているのは、一種の基礎票みたいなものなんです。1万冊本を出すと図書館で千冊、2千冊買ってくれるんじゃないか、と。ですから同じ本を100冊買うのでなく99冊違う本を買ってほしい。そうなれば著作者も図書館も万々歳となるんです。

[楡] 過去35年間で図書館の数は3,5倍増えてるんですが、貸し出し数は27倍増えています。最近の図書館のウェイティングリストを見ると、ベストセラーや話題本ばかりなんです。まるで、本は買わずに図書館で借りるものだというような風潮が社会の中に蔓延しているように見えます。

[常世田] ただ、もうひとつ考えていただきたいのは、図書館が持っている「読者を増やす」という機能です。みなさんは売上が伸びないとおっしゃいますが、実際に読者を増やす努力はどうしているのか。売上が伸びないのは、他の娯楽や生活で起きている問題、既に出ている本などに、新刊の方が負けているということではないかと私は思います。

[西河内] 複本については、それぞれの自治体の人口と図書館の数を考えて、予算額・資料費を見ていただきたい。単に複本だけの数を見て、多い少ないという議論をしたところでそれは科学的な議論にはなりません。
 複本の問題で言ったら、予約を受けて普通は3ヵ月、へたすると6ヵ月、ひどい場合は1年2年と待たせているケースが、本がたくさん入っている自治体ほど多いんですね。そんな状態で、お客さんからの文句に耐えながらやっているという我々の現状を無視して批判をされても困るんです。
 貸し出し至上主義とか言われますが、今のように貸し出しが増えてきたのは比較的近年なんです。たくさん人が来る図書館というのは全体で言ったら1〜2割程度なんですよ。図書館の事情は様々であって、特定のところだけを見てどうこう批判されても現状に合わないと思います。

[三田] 日本が図書館に関して発展途上国だという認識が図書館の方にはあるんだろうと感じます。非常に文化水準も低い、貧しい発展途上国があるとすると、そういうところでは自分でお金を出して本を買おうという人がほとんどいない。だから公共図書館でよい本を読んでいただいて、読者を育てていかないと、出版文化も発展しないわけです。
 ところが、イギリスのように文化水準が高くて、図書館も水準以上のところでは、子供が歩いていける距離に必ず図書館がある。ある程度図書館が普及してしまうと本が売れなくなるのは当然ですから、これを国家がなんとか支えていかなければならないという発想のもとに、公貸権というシステムができたわけです。
 日本はどの水準にあるのかというと、この何年か、突然みんな貧乏になったんですね。あるいは気分的に貧乏になって、今まで本屋さんで本を買っていた人が急に図書館へ行き出した。特に若い人が、携帯電話の費用がかかるので、お金を出して本を買わない。買うとしたらブックオフで買う。暇がある人は、図書館へ行けばタダで本を借りられる。そういう現象が進むと、本が売れなくなるのは当たり前なんです。

[松岡] でも改めて問いたいのは、例えば横浜市は港北区にはたった1館しかないんです。政令市では11万6千人に1館しかないという現実の状況で、図書館の利用を享受できる人たちが国民の何%か、という話なんですね。現に図書館のない市町村がまだ5割近くあるわけですから、その現状を踏まえた上でどう捉えていくか。
 資料費の問題で言いますと、1館当たり1,332万円しかないということは、基本的な本、必要な本が買えないということです。たとえば2,000部図書を出版している中小の専門図書出版社の本を買うとなると、人文系の出版社のものであれば、約1千万円あれば買える上限かなと思うんですが、それですら出来ない市町村が多いんです。これを踏まえた論議が必要じゃないでしょうか。

[井上] 日本は図書館先進国か後進国かという議論ですが、僕は徹底的な後進国だと思います。絶望的ですね、日本の図書館状況は。「もっと金よこせ」とか、「もっと寄付が集まるようにしよう」とかみんなで考えないと、いつまでも小さな分け前をみんなで争ってるという、大きな目標をどこかへ置いて、貧乏人同士が(笑)「パイをよこせ」とか言ってるようになりそうで、私は気持ちが悪いというところですね。

[猪瀬] 図書館には情報を公開していただきたい。どの図書館でどれだけ読まれたか、それは書き手の励みになるんです。図書館で10回も借りられた、とかそういうデータがきちんと上がってくることで、著作者は元気がでるんです。著作者がいて図書館があるんです。

