●『日本のジャーナリズムと言論表現の自由』
日本ペンクラブ 言論表現委員会シンポジウム
日本ペンクラブ・早稲田大学文学部共催
2004年7月9日(金) 大隈講堂

日本ペンクラブ 言論表現委員会は、大隈講堂に於いて、7月9日(金)午後4時30分から、早稲田大学文学部と共催で、シンポジウム『日本のジャーナリズムと言論表現の自由』と題するパネルディスカッションを開催しました。午後7時終了の予定時間を過ぎ、白熱したディスカッションが展開されました。以下は、その全内容です。
パネリスト
井上 ひさし(いのうえ ひさし)
(日本ペンクラブ会長、劇作家・作家)
梓澤 和幸(あずさわ かずゆき)
(日本ペンクラブ人権委員、弁護士)
猪瀬 直樹(いのせ なおき)
(日本ペンクラブ理事・言論表現委員長、作家)
木俣 正剛(きまた せいごう)
(文藝春秋第一編集局次長、前「週刊文春」編集長)
清水 建宇(しみず たてお)
(朝日新聞社論説委員、前「ニュースステーション」キャスター)
元木 昌彦(もとき まさひこ)
(日本ペンクラブ言論表現委員、元「週刊現代」編集長)
コーディネーター 長田 渚左(おさだ なぎさ)
(日本ペンクラブ言論表現委員、ノンフィクション作家)
総合司会 篠田 博之(しのだ ひろゆき)
(日本ペンクラブ言論表現副委員長、月刊「創」編集長)
(篠田) こんにちは。暑いですね。この会場にエアコンがないというのを後になって我々も知りましてがく然としたのですが、この猛暑の中で申し訳ありません。言論の自由との戦いではなく、何か暑さとの戦いという感じでやることになると思いますが、了承いただきたいと思います。
私は、今日総合司会をやります、ペンクラブの言論表現委員会の副委員長をしています篠田と申します。本業は月刊「創」の編集長です。
多分お察しだとは思いますが、もともとこの企画は、「週刊文春」の差し止め事件という言論に携わる者にとっては非常に大きな事件があって、これをきっかけに表現の問題を考えようというものだったのです。それからだいぶ時間もたって、そのあと戦争報道の問題など、いろいろな問題が出てきましたので、今日はそういうことも含めて「ジャーナリズムについて考える」というタイトルにしました。
今回のイベントは、早稲田大学文学部と日本ペンクラブの共催ということになっております。ペンクラブでは、今日の催しは言論表現委員会が中心ですが、いろいろな委員会が中心になっていろいろなシンポジウムを年に何回かやっております。今回は、大学というところでやってみようということで文学部と話をして共催ということにいたしました。
今日は早稲田大学文学部の学部長をやっておられます日下教授においでいただいていますので、ごあいさつをお願いしたいと思います(拍手)。
(日下) 暑い中をよく来てくださいました。ありがとうございます。今ご紹介いただきました、文学部長を務めております日下と申します。今回の企画につきましては、先ほどご紹介がありましたように、日本ペンクラブのほうから文学部にお話がございました。これは時宜を得た企画であろうと思いましたので、協力いたしましょうとお返事を早速申し上げた次第です。
実は今日のテーマに関しまして、私も最近、考えさせられることがございました。今年のセンター試験の入試問題、会場に来ておられる学生さんの中には受けた方がおられると思いますが、その世界史の問題で、戦時下における朝鮮人連行の問題が出されました。あったか無かったかを問う設問で、答えは、まる、だったのですが、それを一部の新聞が大きく取り上げ、設問が妥当かどうか、問題にしました。学問的に決着をみていない問題を出すのはどうか、というわけです。しかし、センター試験の問題というのは、一出題委員の見識のみで決められるものではありません。幾重にもチェックが入って、学問的に問題ないことが複数の目で確認されて、それで決定されるものなのです。ごくごく常識的な、どの教科書にも載っている事柄が選ばれます。にもかかわらず、クレームをつけてきたということは、思想的にひとつの方向へ持っていこうとする意図的なものを感じざるを得ません。
結果的にどうなったか、これも当該新聞の報道によりますと、某政党の国会議員が入試センターの事務官に事の次第を問いただし、出題委員の責任を明確にすべく、名前を公表するよう求め、善処するという返答を得たというのです。そして今、出題委員の任期終了後に名前を公表することを前提に、委員の選出が行われていると聞きます。今後、センター試験の問題は、どうなるでしょうか。私たちが常識的知識と思ってきた、そして反省しなければと思ってきた朝鮮人連行の問題は出ません。南京虐殺の問題はもちろん、大正大震災の際の朝鮮人虐殺も出ません。人間は過去の汚点を自覚することによって、よりよく生きようとするものだと思います。それを隠蔽して、優秀なる日本民族を鼓舞する先にあるものは何なのでしょうか。ぜひ、若い皆さんに考えていただきたいと思います。
今、お話しましたこと、大学教員の間では、けっこう話題になっています。理数系の先生方は名前が公表されることで、業績のポイントになるのでけっこうと迎え入れる雰囲気が強いそうですが、私の知っている某私立大学では、今回のことでセンター試験導入を見合わせたそうです。過去に出題委員だった先生のところにも、名前の公表の打診がいっているようで、ある方は大変、憤っておりました。名前が公表され、データーが積み重ねられて行けば、次にどういう人が選ばれるか、予測できなくはありません。予備校は、てぐすね引いて持っていることでしょう。
今日のシンポジウム、どうなりますでしょうか。日本のジャーナリズムが正常であって欲しい、そんな思いがいたしまして、ちょっとお話させていだだきました。では、私も会場で聞かせていただきます(拍手)。
(篠田) どうもありがとうございました。早速パネルディスカッションに入ります。では、長田さんにバトンタッチいたします。
(長田) 本日は本当にいいお天気の中、お越しくださいましてありがとうございます。コーディネーターをやらせていただきます長田渚左と申します。私は、知っているかたもおいでになるかと思うのですが、スポーツのフィールドで人間を伝える仕事をしてまいりましたので、今回のこのシンポジウムにコーディネーターとしてふさわしい人間かといいますとはなはだ疑問でございます。けれども、どうしようかな、うーん、うーんと言っているうちに、言論表現委員会には、何しろ「こうだ」というときには非常に厳しくいろいろ言ってくださるかたが多いものですから、私なんかじゃ務まらない、どうしようと言っているうちに、ついついここに座ることになってしまったのです。ですから、大いに奮闘するつもりではおりますが、最初から不適任であるということは先に申し伝えておこうかと思っています。
何しろアテネのオリンピックまで35日。私は頭の中はほとんどオリンピックになっております。こういう人間でいいのかなと思っておりましたら、総合司会をやっております篠田さんに、「分からない人間が分かるようにやるのがいいんじゃないの」と言われました。それは全くもってごもっとも。私のように頭の中がもうすでにアテネに向いているような人間こそ、ちゃんと分からなければいけないんじゃないのと言われたときに、これまた全くごもっともということで、本日はコーディネートをさせていただくということでございます。何分不慣れではございますが、奮闘して、いい2時間にしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします(拍手)。
まず、言論表現委員会の委員長、1946年、長野生まれで、暑いのはちょっとどうかなと思いますが、私のお隣の、作家の猪瀬直樹さんにお願いします。
(猪瀬) マイクを受け取りました。猪瀬直樹です。皆さん、うちわであおいでいらっしゃいますけれども、30年ぐらい前に田中角栄が総理大臣になったとき、いつも扇子であおいでいました。懐かしい。ここから見ると田中角栄さんがいっぱいいるみたいに見えます。
「週刊文春」の事件は、ちょっとまれに見る事前差し止めが起きました。田中角栄のお嬢さんの田中真紀子さんというかたがいて、そのまたお嬢さんの名前は僕は知らないのです。名前を書いてないから。知る必要がないのですが、そのかたが離婚されたことが記事になったということです。その離婚したこと自体の記事を作っていくわけではないのですが、たまたまその流れの中で、それはプライバシーだというふうになったのです。プライバシーについては僕なりにいろいろな意見があるのですが、今回の事前差し止めというのは、ありえないことが起きてしまったということです。
実は、僕は「週刊文春」にずっと長いこと「ニュースの考古学」という連載を持っています。皆さんのところに「週刊文春」が届かなくなったと同時に、僕が一晩徹夜して書いた原稿もまた皆さんに読んでもらえなくなってしまった。つまり、「週刊文春」も100ぐらい記事が載っているわけですが、そのうちの一つが僕の記事であって、僕の何の了解も取らないで東京地裁は「週刊文春」を差し止めしてしまったということになります。
したがって、今日は言論表現問題についてテーマにしましたが、本当に「言論の表現の自由」とは何かということを、先ほどからいろいろと篠田さんや長田さんから発言がありましたが、元「週刊現代」編集長の元木さん、あるいはついこの間まで「週刊文春」の編集長をやっていた木俣さんという現場のかたも来ていますので、少し突っ込んだ話になるかと思います。
それから、僕が個人として言論表現委員長でやってきた中で、確かに言論表現の問題はいろいろな問題が起きます。例えばこういうことがありました。中原誠永世十段という将棋の偉い人がいるのですが、昔、彼の肉声テープがテレビにドッと流されたのです。これはやめたほうがいいのではないか。中原十段の問題でやるのはいいのだけれども、肉声テープ、留守番電話に残っているテープをそのままテレビがどんどん流したので、それはやめるべきではないかということを言論表現委員会で提起して、それはやめることになりました。あるいは、林真理子さんのことで人工授精とか体外受精とか、そういう報道を個人名を挙げながらやった。これは「週刊女性」ですが、これはやめるべきではないか。そういうふうなルールはあるぜということは、きちんと我々は見せていかなければいけない。そういうことで、言論表現委員会としては各新聞社、出版社、テレビ局に対して報道評議会、プレス・オンブズマンといって、自分たちの原稿のチェックはきちんと自分たちでやりましょう。権力の検閲を受けるのではなく、自分たちがフェアで公正なルールに基づいた原稿を書いていきましょう。そういうことを言論表現委員会が各メディアに問いかけたことも何年か前にありました。
メディアは「強きをくじき弱きを助く」という立場にあるわけであって、その場合にフェアなルールを守りながら、なおかつ強きをくじく。実際には「強きを助けて弱きをくじく」場合がよくあるので、そうでないようにしていこう。もちろん皆さんそう思って仕事をやっているわけですが、そういうルールをきちんとさせていったほうがいいだろう。しかし、なおかつ、そうはいっても言論表現の自由というのは絶対であるということは崩さないでいきたいと思っています。
それから、もう一つ。僕は道路公団民営化委員でこの間いろいろ仕事をやりまして、自分で取材することもあるのですが、いろいろと書かれる側にも回りました。そのときに、やはり新聞の報道の中に、かなりためにする報道とか、新聞だけではないのですが、ある利益団体の利益を代弁する報道とかがかなり目立つことがしばしばあって、それが僕自身に対する攻撃になったりすることはありました。記者クラブというものが国土交通省とか道路公団とか、その他大きな組織の側にあって、僕は個人で1人の委員として情報発信をするのですが、委員の側には記者クラブがないので、組織の側にどうしても報道関係者はついていきやすいということがありました。