[楡] ちなみに私が昨年『新潮45』を通じて図書館協会にそういうデータについて問合せたら、とても集められませんという回答をいただいた。返答があったのは富山市立図書館1件だけでした。
 石井 それから今、欲しい本を書店で見てその場で図書館にiモードで貸出予約できる。住民サービスとしては非常にいいと思いますが、出版社を含めそれで生活している者にとってはたまらない。出版文化も図書館の将来も無茶苦茶になる。何とか手を携えて新しいやり方を考えていきましょうというのが、私の申し上げたいことです。

[楡] iモードの話が出ましたが、こういうことを始めたら図書館の存在意義はなくなってしまうと思うんです。蔵書の中を歩いて、自分の興味ある本を見つ出す喜びとか、空間を楽しむ喜びというのも図書館を楽しみ方の一つだと思うんですね。新刊が並んでいる平台に行って、パラパラと内容を見て書店の店頭からiモードで予約を入れられる。何日に来て下さいでは、ただの引取場所になってしまう。図書館ってそれでいいのでしょうか。

[西河内] 今おっしゃったインターネットとiモードによる予約を全国で最初に導入した荒川区立図書館の人間ですので(笑)、どういう考えでやったのかを言わせてもらいます。インターネットやiモードで予約を始めたら、何が一番動いたかと言うと、閉架書庫に入っていた本なんです。今まで閉架書庫に入っていて目にふれなかったものが、インターネット上に公開された図書館として成立したことで、意外に予約されている。実は新刊書を予約するのは、インターネットより実際に来て予約する人のほうが多いんです。だから言われてることと現実の動きとは違うし、図書館に来る人に対するサービスの幅を広げるという発想でやってきました。
 データを公開するというのはその通りだと思います。図書館に関する情報は図書館自身が発信すべきだし、我々が言う「知る自由・権利」というのはその部分も含めて言っているので、情報を公開しないのは自分達にとっても良くないと思います。

[猪瀬] 歩み寄りということで言いますと、半年間新刊書を買うのを待ってくれないかというのはいかがでしょうか。一定の時差を作ってもらうというのはどうでしょうか。

[常世田] これから日本の社会が自己判断・自己責任の社会になってくるとき、市民にとって情報というのは非常に重要になってくる。それを広く提供できるのはやはり図書館しかない。そこに公共図書館の重要性が出てくる。だから手足を縛るということはやっていただきたくない。経済的損失をフォローするシステムは別に作るべきだと言ってるんです。そのことと図書館が持っている機能を削ぐということとは別の議論だと思います。

[楡] ということは、貸し出し猶予期間を設けることに関しては、受け入れられないということなんですね。その代わりに公貸権の実施については肯定すると。

[常世田] はい。それは全然違う問題です。

[三田] 貸し出し猶予期間を設けるのがだめなら、私は推理作家の方にお願いしたいのですが、ものすごく売れてる作家の方は「オレの本は図書館に置くな」と言ってほしい(笑)。そういうことで複本が増えることを抑止する何らかのシステムを考えないと、売れる本以外の本を買う予算が減ってしまう。

[猪瀬] イギリスの公貸権のHPに女性の作家がこう書いているんですね。「作家とは孤独な職業で反応を知りたいがわからない。多くの作品を出していようがいまいが、図書館における貸し出し回数を知ることはとても励みになり、回数に応じた支払いを受けることも作家の生活に大きな影響を与えます」。実際にイギリスの図書館にそういうシステムが70年代にできて、ヨーロッパではほぼ揃っている。日本は図書館の数も予算も足りない、著作権に対する理解も足りない。今お互いに問題を出しながら、問題点を共有することが理解の近道ですから、そういう意味で今日は言いたいことを言ったと思います。

[俵] たくさん議論がでましたが、同じテーブルについて話し合いが出来たことは大変意義のある一歩だったと感じています。
 誰も首を横に振らなかったという点で印象に残ったことが2点あります。井上ひさしさんが「図書館の予算が少なすぎる」と言われたときは誰も首を横に振らなかったと思います。そのことは国なり文化庁なりに団結して訴えていくべきことかなと感じました。
 それから浦安図書館の常世田さんが「図書館は読者を増やす場、育てる場だ」とおっしゃった時も誰も首を横に振らなかったと思います。それがここにいるみんなの共通の思いではないかと感じました。
 著作権と言うとお金のこと、と思われますけど、最後に猪瀬さんが紹介してくださった作家の言葉というのは本当で、社会的な評価とか、こんなふうに受け入れられているという一つの証として考えていただけたらすごくうれしいなと思います。本を読んでるほとんどの読者の方は、著作権というものがあるということにも無意識で、知らなかったりもすると思うので、こういう問題を私たちが抱えているということをぜひ知っていただけたらうれしいなと思いました。

(篠田博之 言論表現委員会副委員長)