だから、個人として国家と対決しているようなときにメディアが国家の側についてしまう、組織の側についてしまうケースがまま多くあったことについて、僕は非常に悔しい思いをいたしました。以上であります。
(長田) 司会者として言うのを忘れたのですが、この順番でとりあえず7分ぐらいずつそれぞれ問題を提起していただこうと思って、思わずマイクを渡してしまったのですが、次は元木昌彦さんです。日本ペンクラブの言論表現委員で、今ちょっと猪瀬さんのほうから話が出ましたが、元「週刊現代」の編集長、在任中の5年間に増えたものは白髪と告訴の山というような大変ユーモアのあるかたで、長いジャーナリスト歴をお持ちです。今日は早稲田のかたも会場にいらっしゃると思いますが、早稲田大学部商学部のご卒業です。では、問題提起を順番で行きますのでどうぞよろしくお願いいたします。
(元木) 早稲田を出てもう三十何年ですが、この講堂は学校を出てから初めてです。こんなにくそ暑いとは思わなかったですね。昔は、大体この季節は学校にいませんでしたから。7月、8月なんていうのは。初めて驚いていますが。
私は「週刊現代」の前に「フライデー」というのを2年ばかりやっていました。木俣さんはあまりそういうことをやっていませんで、私がきっとプライバシー侵害だ何だというものの矢面に立たなければいけないのかなと思って、今からちょっと気が重いのですけれども。
私は「週刊現代」のとき、95〜96年だったと思いますが、「早稲田大学の凋落」という記事をやったことがあります。奥島さんが総長のときです。記事の内容にも若干の問題があったのですが、大変に早稲田大学に怒られました。奥島さんはそのあと月刊「文藝春秋」に出て、インタビューの中で「元木というのはろくなものではない。早稲田のOBにしてこんなことを書いて」と怒られたので、もう早稲田には二度と足を踏み入れられないだろうなと思っていたのですが、今日、大隈講堂に来てこういう話ができるというので大変感激しています。これで話をやめて帰ってもいいのですが。
何を話そうかと思って考えてきたのですが、ちょうど2日前の7月7日、國松元警察庁長官狙撃犯ということで4人捕まりました。オウムの元信者です。このことで昔あったことでいきなり頭に血が上っているので、その話をちょっとさせていただきます。
ちょうど95年ですか、地下鉄サリン事件、國松長官狙撃事件、それから松本智津夫(麻原彰晃)が捕まりました。しばらくしてだと思いますけれども、当時、自衛隊のオウム信者というのは、どこから情報が流れたのか知りませんが、連日のように出てきた時代です。我々雑誌というのは大体斜めから見るものですから、自衛隊にいるのであればきっと警察官にもオウム信者はいるはずだということで、編集部に取材をさせたのです。そうすると、多分6人か7人ぐらいだと思いますが、元信者も含めてオウム信者が出てきたのです。
では、これを「週刊現代」で記事にしようと書こうと思ったら警視庁の広報から電話がかかってきた。何かと思ったら、「元木さん、記事をやめてほしい」と言うのです。「いや、やめるわけにいかない。我々は内容には絶対の自信を持っている」というようなことを言ったのですが、「なぜかというと、今、オウムの捜査の真っ最中だ。そういう中で警視庁の中にオウム信者がいることを書かれると、いろいろな意味で捜査にも影響が出る」ということを言うのです。それは分からないわけではないですが、その次の言葉にあぜんとしたというか、かちんと来た。「記者クラブの新聞、テレビの記者の人たちにはご理解を頂いています」という言い方をしたのです。
当時も今もそうですが、大変な問題になっている、これから裁判が起ころうというときに警視庁の中にオウム信者が何人もいる。それから、我々の取材で言うと、本富士署にいた某氏、もちろんそのときはイニシャルですが、彼が、サリン事件のあとだと思いますが突然異動になっているのです。彼は地下鉄サリン事件の捜査にも加わっているのです。その人間が突然、不可解な形で異動になっている。國松長官狙撃事件にかかわったかどうかというのは、その当時たしか分からなかったと思いますが、そういう話が我々の取材の中で出てきた。
それを、いきなりやめろと。それも「記者クラブの人たちはみんなご理解いただいている」と。「ご理解を頂いているというのはどういうことなのか」と聞くと、「分かっているけれども書かないのだ」と。彼らは影響を分かっていて書かない、テレビで放映しないと。それならば我々雑誌は書いてやろうではないかと、それを突っぱねて、2回にわたって書きました。
なかなか大きな反響があったのですが、そのあとに警視庁から通告書というものが来ました。おまえのところの「週刊現代」には、以後一切我々は便宜供与をしないということを通告してきたのです。便宜供与というのは何かというと、取材を受け付けないということです。彼らにとっては、取材を受けるということはサービスなのです。便宜供与。それで「週刊現代」は1年近く、東京都、警視庁管内は一切取材拒否ということが続きました。
それで、1年ぐらいたってから、警視庁の広報からまた久しぶりに電話がかかってきて、「元木さん、1年もたったからそろそろ飯でも食いませんか。もちろん割り勘ですけれども」と。それで、向うから電話がかかってきたのだから、久しぶりにそろそろ和解してもいいかなと思っていたのです。そうしたら、1週間か10日後だと思いますが、「産経新聞」で、小杉巡査長が警視庁の人間に、自分が國松長官狙撃犯であると告白した、自白したということがすっぱ抜かれたのです。これか、と。これが表に出ることによって、また「週刊現代」に、それ見たことかと書かれるのが嫌で電話がかかってきたのかなと推測しました。
今回、9年たってから小杉巡査長を含めて逮捕されて、國松長官の狙撃事件の全貌が明らかになるかもしれませんが、この記者クラブの在り方、先ほども猪瀬さんからありましたが、知っていることを書かないという記者クラブの問題を我々雑誌はずっと批判してきたけれども、やはりこういう形で弊害が出ているなと。それがいろいろなことがあって、9年ぶりに解決するかもしれないけれども、この体質はいまだに続いているのです。(その後、狙撃の容疑者たちは容疑不十分で釈放されたが、これは警察の大失態である。もっと新聞は警察の不手際を糾弾していいと思うのだが、なれ合っているお上への「遠慮」からか、そうはなっていない。)
最後に一言だけ。私は新聞、テレビを批判しているのではなく、役割があると思うのです。やはり雑誌メディア、それから新聞・テレビメディアというのはいろいろな役割があって、多分後でそういう話題になると思いますけれども、多様な言論といったものが競い合って、またはチェックし合って、日本の国というものを、権力がいいようにしないように我々がチェックをしていくのだということです。しかし、どうもそれがこのところ、個人情報だとかいろいろなメディア規制法を含めて崩れてきている。特に出版社系の雑誌に非常に厳しくなってきている状態で、今、週刊誌を含めた現場は、私はよく窒息状態と言うのですが、どうも危なくなってきているかもしれない。これが今私が大変心配していることです。長くなってすみませんが、よろしくお願いします。
(長田) 元木さん、ありがとうございました。後ほどまた記者クラブの問題なども触れていただくことがあるかと思います。
そして、お隣でございます。文藝春秋第一編集局次長、前「週刊文春」編集長、木俣正剛さん。1955年、京都のお生まれです。早稲田大学の政治経済学部政治学科のご卒業ということです。お願いいたします。
(木俣) この問題の張本人の編集長でございますが、ちょうどあの差し止めがあって、その日から2日ほど私は会社に泊まっておりまして、3日めにようやく自宅に帰りました。帰りましたら、女房がこういうことを言いました。「あなた、インターネットに、重大なプライバシーを侵害した『週刊文春』編集長、木俣正剛の個人情報を公開せよ、顔を公開せよというのがいっぱい出ていて、みんな心配して連絡してくれているわよ」と。女房はそのあとに、「公開しても大した顔じゃないのにね」と言っていましたが(笑)。皆さんの前に顔を出すのもほとんど初めてです。皆さんが想像していらっしゃるように、週刊誌の編集長というのは、大体2時間ドラマでは人を恐喝したり、どなったり、とても怖いことをするのですが、大体この業界の編集長は、割にどちらかというと穏やかなタイプがやっています。少しでもイメージを変えていただければということで、よろしくお願いします。
差し止めのことなのですが、週刊誌の編集長でありますので、あまり理屈ばったことは言いません。ただ、皆さんにいちばん知ってほしいのは、この差し止めという現場がどういうふうになっているのかということなのです。あの事件が起きたとき、テレビ、新聞、学者のかた、記者のかたからいろいろなコメントを頂きました。それぞれに私は虚心坦懐に読んだつもりです。ただ、新聞記者、テレビの人も含めてほとんどの人が、実際のこの差し止めの法廷、法廷ではなくて審尋と言うのですが、その場所に出たことがないと思います。出たことがあれば、あの異様さについて分かると思うのです。皆さんが想像していらっしゃるような、いわゆる法廷ではありません。差し止めは十数畳の狭い会議室のようなところで行われます。裁判官は1人です。傍聴人はもちろんいません。記録を取る人もいません。法定に証人が立つというような、ああいうシーンは全然ないのです。大体裁判官が1人いまして、交互に呼ばれます。私どもが呼ばれて、それから請求する相手側が呼ばれる。お互いが会って会話をすることもあまりないのです。そういう法廷なのです。
私は4年間、週刊誌の編集長をやっていましたけれども、7回差し止め請求を受けています。これは多分日本でいちばん多いと思うのです。あまり自慢にはならないのですが。実際わが社が差し止め請求を受けたとき、あるいは決定を受けたとき、そのことについて語り合うにも、実際にその現場を経験した編集長は2人しかいませんでした。どの社も同じ、多分テレビ、新聞の場合はほとんどいらっしゃらなかったと思います。
つまり、裁判官も1人、本当に短い時間で決められる制度について、今まで、出版社あるいはメディアも含めて強い抗議をしてきませんでした。なぜかというと、多くの人が読む雑誌については差し止めというのは非常に厳しい条件がつけられているので、私どももよもや通るはずがない、裁判所も通す気はないという、お互いの黙契のようなものがあると私たちは信じていたのです。
信じていただけではないのです。私の現場体験を申し上げます。裁判官がその審尋の席でどういう話をするか。大体1時間から2時間ですが、相手側が出て行って私どもの主張を聞く。しかし、主張を聞いているのもそんな長い時間ではないのです。途中から急に非常にフレンドリーな、ふだん私どもが法廷で会う裁判官とは全然違う雰囲気になってきまして、時には「編集長さんに会えますね。私、実は『週刊文春』の愛読者なんです」とおっしゃるようなかたもいます。「こういう連載が面白かったです」というようなことをおっしゃるかたもいました。中には、「私は以前、文春さんがかかわっていた法廷をやっていたんですよ」というようなことを言う人もいます。そういう雰囲気だったのです。
このことが裁判官が決して差し止めの相手側の請求を軽んじていたというわけではないとは思うのです。ただ、その記事だけではなくて、多くの人が読むいろいろな記事について、いったんでき上がった段階でそれを差し止めるということは大変なことなのだという認識を、裁判官も持っていらっしゃった。だからこそ、こういう差し止め決定というのはなかなか行われないものだったというふうに私どもは理解しました。
皆さんそういうことを多分ほとんどご存じなかったと思いますので、あの日の朝、朝刊が出て、あるいはテレビに出て、大変びっくりされたと思います。差し止めの判決が出たぐらいだからとんでもない記事が出たのではないかと、これが多分皆さんの第一印象だったと思います。
次に、読んだ人というのは大体、こういう言い方はあれなのですが、「何だ、こんなつまらない記事」と言われる。まだ読んでいない人もたくさんいらっしゃると思うのですが、そのかたはまだまだ、とんでもない記事でプライバシーを侵害したというふうに思っていらっしゃるかもしれません。
ただ、実際には高等裁判所で判決が覆りました。あの地裁の判決というのは、やはり今までの判例を大きく飛び出して、異例の判決だったということなのです。それは私どもの側から言うと、本当に突然ルールが変えられたという印象でした。裁判所が、国民の議論がほとんどない、それから、制度も先ほど申し上げたようにきちんと担保されていないままに、60万人の読者が読んでいる雑誌をたった1人の裁判官が、本当に数時間の判断で、ほかの記事、先ほどおっしゃいました猪瀬さんの連載も含めて国民に読ませないという決定をしたということなのです。
今回は、たまたま裁判所と相手側が「週刊文春」の発売日を1日間違えて請求したために実際にはほとんどの雑誌を店頭に並べることができましたが、次からは、差し止め請求が出たらもう1冊たりとも店頭に出ないという事態が起こります。もちろん高裁判決で一応覆ったのですが、こういう決定が出るということは、週刊誌の現場としては大変作りづらくなりました。雑誌は、新聞・テレビと違ってやはり踏み込んだ記事が必要になります。踏み込んだ記事を書くときには、相手がどうしても嫌だということが出てくる。そういう場合のリスクが非常にできてしまったのです。
こういうふうに申し上げると、読者の皆さん、あるいは皆さんも「そんなことを言うけど、週刊誌なんかなくてもいいじゃないか」と思われるかもしれません。私どもも、どうしても週刊誌は必要なものか、生活に最低のものとして必要かというと、そうではない、あるいはそんなものだと思って作っていては、かえって週刊誌はつまらなくなる。それぐらいのつもりでおります。
けれども、このことだけは事実なので皆さんに目を向けていただきたいのです。私が就任して1年後に小泉内閣が発足しました。小泉内閣で、報道によってその座を追われた閣僚および幹部は4人います。山崎拓幹事長副総裁、田中真紀子外務大臣、大島農水大臣、そして今度の福田官房長官。これはすべて「週刊文春」の報道が突破口になって座を追われたのです。新聞、テレビは後追いはしましたけれども、独自の視点で自分たちで追いかけてそれを報道するということは、あまりなかったように思います。週刊誌がなければこういう記事がなかったということなのです。そのときだけ読むかたもいらっしゃるかもしれませんが、常に週刊誌が出ていないとこういう報道はできません。
私は、今度の差し止め決定によって、政治家は週刊誌に対抗する大きな手段を持ったと思います。もちろん週刊誌にはいろいろなご批判があると思います。今度のことでいろいろ私も反省することがありました。しかし、このことを皆さんに考えてほしいのですが、では、世の中がまっとうな記事だけ、朝日新聞とNHKだけになって皆さんの知的欲求は満足されるでしょうか。私が申し上げたいのはそれです(拍手)。
(長田) 木俣さん、ありがとうございます。その問題につきましては、二順めにしっかりと話を深めさせていただきたいと思っています。
柔らかな印象の木俣さんなのですが、ちょっと聞いたところによりますと、引き出しの中にはいつも辞表が入っていたと。しょっちゅう辞表が書いてあるというのをちょっと聞いたことがあるのですが、本当なのでしょうか、うそなのでしょうか、よく分かりませんが、そういうことも含めて後ほどまた伺わせていただければと思っています。
そのお隣に行きます。清水建宇さん、朝日新聞社論説委員でいらっしゃいます。テレビ朝日の「ニュースステーション」の前キャスターをお務めでした。何よりも本が好きだとおっしゃっております。お願いいたします。
(清水) NHKと並んで、つまらないものの代表にしばしば例えられる「朝日新聞」の清水といいます。半分当たっているところがあるので、木俣さん、別に恐縮なさらなくてもいいですから。
私が新聞社に入って35年ぐらいになります。最前から聞いておりますと、私は猪瀬さんの一つ年下です。新聞社に入って20年間、新聞記事を作っていました。いちばん長いのは警視庁クラブ、事件記者です。専門は殺人です。その次が宮内庁。皇室が2番めの専門です。新聞記者を20年やったあとで、私は「週刊朝日」のデスクをやりました。それから、「論座」という月刊誌の編集長もやりました。そういう意味では、元木さんや木俣さんと同じく私も雑誌の人間であります。そのあと、2000年1月から、嫌だというのに会社の業務命令で「ニュースステーション」をやらされていたのですけれども、それがもうあと少しで終わるときになってこの「週刊文春」の問題が起きまして、「ニュースステーション」も大きな特集を組んだのです。ビデオが放映され、やがてカメラがスタジオに戻ってくる。久米さんがひとこと言いました。「僕も読んでみたけど、大した記事ではなかった」と。「清水さん、どう思いました?」と言うので、私は二つのことを言ったのです。
一つは、「私が編集長なら、この記事は載せません」。二つめ、「しかしながら、雑誌の差し止めというのは雑誌にとっては死刑判決である。死刑判決を、たった1人の裁判官が密室のやり取りで決めていいのか。いいわけがない」ということを言いました。
どこのテレビ番組もそうなのですけれども、1人の持ち時間というのは30秒しかないのです。30秒ですからこれだけ言うのが精いっぱいで、後から、私の非常に尊敬する小学館の「週刊ポスト」の元編集長だとか、いろいろなかたから、「おまえ、何てことを言うんだ。ばかやろう」というようなことを言われましたので、いつか真意を説明する機会が欲しいなと思っていました。今日、そういう機会が与えられたと思って私は大変喜んでいるのです。
なぜ、私が編集長なら載せないと言ったのか。理由は二つあります。そのうちの一つだけこの前半の場で申し上げます。それは、私がプライバシーで訴えられたことがあるからです。昔、ロス疑惑という事件がありました。ロサンゼルスに夫婦で旅行に行って、奥さんに生命保険金をかけて殺したという疑惑です。疑惑の主とされた人は三浦和義といいます。彼が殺人容疑で逮捕されて、起訴されたという日になって、私は「朝日新聞」に大きな記事を書いたのです。
ロス疑惑というのは、いろいろ捜査をやってきたけれども、動機の本当のところが分からない。警視庁の捜査本部はその動機を知ろうとしていろいろ調べたが、その手掛かりになるかもしれない捜査資料が一つあるのだと。それは三浦容疑者がロサンゼルスに行くたびに読んでいた推理小説です。全部で137冊あった。その中の小説が動機をだんだん形づくったかもしれない。警視庁の捜査本部はリストをつくり、私はその資料を入手しました。そして、全部新聞に載せたのです。でも、それを載せたあとで三浦容疑者から訴えられたのです。
訴えのポイントは二つあって、その記事は実際に妻を殺したという印象を世間に与えている、許しがたい記事であると。つまり名誉棄損です。被告の社会的評価をその記事で著しく下げていると。これがまず一つです。もう一つがプライバシーでした。個人がどんな本を読んだか、読書歴というのは大事なプライバシーである。そのプライバシーを新聞で書くことは許されない。まして、私のその記事でも、その推理小説が動機になったかどうかは分からないと書いてあるのです。分からないのに、その読書記録を載せるのはプライバシーの侵害であると。
この裁判は結局10年かかりました。地裁で私は負けました。高裁では勝った。でも、最高裁で差し戻しになった。それで高等裁判所でもう1回裁判が行われて私が勝って、そして最高裁でその勝訴が確定した。裁判を5回やったのです。それで、プライバシーというものが名誉棄損に比べて判例も少ないし、法理論としてもまだまだ確立されていないのだということが、そのとき嫌というほど分かったのです。私たちの弁護士の先生たちが準備書面を作りましたが、30ページあります。プライバシーに関する準備書面だけで30ページ用意したのです。
こういう経験を持っているので、田中元外務大臣の長女が離婚をしたという記事を部員が持ってきたときに、もし私がデスクだったら、私はとてもそのリスクを冒せないと思いました。プライバシーで訴えられたときに必ず勝つという確証は私にはないのです。だって、殺人事件で起訴された人の捜査資料として書いてなお、もめたのです。だったら、殺人事件でも何でもない、しかも政治家の家族とはいえ政治家本人ではない、しかも人に知られたくないということではこのうえないプライバシーの一つであろう離婚という問題を掲載できるだろうか。そういうことを考えて、私は「私が編集長なら載せません」と久米さんに答えました。
実は、もう一つ理由があるのです。でも、それは時間がないので、後半で申し上げます。
(長田) ありがとうございます。では、後半に取っておいていただきましょう。では、そのお隣に行きたいと思います。だんだん話が面白くなってまいりました。日本ペンクラブ人権委員、東京弁護士会、人権擁護委員会委員長、人権と報道調査委員研究会委員長、梓澤和幸さんです。柳美里さんの『石に泳ぐ魚』に対する出版差し止め訴訟では原告の立場で弁護もしておられました。梓澤さん、おまちどおさま、お願いします。
(梓澤) 発声法が複式呼吸なものですから、どうも声が大きくなりすぎるのはどうぞお許しください。なるべくささやくようにしゃべりたいと思います。
僕は、作家柳美里の『石に泳ぐ魚』という小説に対して名誉棄損とプライバシーを理由とする差し止め決定を最高裁で確定させた弁護士です。その立場にある者がなぜというか、まだ結論を申し上げていませんが、「週刊文春」の差し止めにはなぜ反対するのかということを申し上げたいと思います。
恐らく少し頭が混乱してしまうのではないかと思うのですが、はっきり言って、僕もここに並んだ雑誌から新聞、全部のメディアの会社に人権侵害されたということで、代理人として行って交渉したことがあります。若い弁護士と一緒に行くと、「いいか、君、手でドアを開けるなよ。足で蹴って入るのだ」と。それは冗談ですが(笑)、そういうふうにして肩をいからせて行った経験がございます。
混乱があるというのは、普通の市民の感覚からすると、大きなメディアのやっていることは、自分の声を発している、自分の肉声で何かものを言いたいということを本当に言ってくれていないといういらだたしさ、また、自分たちの人権が侵害されているといういらただしさとの関係で、「週刊文春」の問題をどう考えたらいいのかということがあるのではないかと思うのです。
僕はこれをこういうふうに整理しています。キーワード風に言うと"People's Freedom"。わざと英語で言ったのですけれども、これを日本語に直すと古くさくなるわけです。「人民の自由」。人民の自由としての表現の自由というのを考えたらどうなるのかということなのです。今度の「週刊文春」の差し止めについて、最後に東京高等裁判所が「この差し止めはいかん」と言って蹴飛ばしたところに、その発想が出ているわけです。"People's Freedom"。
何かというと、田中真紀子さんの長女の離婚がどうしたということをずっと追いかけていっても公益性とか公共性があるとはいえないと、まず1回否定するわけです。否定しているのだけれども、しかしながら、「表現の自由」が「受け手の自由」をも含む。これをもう1回言い換えると「知る権利」です。受け手の自由をも含むというところまで考えてみると、あながち「週刊文春」の記事が保護に値しない、差し止めてもいいとまではいえないのだというところを言っているわけです。この重要なくだりについて、大きな新聞もテレビもほとんど伝えていません。離婚がプライバシーにならないというところに焦点が当たってしまったわけです。
離婚はプライバシーです。僕はそう思います。しかしながら、人民が、私たち市民が政治家の悪について知る道というのは、周辺しかないわけです。政治家本人が雪の上に跡をつけることはほとんどありません。リクルート事件を思い出していただきたいと思います。「朝日新聞」の戦後最大の功績だと思いますけれども、政治家の周辺でリクルートの株が動いたということを突き止めて、それで有名な政治家の悪を次々と暴き出して時の政権をぶっ倒すところまで行ったわけです。メディアの力で。それはまさに市民の知りたいこと、知るべきことをやった報道なわけです。
というところに、この「週刊文春」の報道はつながっているのではないか。だから、仮にプライバシーが問題になっていても、そのプライバシーと表現の自由の知る権利の重さを比較してみると、この知る権利を差し止めるわけにはいかないのだと裁判所は言っているわけです。
大切なことはここから先なのですが、この東京高裁の決定は、今裁判所の中で少数派であります。今度この種の事件が来たら捕まえて差し止めてやろうということで、裁判所の中で研究会が開かれているといううわさ的情報があります。裁判所の中の情報に詳しい人の観測ですが、同じような事件が来たら差し止めで行くというのが多いようだと。こういうふうに言われているのです。
今、イラクに軍隊が出て行って、ある町で民間人も殺しているというアメリカの兵隊を運んでいるという、真っ暗な時代に突入していこうとする中で、"People's Freedom"ということをもう一度考えていただきたいと思います。
(長田) ありがとうございます。非常に重要なことを言っていただいたように思いました。
さて、いちばん端になります。実は、井上ひさしさんに真ん中に座っていただこうと思ったら、日本ペンクラブの会長なのだからいちばん端で全部を見渡しながら話すのがいいのではないかというようなことを最初におっしゃっていました。皆さん、よくよくご存じだと思いますが、劇作家で作家、こまつ座の代表でいらっしゃいます。1934年、山形生まれの井上ひさしさん、お願いいたします。
(井上) まず、今日の私のプライバシーを暴きますと、徹夜で仕事をしていまして、そのまま出てまいりましたので頭が全然働いていません。これが私の今日のプライバシーです。睡眠不足ですから、伏線を張ってもその伏線を15秒ぐらいで忘れてしまうのです(笑)。前後脈絡は全部ずたずたという話になると思いますが、まず、私の感想を2〜3申し上げ、私が実際体験したことを申し上げて、まず責を果たします。
まず、朝日はつまらないか、NHKはつまらないかという問題ですが(笑)、これは別に木俣さんに反対するわけではなくて、NHKにもすごい番組があります。くだらないものもあります。当たり前ですね。では、民放はいい番組があるかというと、NHKより少ないのではないでしょうか。それから、「朝日新聞」は、私は面白いと思います。今おっしゃった大きな仕事もしていますし、私はつまらないと思っていませんが、つまらないときもあります。このごろ力がなくなってきたなとか、あまりやばいことを言わなくなったなとか、長年の読者としてはかなり歯がゆいところもあります。しかし、私は「朝日新聞」がいちばん面白いと思っています。これはちょっと個人差がありまので、別に議論ではないですね。まず、それを言っておかないと。
これは魯迅が言ったのですが、日本人はだめだとか、アメリカ人はいいとか悪いとか、そういう一般論で言ったら必ず間違うという問題なのです。「いいシナ人がいて悪いシナ人がいる。いい日本人がいて悪い日本人がいる。それだけだ」というのが魯迅の言った言葉です。これはもう実に単純ですが、その辺を間違うと実はこの問題が分からなくなるような気がしますので、今木俣さんが出してくださった問題を清水さんが膨らませて、それを私が私なりに受け止めますと、何とかが悪いというのはもうやめたほうがいいということを一言感想として申し上げます。
それから、私が体験した問題で言いますと、私の前の妻が、これははっきり言いますが、私が非常にかわいがって育てていた舞台監督と逐電しまして、これから大変な騒ぎになったのです。それで、なぜか情報が漏れまして、本人が漏らしているといううわさもあるのですが、いずれにせよ最初にやってきたのが神田の古本屋です。それで「何かいろいろありそうで、もし万が一の場合はうちが本を引き取ります」と。どこから聞いたのかは言わないのです。だから、そういう情報の流れというのは、ちょっと私には分かりません。つまり、別れて家をたたむとき本がじゃまになるだろうから、その本を今のうちから買うということを約束してほしいということで神田の古本屋さんがやってきて、すごいなと思いました。
それから、だんだん騒ぎがひどくなりまして、結局私は追いかけ回されるわけです。もう仕事ができません。それで、「もっと重要な問題を追っかけなさい」とか言ってしまうのです。「私のうちの離婚問題なんていうのは国政に何の関係もないし、つまりPeople's welfare、人民の幸せに何の関係もないではないか」と言ったら、ある人が「いや、これは人民の娯楽である」と(笑)。だから人民にとっては必要なのだというので、それもそうかなと。しかし、これを言っているときりがないので......。
そのうちに、やっと離婚が成立しました。ここのところも大騒ぎでしたが。そこで、僕はもう二度と結婚するまいと。離婚した瞬間のあの空の青さ、深さ、広さ、すがすがしさというのは一度皆さんに体験してほしいです。みそぎを100回やったぐらいすっきりして、もう私はだれにもとらわれない、自由だと。ところが、人間悲しいかな、やはり再婚してしまうのですね。
やがて、私の二度めの妻、今その奥さんと暮らしているわけですけれども、その妻予定者が自分の家で炊事をやっているところを「フライデー」が、元木さんは関係ないと思いますが、塀に登って密写したわけです。それで、これが井上ひさしの二番めの妻らしいというので写真週刊誌に出て、これがまた大騒ぎになりました。
そのときに僕が考えたのはこういうことだったのです。とにかく、何か言う自由はみんなあるのだと。これは硬く言いますと、憲法がいちばん大事にしているものの一つですから、これはどんな下品なことでもどんなことでも、書かれるのは防ぎようがない。しかし、その書かれたものが世に出たあとに、今度は名誉回復のために裁判をするしかない。これは妻のほうが考えたのですけれども、相談されて僕もそのとおりだと。物書きが「もう書くな」とか、そういうことはやはり言ってはいけない。人民の娯楽だったら、こんな程度で娯楽になるのでしたらどうぞやってくださいと。しかし、それに対して私たち、つまり妻は訴えを起こしました。
妻の言い分というのはかなり激しかったのです。「フライデー」は全国の図書館にありますから、図書館のそのページを全部見えなくしろとか、一応こけ脅かしに。ついた弁護士さんがまたすごい弁護士さんで。それはだめでした。そんな手間のかかることはできませんと。あのとき「フライデー」というのは何十万部と売れていましたから、それをいちいち図書館に行ってそこのページを見えなくするなんていうのは。一応それは、はったりといいますか、法廷戦術として。それでたしか50万円ぐらい慰謝料をもらいました。
そのときに私が痛感したのは、何でも書きたい人は書いてしまうのです。それを喜ぶ人ももちろんいるわけです。ですから、私は天皇制は反対ですけれども、日本国憲法を守る、特に前文と9条を大事にするからには「第一章 天皇」という象徴天皇制も認めざるをえないという立場なのです。9条を守る代わりに象徴天皇制も受け入れるという立場です。それと同じことなのですが、やはり言論の自由を基本的に守っていくと、これはいちいち選別できないですね。何が本当の言論の自由で、何がくだらない言論の自由かと。どんなことが重要になるか分かりませんので、これを全部認めるというのがまず一つ。
その次に、自分にとってそれが不都合であったり間違っていたりしていた場合には、自分の名誉が汚されたり、それがうその記事であった場合には、それはきちんと言うということでずっと来ています。「人民の自由」というのは古いですか? いい言葉だと思いますけれども。
(梓澤) 響きが古いのです。
(井上) そうですかね。私は「人民」も「自由」も大好きですから、その二つが重なったら大大大好きなのですけれども、それは個人差がありますから。特に横文字というとみんな何か大事そうになるという風潮でもありますので、それはそれでもちろんいいのですが。私の基本はそういうことです。
もう一つ言いますと、憲法というのは、私たち主権者、国民から時の政府に対する命令なのです。ですから、憲法というのは、我々国民が政権を担当している政府に対して「言論の自由を守れ」「戦争を放棄しろ」と命令しているわけです。政府は法律を作ります。大弁護士の先生がいらっしゃいますから後で間違いは訂正していただいていいのですが、法律というのは政府の国民に対する命令なのです。どちらが偉いかといいますと、断然憲法が偉いわけです。そして、常に、時の政府が出してくる命令が憲法に背いているかどうかを監視するために、最高裁判所があるわけです。
もう一つ言いますと、プライバシーというのは、僕はずっと小さいときから中年になるまで聞いたことがなかった権利なのです。言論の自由というのは基本です。よく、環境権がない、プライバシー権がない、NGOに対する規定がないから憲法を変えなければいけないと言う人がいますが、あれは大うそです。やはり憲法からプライバシー権が出てくるわけです。つまり、ある意味では後発の権利なのです。ですから僕は、簡単に言いますと、後で批判を浴びると思いますが、一に言論の自由、二がプライバシー権と。もちろん大事です。大事ですが、そういうふうに思っていますので、上品なメディアも下品なメディアも、いいメディアも悪いメディアも、とにかく書かないとだめです。それは止められません。そのあと個々に処理していくしか方法がないのではないかというのが私の体験的意見です。以上です(拍手)。
(長田) ありがとうございます。神田の古本屋のニュースは新しいというところから始まりまして、どんどん展開していっております。月刊「創」の篠田さん、どこにおいでになりますか。「週刊文春」の問題をちょっと補足していただいて、そのあとにあんまり暑いですよね。でも、皆さんのいるところよりもこっちのほうが暑いのです。ライトが照っていて。もう異常な、ぽたぽた状態なのです。ですから、ちょっと休憩を挟みまして、朝日の清水さんに、二つあるけれども一つしかまだ言っていないという、「僕は書かない」というところの二つめの理由を伺って、さらに展開していきたいと思います。それでよろしいですか。
(篠田) 補足といっても、先ほど木俣さんに話していただいたのでだいぶ核心は突いているのではないかと思うのですが。我々にとって怖いのは、梓澤さんがおっしゃっていましたけれども、次に差し止めが起こったときにどういうことになるのかということです。あれは何かいろいろな偶然が働いて、たまたまあのときは回避されたわけですけれども、次に本当に書店に本が並ばなくなってしまうという現実はありうるので、そのときに日本の言論界がちゃんと対応してきちんとできるかどうかというのは、すごく大きな試金石だと思うのです。
今の日本のジャーナリズムは、すごく脆弱性が指摘されていまして、しかも今、新聞なども分裂しているわけです。読売・産経グループと朝日・毎日とか。その中で、言論の問題をめぐってきちんと論陣を張って今後やっていけるのだろうかと、すごくみんな心配しています。
多分、休憩のあとは、もう少し敷衍させてそういう問題を話し合ってみたらいいのではないかと。差し止め問題だけやってしまうと、今日はもうちょっといろいろな話を聞きたいということで来ているかたもいらっしゃると思いますので。そういうことでよろしいですか。
(長田) これからますます深いところに話は行くと思いますので、皆さん、必ず戻ってきてください。待っております。
* ** 休憩 ***

(猪瀬) 今ここに、"Freedom of Press"という文字を書きました。日本国憲法第21条で言論表現の自由が書いてあるのですが、「言論の自由」「出版の自由」と書いていますね。 "Freedom of Press"というのを、日本は「出版の自由」と訳したのです。「出版の自由」と訳すのは全く間違いではないのですが、「プレスの自由」ということについて、本来は「取材する自由」、「報道する自由」とすべきで翻訳のしかたが少しまずかったかなと僕はちょっと思っています。
もちろん「週刊文春」の事前差し止め、東京地裁、これは「出版の自由」を侵すものですが、もう少し広い意味で「プレスの自由」を侵していると考えていきたいのです。では、このプレスの自由というのは本来の原義としてどういうことであったかということをちょっと申し上げますと、これは日本国憲法を作るときに英語で書いてあったのです。英語で書いてあって、我々は初めどう訳していいか分からなくて「定期刊行物の自由」と訳したのですが、「定期刊行物の自由」では語呂が悪いなというので「出版の自由」としたのです。当時GHQで日本国憲法のもとを作っているときに、これを担当したアルフレッド・ハッシー中佐という人が、公の情報、公の機関に対して、今風の表現で言いますと「アクセスする自由」であるという注釈をつけていました。
つまり我々は納税者としてたくさんの税金を納め、そしてその税金の処分を霞ヶ関や永田町に任せているわけです。その税金がどのように使われたのか。公の機関だから権力でもありますから、その権力が我々の資源の配分を決定していくわけです。したがって、我々人民である、国民である普通の人々、つまり納税者がそれをチェックしていかなければいけないということになると思います。
ところが、「出版の自由」と翻訳されたところにたまたまある事件が起きました。D.H.ロレンスという外国の作家が書いた『チャタレー夫人の恋人』という本がありまして、それを伊藤整という作家が翻訳したのですが、性描写が露骨すぎると当局からクレームがつきました。今では週刊誌にもヘアが載っているとか、それが当たり前になりました。それがいいことか悪いことかは別の問題で、ある意味では趣味の問題にすぎないので、性描写が露骨であるということはどうでもいいことだったのだけれども、それはいけないと。お上は、我々はそういう露骨な性描写のものを見てはならないと言ったものですから、「出版の自由」を守れ、と言論人は主張しました。それが「出版の自由」だと誤解されていったところがあります。当然、言論表現の自由としては性描写の自由は当たり前なのです。しかし、それでは向かっていく方向が違うのではないか。つまり、「プレスの自由」についてハッシー中佐がつけた覚書とちょっと違う方向に問題意識が固まっていったのではないかと思うわけです。
話を戻しますが、1973年前後に立花隆さんが文藝春秋誌に『田中角栄研究』という本を書きました。それから、児玉隆也さんが『寂しき越山会の女王』を書いた。ちょうど同じ号に、田中角栄の金庫番の女性、そんな人が存在するのかどうか全く知らなかったのですが、児玉隆也さんが『寂しき越山会の女王』を書いたのと『田中角栄 新金脈研究』を立花さんが書いたのがセットになって一つのパワーになった。田中角栄という人のいろいろな問題点が明らかになってくるわけです。
そのときに文藝春秋では、社内に専用の大きな部屋を一つ設けて、そこにフリーの記者からいろいろな人がお手伝いに入って、10人、20人、一つの原稿を作るために、あちらこちらの登記謄本を取ったり、いろいろな作業をしました。これを調査報道といいます。権力に対してどこまでアクセスできるか、権力が隠している情報をどこまで国民の側に取り戻すことができるかということの調査報道の大きな出発の一つが、当時の『田中角栄研究』、あるいは『寂しき越山会の女王』という作品でした。
そのときに新聞社では「そんなことは知っていたよ」とか、ちょっとうそぶいていたのですが、結局新聞社はそういう調査報道をきちんとやりませんでした。アメリカのニクソン大統領を退陣させたウオーターゲート事件はワシントンポスト紙が調査報道をやった結果でした。調査報道の伝統というのは、むしろ言論表現の自由のすごくかまびすしく言われるというか、それが一つの信条になっているアメリカから来ているところがあります。日本のメディアは本当に調査報道をしてきたのかどうかということは、常に問われ続けるわけです。
僕はたまたま8年前に『日本国の研究』というものを書きました。日本の権力は永田町だけではないぞということを調査報道で示したものです。つまり実は霞ヶ関のほうにほとんどの情報が隠匿され、隠蔽されているではないかと。こういう霞ヶ関の実態をきちっと調査しなければいけない。今度の年金問題もそうですが、霞ヶ関に出生率が1.32ではなくて1.29という情報が隠されているぞということになりますが、実は永田町だけではなく霞ヶ関自体を調査報道の対象にしていかなければいけないのではないかということで、僕は8年前に『日本国の研究』を書きました。
そのときに文藝春秋のほうにお願いしたのは、これは1人ではとてもできないので、当時の立花さんがやったようなチームを編成させてほしいということでした。そうしたら、もちろん何人かスタッフをつけていただきましたが、とてももうあのような多勢でやる時代ではないと言われました。それから、最近そういうチームを作って大きな取材を1部屋使ってやるということは、月刊の「文藝春秋」なんかではだんだん減ってきました。
情報公開法というものが数年前にできました。情報公開請求をすると、霞ヶ関の一定の情報は出てくるようになりました。僕がいろいろ問題提起をしたときに、永田町だけではなくて霞ヶ関がある、もう一つ特殊法人の世界がある、これは虎ノ門であると。つまり今まで、永田町のスキャンダルの次に霞ヶ関に隠蔽された、隠匿された情報がある。さらに特殊法人や社団財団法人、あるいはそれに寄生する株式会社がある。虎ノ門という世界でさらに情報が隠匿されていると、こういう問題提起をしたわけです。ほとんどの政策決定は霞ヶ関で行われています。虎ノ門が霞ヶ関に対して天下り先ですから、霞ヶ関の役人はよく働いてはいるのですが、夜12時過ぎにタクシーで帰るときにタクシー券を虎ノ門が提供し、また、永田町の政治家のパーティのときには、そのパーティ券を虎ノ門が購入するという構造になるのです。
そういう日本の権力の永田町、霞ヶ関、虎ノ門というトライアングルの構造をきちんと調査報道で分析したり、それを徹底的に調査していくということが重要で個人のプライバシーよりも肝心なことです。僕は道路公団民営化の委員会がつくられたときに、まず委員会の審議をすべて公開するというふうにしました。今でもそうですが、インターネットに議論の一部始終、提出した資料の一部始終が全部載っています。そういう段階まで来ることによって初めてメディアが "Freedom of Press"、つまり権力の隠している、公の情報に含まれる税金を含めた権力を支えている基盤である、我々が知る権利で本来知らなければならないものが、明らかにされるのです。それが実は憲法21条の"Freedom of Press"から始まっているということです。『チャタレー夫人の恋人』の裁判とちょっと違うテーマで本来は進まなければいけなかったと思うのです。
しかし、記者クラブというものがあって、これがむしろ権力の側から、霞ヶ関の側から、虎ノ門の側から、永田町の側から、逆にその行政情報を下々に知らしめる広報機関のような役割を果たしてしまっているところがある。あるいは、この調査報道へ真っ向から切り込んでいったときに、むしろ記者クラブが、例えば権力に対して切り込んでいった僕個人に攻撃を始めるという構造があるということが、さらにまたよく分かってきたというか、感じました。
そういうことを含めて、この問題をさらに議論していければと思います。
(長田) ありがとうございます。記者クラブの問題は後ほどもうちょっとやりたいと思っているのですが、休憩明け、清水さんにぜひ伺いたいと思ったこともありますので。皆さんも聞きたいと思っていると思います。朝日新聞の清水さんに、「僕だったら書かなかったよ」という理由を先ほど一つだけ言っていただきました。もう一つめを聞いてみたいですよね。ぜひお願いします。
(清水) それでは、二つめの理由を言います。私だったら載せない二つめの理由の、これから申し上げますが、キーワードはこれです。「ライオン」と書いてあります(カードを掲げる)。
(長田) ライオン。見えますか。いちばん後ろのかた。
(清水) なぜライオンなのかというのはおいおい分かりますので、ちょっと辛抱して聞いてください。
私が編集長だったらこの記事を載せるだろうかという疑問は、例えば新聞の場合だと、まずそんな疑問をぶつけてくる人はいないのです。新聞なら、政治家の娘の離婚の話を載せるわけがないから、初めから聞かないです。テレビはどうか。テレビのニュース番組も「あなたのところの番組は載せるか」とは訊きません。政治家の娘の離婚を載せるわけがないからです。週刊誌だけが、雑誌だけが、この疑問が成り立つのです。「きみのところの雑誌だったら載せるか」「うーん、どうしようか」。
ということは、新聞やテレビのルールと雑誌のルールはどうやら違うようなのです。新聞やテレビは当然踏み越えるはずがないと言われる線を、雑誌は踏み越えてもいいと、読者も編集者も暗黙のうちに考えているようなのです。私は「週刊朝日」という、「週刊文春」ほど売れていない雑誌のデスクをやっていたのですが、そのとき私もそう思っていました。新聞は書けないけれども週刊は書いていい。そういう一線の踏み越え方があるのだと。踏み越えても許されるのだと。
なぜそうなのか。たくさん理由はあります。手法の違いとか、数え上げればいろいろとあるのですが、私は大きな違いはマスメディアとしての大きさだと思うのです。大きなマスメディアは、おのずからハードルが高いと思っている。例えばテレビ。NHKの7時のニュースは大体コンスタントに視聴率が20%です。ということは視聴者が2400万人いるのです。「ニュースステーション」は大体15%でしたから、1800万人見ているのです。新聞はどうか。「読売新聞」は1000万部です。「朝日新聞」でも850万部ぐらい。大変大きい。
ところが週刊誌は、いちばん大きな週刊誌でも70万部ぐらいでしょう。先ほど「週刊文春」は60万部だとおっしゃっていました。ということは新聞に比べて15分の1ぐらい。NHKのテレビのニュースに比べたら40分の1ぐらいです。大きいマスメディアには厳格なルールが適用されるけれども、小さなメディアは多少緩やかに運用してもいいのではないか。あるいは、大きなマスメディアは軍隊に例えると正規軍である。これはジュネーブ条約だの何だのと、戦い方のルールについても一応なければいけない。でも週刊誌はゲリラである。神出鬼没である。そんなやかましいルールを言っていたのではスキャンダリズムは成り立たないではないかと、何となく読むほうも作るほうも思っているのではないか。そのもとには、新聞やテレビは大きくて週刊誌は小さなメディアだという前提がどうもあるのではないかと私は前から疑っていました。でも、これは前提となる事実が間違っているのです。
今、日本でいちばん大きなマスメディアは何か。それは実は週刊誌です。もっと正確に言うと、週刊誌の告知広告と言われるものです。皆さん見たことがおありですよね。毎週新聞に載っていますよね。これは「週刊文春」の問題の号の告知広告ですが、一体何部ぐらい印刷されるかご存じですか。朝日、毎日、読売、日経、東京、産経、3大ブロック紙の北海道新聞、中日新聞、西日本新聞、その他有力地方紙、スポーツ紙、全部合わせると3500万部ぐらい印刷されるのです。
電車の中吊り広告というものがあります。これをほとんどポスターにしたやつです。電車に乗ってごらんになったかたもいますよね。あれはどのぐらいの人が見るかご存じですか。営団地下鉄の資料があって、営団地下鉄の全線に2日間ポスターを並べると580万人が見ます。「文春」とか「現代」とか「新潮」とか、ああいう大手の有力な週刊誌の場合は営団地下鉄以外にも載せます。東京だけではありません。大阪の環状線にも載せたりします。多分1500万人か 2000万人ぐらいが見る。ということは、70万部しかない週刊誌の分身である告知広告というのは、4500万から5000万の読者を持つ巨大なメディアなのです。テレビ、とてもかないません。新聞、足元にも及ばない。
先ほど木俣さんは、「週刊文春」の記事で小泉内閣の4人の閣僚が辞めたと。それはまず特ダネを書いたからであって、私は拍手を惜しまない。素晴らしいことです。その前に、辻元清美等々、週刊誌のスクープで国会を追われた人がいます。でも、それは週刊誌が小さなメディアなのにもかかわらず辞めたのではないのです。5000万という巨大な分身を持っていて、週刊誌が発売されたその日のうちに日本国民の何千万人という人が知ってしまうのですから。あとは事実かどうかだけです。もちろん事実です。「週刊文春」だもの。それなら、退任しますよ。
私の考えでは、マスメディアというジャングルにおいて、週刊誌はライオンです。マスメディアにおける百獣の王ライオンです。ところが、作っている人たちは自分のことをどう思っているかというと、子猫だと思っているのです。70万部の小さな子猫。この自己認識のギャップが私は前から気になっていたのです。
田中真紀子の娘の離婚を載せるか載せないか。新聞やテレビではそもそも疑問すら出てこない問題が、なぜ週刊誌ではそれが疑問になりうるのか。そこで悩むのか。僕はいいとか悪いとか言っているのではないのです。もし週刊誌の編集者たちが、自分は4000万、5000万という巨大な分身を持っていて、新聞やテレビが及びもつかない大きな力を持っているのだということを考えたら、あの記事は載せただろうか。そんなもの要らないよ、それがどうしたんだよ、と言ったのではなかろうかと想像するのです。これが、「私だったら載せない」と答えた二つめの理由です。
(長田) ありがとうございます。今、私は横から見ていたのですが、元木さん、木俣さんが何かとてもおっしゃりたいご様子が、向かってこちら側のほうにありありなのです。ここで振ってしまおうかなと思ったら、総合司会者のほうから......。
(篠田) ちょっと答えてもらったほうがいいな。あれだけ批判されたら、それは答える権利があります。
(木俣) 今の議論をやりだすと大変時間がかかってしまうと思うのですが、4500万の読者がいると言われたら確かにそうなのかもしれません。ただし、我々が百獣の王ライオンだと言われるのには、やはり非常に抵抗感があります。
私たちは、例えば「週刊文春」の編集部は50人の人数で作っています。50人と朝日新聞の記者が集める情報量はどれだけ違うのだろうということが一つ。僕は今、清水さんとけんかをするつもりではなくて、週刊誌が巨大なメディアであると言われることはある意味ではうれしいことなのです。影響力があるということですから。ただし、その影響力があるということが、そのまま我々が巨大な力を持っていると表現されることには、やはり非常な疑問があります。
私たちは小さな組織だし、記者クラブにも所属していない。そういった、ある意味で国の恩恵を一切受けていない組織でやっているわけですから、私たちを正規兵と同じようにやれということはやはり違うと思います。それから、週刊誌の手法は当然テレビ・新聞と違ってきていて、国民が知りたいところの一部分、それは新聞とテレビとは当然違うものだという認識の中で読まれていると、私はまだ思っています。そこが認識が違うといえば、確かにそうでしょう。
ただ、もう一つだけこのことを、これは具体的なお話として申し上げます。ああ、なるほど、ここが違うのだなと思ったところです。あの事件が起こった直後の社内の議論です。もちろんこの記事についての是非は、私どもの社にもいっぱいあります。あの記事が正しいと思っていた人たちだけではありません。
そのかんかんがくがくとした議論の中で、ある週刊誌の編集長を経験した役員がこういうことを言いました。「いろいろな議論があることは分かります。しかし、週刊誌の編集長をしていて、あのプランが出て、それをやらなかったら、次から週刊誌の現場の記者は一切プランを上げてこないでしょう。有名人の子弟にかかわる情報というのは、やはり週刊誌にとって必須の情報なのです」。そういう声があって、その声がいちばん大きくなって、わが社の中ではこのことについてのある一定の決着がついたと思います。私はそういうふうに思ってくれた会社にいたことを感謝するし、そういうふうに思ってくれたことでこれからも「週刊文春」が頑張れると思う。やはり、清水さん、朝日新聞の中の「週刊朝日」と我々文藝春秋の中「週刊文春」の意識というのは違うと思います。
もう一つ言えば、この間、外国人特派員協会で議論がありましたが、その中で我々は英訳の文書を配りました。外国人特派員協会は、この田中ファミリーという有名ファミリーのゴシップのどこに問題があるのかが分からないと。これがほとんどの人の答えだったのです。これが一種の、まだ日本にはないグローバルスタンダードではないかと私は思います。
(長田) ありがとうございます。せっかくですから、元木さんにもちょっと振ろうかなと思うのですが、なるべくマイクに近づいてお願いします。
(元木) 分かりました。もうほとんど言い尽くされていますが、一つだけ。清水さんの今の認識というのかな、例えば4500万のライオンであるという認識は、もちろんいろいろなところに広告を打っているということでは確かに大きいのかも分からないし、自分のスキャンダルが出ている新聞広告、雑誌広告を見ると本当にゆううつになってしまうという政治家を含めて、そういう話は聞きます。
ただ、やっぱり出版社系の雑誌、特に週刊誌の生い立ちからすれば、昭和32年だったでしょうか、「週刊新潮」ができたときに、新聞社ができないことをやろうではないかと。それは何かというと、一つは先ほどおっしゃったようなゲリラですね。少人数でやって、そのときはまだテレビというのはほとんど問題になっていませんから、新聞のできないことをやろうではないかと。それから、多分もう一つの役割はメディアチェック、新聞のチェックを週刊誌でやろうではないか、雑誌でやろうではないかと。そういうところから始まって、我々は多分いろいろな方法論を試してきて、スキャンダルというニーズは少ないけれども有効な方法論があるだろうと。
特に「週刊文春」は、このところ山拓さんのスキャンダルを含めて大変なスキャンダルを続発していますが、我々作っている側は、それでは新聞と同じように 4000万、5000万、読者とは言わないけれどもそれだけの力があるのだったら、おまえたちこんなものを載せるんじゃないよ、もっと考えるだろうと、そんなことは全くないと思います。新聞は読売が1000万、朝日が800万とか900万、それからテレビが何千万といいますが、数が大きい人たちが見るから、内容がないとは言いませんが、同じようなものを垂れ流していいのか。我々はやはり50万、60万、せいぜい70万、よくて一時「週刊現代」「週刊ポスト」が100万という時期もありましたが、そういう中で読者と同じ目線で、読者が今何を読みたがっているのか、何を知りたがっているのかということを一生懸命考えながら、小さな人数で雑誌を作っています。
その中で、いろいろな人たちに買ってもらうために新聞広告を打つのですが、「週刊現代」は今から4〜5年前、読売新聞と大変にもめました。読売新聞が掲載拒否、「週刊現代」を載せないと。おまえのところの広告は載せないよと。巨人の悪口を書いたり、ナベツネの悪口を書いたりするような週刊誌は嫌だと。いいじゃないかと。私はそのとき「週刊現代」ではなかったのですが、担当の局長で、やってやろうじゃないかと。1000万部を売っている新聞に広告がなくなってしまうのは最初は大変心配だったのですが、部数的には、一部とは言いませんけれども、ほとんど影響はなかったです。
逆に「週刊現代」が喜んだのは、その全5段広告という大変大きな広告を載せる金額が、毎週、それこそ1000万円近くのお金が節約できたことのほうがよっぽどありがたかった。悪いことを言えば、新聞というのは、数は多いけれどもそんなに読まれていない、見られていないのだなと。我々の雑誌というのは、数は少ないけれどもいろいろな意味で、例えば鈴木宗男を追及したときは、「週刊文春」「週刊新潮」だけではなくてほかの週刊誌もすべて、それこそスクラムを組んで彼の非を暴いたのですが、そういうことができる。多分この辺が、新聞をやっているかたと我々出版社系の雑誌をやっている人間の氏育ちがやっぱり違う。考え方が違う。だから、幾らライオンだとおだてられても我々はライオンではないと。子猫だとは思わないけれども子犬ぐらいのものかなと思います。
(梓澤) 今の清水さんのことで猛然と思い出したことがあるのですが、今年は松本サリン事件の10周年なわけです。10年前に起こって、河野さんが被害者なのに「おまえが犯人だ」と言われて、警察にも、それからメディアにも相当いじめ尽くされた時期があったわけです。特に事件直後は、河野さんについた永田さんという弁護士が、この人と心中するというほどの覚悟でやった事件です。
あれは事件が6月28日に起こっているのですが、7月20日前後に、僕はある全国メディアの腕っこきの、かなり権力批判的な記者に僕の事務所で会ったのです。帰っていくときに彼が、「いや、ちょっと冤罪くさいんですよね」と言ったのです。それを去年、彼に会って、「あのときどうだったんですか。書けなかったんですか」と。あの冤罪くさいという調子を。そうしたら、清水さんが言うのとちょっと響き合うのですが、「いや、僕らはそんなに簡単に書けないんですよ。メディアとしてはね」と。メディアというのはマスがつくのです。
その時期に、文藝春秋の月刊誌で、中川一徳さんという記者が河野さんの生の訴えを載せたのです。手記を。そこから河野さんと永田さんの反撃が始まったのです。これは、大きなところに行ったらどうせだらしなくなるという意味ではなくて、先ほど井上さんが言ったけれども、あのメディアだからだめだというのではなく、大きなところに行っても、自分の志、自分の見た真実、それをあえて古い言葉で言えば人民に伝えるために粉骨砕身やるのがジャーナリストだと。そうでなければあしたからペンを折って、そんなものはやる価値がないのだからやめたほうがいいと。どうも今日は新聞記者志望のかたがいらっしゃるようだから、こういうことを私は記者志望の人たちに言いたいと思います。
(長田) ありがとうございます。気骨というものを感じることがよくあります。同じほうを向いてばかりはいられない。そのときの歯の食いしばり方、打ち寄せてくる波の中で、がーっと力を込めて仕事をできるかたであってほしいなと、私もふと思ったりします。
それでは、質問をちょっと......。
(篠田) はい、紹介しましょう。
(長田) 会場においでのかたの中から質問を受けて、それになるべくお答えしたいと思います。
(篠田) せっかく暑いところを来ていただいているので、なるべくそういう機会を設けたいと思うのですが、ちょっと整理します。
質問を大きく分けると2種類あります。一つが、今のイラク派兵の問題とか憲法とかジャーナリズム全体にかかわる問題について意見が聞きたいということなのですが、これは後半に回します。いきなりそれに行くと拡散してしまうので。その前に、主に木俣さんおよび元木さんへの批判的な意見が幾つかあります。それを出していただいてお二人に答えていただくということにしようかと思います。多分木俣さんは、今日こういうところに出るのでそういうことを覚悟して来ていると思うので、せっかくなので(笑)。
それで、4通あるのですが、全部紹介すると時間がないので、2人のかたには直接しゃべっていただいて、残り2人は私が代読をします。というのは、この代読するものは意見というよりも質問なのです。それを私が読み上げたあと、まとめてお答えいただきたいと思います。
まず、木俣さんへの質問なのですが、先ほど最初のお話で審尋の異様さということをおっしゃっていたので、もうちょっと詳しく話していただけないかという質問が一つ来ています。それからもう一つ、これも木俣さんへですが、言論の自由に照らしてふさわしい記事だと考えたのであれば、どうして事前に裁判所にそれを見せたのか。あれは審尋のときに見せているわけですよね。そのことですね。二つ、これは質問です。後でまとめて答えていただきます。
それで、もう2人のかたで、同じような割と批判めいた意見を書いたかたがいらっしゃるので、マイクを回しますので直接お話しいただきたいと思います。 ××さん、いらっしゃいますか。いろいろと書いているけれども、手短にお願いします。きみは早稲田大学の4年生ですね。
(××君) そうです。教養学部4年の××といいます。昨夜、偶然『破線のマリス』(註:野沢尚著、99年映画化)を見たのですが、そこではやはり編集者が自分の独断と主観みたいなものによって映像を切り取って、そのイメージによって麻生という者が社会的に抹殺されてしまうと。そういうことに対して、もう少しメディアは自覚的になったほうがいいのではないかと。「週刊文春」の出版差し止めは、確かに出版界への死刑判決だと思うのですが、出版自体はその人にとって死刑判決になってしまう。そういうことをもうちょっと想像してみたほうがいいのではないかと考えているのですが、どう思いますか。
(篠田) はい、分かりました。では、もう1人聞いたうえで答えていただきます。△△さんは? きみも早稲田の学生ですか。
(△△君) はい。第2文学部3年の△△と申します。僕がお聞きしたかったことは、今までいろいろと清水さんや木俣さんのお話を伺っていく中で、メディアとしての在り方がそれぞれ別であるということなのですが、そもそもどうして田中真紀子さんの、例えば娘さんの離婚問題を記事にする必要性があるのか。どうしてそれを伝えたいと思ったのか。なぜ70万部の読者の皆さんに、その問題を伝える必要性がジャーナリストとしてあったと考えられたのかということを疑問に思いまして、質問させていただきました。
(篠田) △△さんの質問用紙には、要するに、また同じ記事が出てきたときに、もう一度木俣さんはそれを掲載するのかと、そのように書いています。では、今4つぐらい出たものをまとめてお答えいただきたいと思います。
(木俣) 審尋のことを詳しくということですが、先ほど申し上げたようなことが基本的な流れなのです。実際問題、今までの差し止めというのはほとんど嫌がらせだったのです。相手も通ると思っていないので。これは雑誌の場合ですよ。ですから、最初の話し合い以降の裁判官との話し合いは、先ほど申し上げたような、本当に雑談です。これは多分ほかの出版社もそうだと思うのですが、猪瀬さんの連載ではなかったですが、林真理子さんの連載について聞かれたこともあります。それから、「あの人は今」的な記事についての差し止めでは、もちろんこれは途中で差し止めは通らないということになったのですが、帰り際に裁判官から、「でも、このワイド特集の総タイトルである『最悪の女たち』というのは、後で名誉棄損になるかもしれませんね」なんてアドバイスをするような状況でした。つまり先ほど申し上げたようにフレンドリーな、これは差し止めを通すという切迫感のない場であればこそ、記録も残らない、そういったことがあるということです。私が異様だと言ったのはそういうことです。
もう一つは、今度の場合、私は出ていませんが、最初に請求している側の訴えに近いことを裁判官が先にワープロで紙に書いて、「あなたの主張はこういうことですね」と念を押したという事実です。このことは、私どもは非常に驚いています。普通は、裁判官がもし法定でそれをやったらだれもがおかしいと思うでしょう。相手の一方の主張を整理して裁判官が伝えるということですから。そして、そのワープロの文面そのままの文章が仮処分決定の文章になりました。このことが非常に異様だと私は今でも思っています。つまり、最初から差し止めをやる気があったのではないかということです。
第2点、なぜ言論の自由なのに見せたかということですが、先ほど申し上げたように、本当に今回の場合は非常にぎりぎり緊迫してきたということが私どもも分かりました。以前も雑誌そのものができているということを見せたことがあります。記事を読むのではありません。そして実際問題として、できている場合に、「ああ、この段階ですと私どもがやることはないですね」と言って引き下がるというのが今までの審尋の経緯だったものですから、今回はそれを、つまりこれ以上これで直ることはないのですと、すでにできているのですということを見せるために見せた。ところが、それが逆に行ったということなのです。これが質問の第2に対する話です。
第3と第4、申し訳ないのですが、この野沢さんの作品を見ていないので私自身が何とも言えないのですが、最初に、私は皆さんが思っている週刊誌の編集長とイメージが違いますねと申し上げたのは、それを皆さんにちょっと伝えたかったのです。編集長が独断で決められるというほど、雑誌は単純にはできていません。50人の人間がそれぞれにいろいろなことを考えてやっています。ですから私は、例えばタイトルができても必ず現場に見せてもう一度議論をするということをやっています。そんなに単純に編集者が独断で決めるという構造ではない。これは割にテレビ、映像、その他で決められた、あるいは作られた形ではないかと私は思っています。
少なくとも「週刊文春」に関しては、私は非常に民主的に作っています。今の編集部もそういう感じで思っているので、本当はできれば、もし早稲田の学生さんが編集部を見にきたければ、私がいつでも案内しますから来てください。本当にプロセスは実に和やかで、しかし、議論がものすごくできる風通しのいい職場であると私は思っています。
続いて、田中真紀子さんのテーマです。このことを正面切ってお答えするのがなかなか難しいのです。というのは、これはまだ損害賠償請求の、実は名誉棄損の裁判がされていないのです。ですから、私のこの場での発言というのは、そのままそれがまた名誉棄損の対象になる可能性があります。時効は3年なのでいつでも告訴できます。ですから、正面切って答えられないのですが、私個人のプライバシーのお話から言っていいでしょうか。5分ぐらいかかりますが、いいですか。
実は私も政治家の息子です。もちろん田中ファミリーとは比べものにならない、京都市の地方議員です。ただし、40年やっていました。私と親父のことは「噂の真相」にもちょっと書かれたことがあります。京都では、地方議員を40年やっていれば一種のボス的存在なのです。ボス的存在の息子というのは、いいように思われるかもしれないけれども、それなりに嫌なこともあるのです。
このことを皆さんに聞いていただきたいのですが、私も政治家の息子として、プライバシーで非常に嫌なことを二つ経験しました。私には兄貴がいますが、私の兄は母親が違います。ただし、私は小さいとき全然それを知らずに過ごしていました。私と兄貴の母親が違うと教えられたのは選挙民からでした。ものすごくショックでした。今でも覚えています。
もう一つ、私の妹が学生時代、選挙区内の別の大学の学生とつきあっていましたが、そのかたは宗教団体に属していました。政党を持っている宗教団体です。それを選挙事務所でチクられた。妹は非常にショックを受けていました。
そういう意味では、プライバシーが暴かれるのは嫌なことを私は分かっています。ただし、そのときにそれについて言った選挙民を私も妹も兄貴も恨もうとは思わなかった。なぜなのか。ちょっと話が長くなります。聞いてください。
地方政治家というのは、ものすごく地元の人々との利益誘導に結びついています。私の父はなるべくそれを排除しようとしていました。けれども、例えば単純に選挙に当選しますね。そのときに当選祝いが来ます。当選祝いのお酒で床が抜けたことがあります。地方の保守党の議員というのはそういうことなのです。
私がなぜ、家族の悪口を言う、家族のことを告げ口する選挙民を恨まないでおこうと言ったかというと、家族のありようをうわさしたり文句を言ったりする選挙民は、実はありがたい選挙民なのです。彼らは利益を要求していません。あるいは利益誘導を要求していません。私は何回も、父親が血相を変えてお金を返しにいくシーンを見ています。わずか京都市議ぐらいでも、そういうものなのです。
息子、家族について関心を抱くというのは、その政治家の人格とか、その政治家の言っていることの実行力を必死で考えようとしている選挙民だと私は思っています。けれども、わいろや利益誘導で結びついている人たちには、家族なんかどうでもいい。その集積が今の自民党政権だと私は思います。田中ファミリーがまさにその姿です。私どもの田中真紀子長女問題で、いちばん怒ったコメントをしたのは小泉さんと福田官房長官です。2人とも世襲です。利益構造の中にできてしまっている政治家。私は、それはおかしいと思う。
政治家の家族も含めてのプライバシーについて関心を抱くのは、選挙民の当然の権利だと思います。それについてこたえなければいけない。それもまた我々メディアの役割だと僕は思っています。もちろんどのメディアもやれとは言いませんが。間接的ではありますが、私の答えはそれです。
(篠田) もう時間もあまりないのですが、多分最後にお一方ずつ発言いただくことになると思います。その前に、会場の質問ないし発言をあと3〜4人紹介して、それを受けた形で、まとめに入りたいと思うのですが。
何人か質問を頂いたかたでイラク問題に触れているかたは、割と協定の問題に触れている人が多いようです。報道の協定。これは多分、記者クラブの問題にかかわっているので今日のテーマに沿っているかなと思います。この記者クラブの問題は、今日はせっかく雑誌と放送、新聞の人等が来ていますので、それについて後でこっちからお話しいただくということにしようかなと思います。
では、□□さんはいますか。
(□□君) 文学部3年の□□と申します。僕は幾つも書いたのですが、その中の一つが協定で、イラクの自衛隊派遣先で防衛庁の決めたルールにのっとることと、それに対する誓約書を書かされる。単純に、僕は分からないのですが、あれは必要だったのかなということを聞きたいです。
(篠田) 分かりました。では、もう一方、▽▽さん、いますか。
(▽▽君) 先ほど井上ひさしさんが「憲法は国民から時の政府に対する命令で、法律は政府が国民に対する命令だ」とおっしゃっていました。最初にもらった資料の声明文で、イラク派兵は憲法違反だという内容のことが書いてあったのですが、どうして平然と行われているのでしょうか。極端に言うと、法律を犯すと捕まるのに、憲法を犯しても平気なのでしょうか。
(篠田) はい。それから、報道協定について同趣旨で○○さんも書いていますが、いいですか。質問の趣旨は同じだと思うのですが、もしどうしても発言したいというのであれば......。発言しますか。では、マイクが今、走っていますので。
(○○君) 最初にしゃべった方と同じ質問なのですが、加えて、実際に協定で報道することがあるにもかかわらず、協定が障害になって報道できないということがあったりするのかということ。あるいは、それを障害と感じていない。報道する側がこれを報道したいのだけれども報道できないなというふうに、協定を障害と感じる問題意識、感覚自体が、日本の戦場に派遣されている記者の場合はないのではないかという気もするわけです。形式的な自由そのものがどれぐらい侵されているのかということとは別に、何を優先して報道すべきなのかというところの問題意識で、あまりにちょっと一面的な、言ってしまえばアメリカ寄りなものが......。アルジャジーラと日本のニュースを見ていれば全然違うわけですよね。こういうものは、単に形式的な協定の話を越えた記者の価値意識にかかわっていると思うのですが、この辺について聞きたいと思います。
(篠田) これは清水さんに、解説も含めてちょっと説明してもらったほうがいいかもしれないですね。いいですか、清水さん。
(清水) 協定といっても、実際にはサマーワにある自衛隊の取材についての協定だけだと私は認識しています。それは、例えば自衛隊のあしたの予定を事前に報道しない。なぜならば、あしたの予定を放映すればねらわれる可能性があるから、セキュリティの問題でそういうものは書かないとかという条項があるわけです。これも簡単にのんだわけではなくて、朝日新聞は最後まで抵抗してだいぶ中身を変えさせて、最後になって加わったのです。でも、これで縛れるのはサマーワの自衛隊だけでしょう。わが社はほかにバクダッドとか北部にもたくさん記者を投入しているから、その人たちは全く協定と無関係に勝手に取材して勝手に記事を送ってくる。自分の取材したいこと、知りたいことを。ファルージャにも一番乗りした。だから、報道協定があるからどうたらこうたらというのが、私にはちょっと、私も読者の一人ですけれども納得いかないのです。
もちろん協定自体はないに越したことはない。でも、例えば誘拐事件で報道協定が結ばれますよね。人命の尊重を最優先にということで、取材も制限する。もちろん書かないと。こういう報道協定をして、これは雑誌協会もかなり協力していると思うのですが、そういうものもあります。協定があるからすべてだめというものでもない。協定が解かれてからたっぷり書いたっていいし。というふうに現場では考えています。
(篠田) 記者クラブの問題も含めて、ちょっとほかの方から。
(猪瀬) その話と直接ではないのですが、結局、「朝日新聞」でなくてもいいのですが、例えば「朝日新聞」が書いたものが、客観的であって事実であると思ってしまいやすいという構造が問題だと僕は思っています。つまり週刊誌の場合には、初めから少しまゆつばかなと思いながら読んでいくという心の準備のしかたが違っている。新聞に書いてあるのは、NHKも含めてですが、全部正しいのだという。だから、署名の問題が入ってくると違ってくる。署名が入ってくると、その記者が書いた責任を問われてくるのですが、無署名で、あたかも客観的であるような記事というのは、いちばん怖いなと思っています。
僕はまだはらわたが煮えくり返っていることが幾つかあるのです。これは本当に言っておきたいのだけれども、ごめんなさい、高速道路のことなのです。僕がカラー地図でいろいろと書き込んで、半分ぐらい凍結できるような高速道路の案を作って出したときに、「朝日新聞」が、あたかも客観報道で、「国交省の意向を取り入れた猪瀬試案」と書いて、僕が半分を凍結にして建設できない案を出したのに、およそ半分が建設できる内容になっていると書いてあるのです。半分は絶対に建設できないように必死で書いたのに、半分もできると書いてある。
つまりそれは、客観報道とは何かということなのですが、物事を非常に単純化していきながら、客観報道だから正しいように見えてしまうことが問題なのです。全部造るか建設ゼロかなんて一度も言っていないのに、マルバツ式の観念論でずっとやっていく。先ほど週刊誌は70万で新聞は1000万、だけど本当は週刊誌は5000万と言ったけれども、そうではなくて、1000万の人が、あるいは850万でもいいのですが、建設がゼロか全部造るかというマルバツ式の観念論のほうが新聞報道として分かりやすいので、ゼロか100みたいな書き方を、新聞があたかも客観報道のようにやっていく。そういう間違った正義があって、その居心地のよさを感じるのが新聞ではないかと僕は思ったのです。
僕は本当にひどい目に遭いました。今でも遭い続けています。なぜそんなふうに、ある1000万人、850万人の人が限られた紙面という自分たちの都合で非常に分かりやすい、ということを装うのです。客観報道で分かるように書くということは核心が省略されるということです。あるいはマルバツ式とか分かりやすい筋道とか物語を、あたかも主観が排除されたごとく作っていくというところに、実はもう少し広い意味での記者クラブ問題とか協定の問題があるのです。
だから、具体的に言うと、先ほど清水さんが言ったことは言ったことで正しくて、そういうことではなくて、僕は、新聞の怖さというのは客観報道というウソのなかにあると思うのです。全部なし崩し的に新聞がずっと変なふうな虚偽にはまっていった状況に最大の危機を感じています。
(篠田) 元木さんから何かありますか。いいの? 突っ込みが弱いと思うけれども(笑)。
(元木) そうではなくて、今日は来ていらっしゃるかたは、まあそこまで分かっていないだろうと。我々雑誌は朝日新聞たたきというのをもうさんざんやってきたし、その延長線上に今の報道協定の話もあると思うのです。先ほど、雑誌というのは主観報道かとありましたが、私は誤解を恐れないで言えば雑誌は主観報道だと。編集長の主観報道、編集者の主観で書くのだと。
それはいろいろな誤解があるけれども、つまり客観報道なんてどこにあるのだと。それを標榜するほうがおかしいので、どんなことでも、編集者なり記者なりの何かを通してくれば純粋な客観報道なんてありえない。ただ、猪瀬さんが今言ったように、読む側も含めて、それを何かあたかも客観であるかのように信じてしまう。本当の問題は我々のほうにももちろんあるだろう。
それとサマーワの報道協定に関して言えば、これは先ほど清水さんがおっしゃっていたように、自衛隊が何か危険に遭うという情報だけを、例えばそれはお互いにやめようではないか、新聞もテレビも報道する側はそれは気をつけて、あとはおれの自由にやらせろよということで、報道協定をそんなところで結ぶこと自体が私はおかしいと思う。何でも報道協定なり、どこか外国で事件が起きると記者クラブを作って、フリーの記者だとか編集者だとか、そういう連中が行ってもなかなか入れてくれないという、非常に閉鎖的な体質が新聞を中心にしてあるということ。それが今度の報道協定にも、よくではないけれども出ているような気がするので、その辺を今更たたいてもしょうがないなというのが、私が今ちょっと発言をちゅうちょした理由です。
(篠田) では、清水さん。
(清水) 猪瀬さんのお話は、ものすごく大事なお話だと思って私は聞きました。それは客観報道って何なのかということにつながるのですが、今、新聞が書いている記事のスタイル。例えば猪瀬さんが改革案を国交省の意見を半分入れたと、さも客観的な事実のように書いている。それはだれが言ったの? だれがそう見ているの? そこまで明らかにして書いたのでなければ、本当の客観ではないですよね。猪瀬さんは、多分記者が自分で勝手に思った主観を書いたくせに、それを客観的な文章であるかのようにごまかして書いているから怒っていらっしゃるのだと思うし、そのお怒りは全く正しいと思います。
しかし、実は新聞記事を作っていてそういうことは多々あって、いちばん代表的な例は事件です。例えば「警視庁は、何日、だれそれを、何とかの疑いで逮捕した」。そういう記事はいっぱいあるでしょう。いっぱい見ていますよね。その場に記者はいたわけではないのです。実際の記事の作られ方を言うと、その警察署に行ったら副署長が発表文案を配って、そこに「だれそれを何とかの容疑で逮捕した」と書いてあったのです。なのに、見てきたようなことを書いてある。
そこで、幾つかの新聞の何人かの記者たちの間で、事件記事の書き方を変える試みが始まっています。つまり「警視庁は、何日、だれそれを、何とかの疑いで逮捕したと発表した」と書くわけです。「と発表した」と5文字付け加えるだけで、印象が随分違うでしょう。ああ、警察が発表したのだと。
同じように、それは霞ヶ関の行政の記事でもそうです。猪瀬さんの道路公団改革の話でも、何か論評するのだったら、自分の論評なのか、だれの論評なのか、いちいちクレジットを明らかにするのがルールなのです。そのルールをちゃんと守らないで客観を装っているからいけないのです。僕は客観報道が悪いとは思わない。もっと客観に徹するなら徹しろよと。事実と論評を分けろよと。それは私が新聞記者をやっていたときにできなかったことなので、偉そうには言えませんが、外国のジャーナリストから繰り返し言われたことです。日本の新聞は事実と論評がごちゃ混ぜである。よくまあ日本の読者は黙っているものだ。記者たちも、よくもまあこういう間違いを平気でやっているものだと。
そういう気持ちになって外国の新聞を読むと、確かに分けてあります。ファクトとオピニオンは。これはもう、新聞の言葉から変えていかなければいけない。例えば事件記事に「と発表した」という5文字を付け加える。だから、猪瀬さんのおっしゃったことは、大変大事な大事な根本的な問題だと思います。
(篠田) よろしいですか。最後に1人1分とか3分ぐらいで一言ずつお話しいただいて終わりにしたいと思います。
(井上) 大変面白いシンポジウムでしたね。私は最初言ったきりずっと聞いていましたから、それは保証します。
それで、二ついいですか。2分間ですね。清水さんがおっしゃった文体の問題というのは、非常に面白い問題なのです。例えば「私の今の妻は美しい」というのは、これは私の意見なのです。事実ではないのです。「私の今の妻の身長は162センチである」と言えば、これは事実ですよ。私たちは自分の意見と事実をごちゃ混ぜにしているのです。これは、読者のほうもそこを相当意識して読んでいく。何か全部記者のせいにして......。
私たちは否定表現が多いでしょう。「芝生に上がるな」とか。それは「ほかを通ってください」とか、肯定で幾らでも言えるのに。「高い球を打っちゃだめ」とか「低い球を打ちなさい」とか、一つのことを全部肯定と否定で言い分けられるのに、なぜか私たちはいつも否定、否定で行く。新聞や週刊誌の文体も、そこをやっぱり自然に日本人の文章の流れに沿って書いていますから、相当私たち国民が文章観、文体観を変えないと、なかなかこれは解決しないと思います。ただ、実に重要な指摘だと思います。
それから、すごくうまいフレーズでしたね。憲法を破っても罪ではないのに、法律を破ると罪というのはどういうことか。これは結局私たちの問題なのです。つまり憲法はこの国の基本的な形ですから。その形を国民が是としているわけですから。欽定憲法は違いますよね、天皇が、ある支配者が命令しているわけですから。そうではなくて主権在民ですから、私たちが政府に命令しているということを全く忘れているわけです。だからそういうことが起こるのです。平気で憲法を次々に破っていくでしょう、それをずっと見逃していた。私たちの憲法に対する愛情、熱意、それから、これは大事なものだと思う、最後に身を守るのは法律ではない、この憲法だという、何かやっぱりこれも新しい生き方を要求されていますよね。
ですから、今日の話は、結局は私たちに新しい生き方をしろと。それが実は言論の自由をつかむ正道であると。私はまとめるのは嫌いですが。ただ、不満があれば、新聞と雑誌の違いだけが強調されたのです。しかし、同じところがあるはずなのです。そうでなければ言論の自由とは言えないはずですから。何か新聞と週刊誌の違いだけが......。これはすごく勉強になったし、面白かったのですが、その違いを越えて、週刊誌でも新聞でもこれだけは外せないというものがあったはずです。これが出たら最高のシンポジウムでしたね。以上です(拍手)。
(梓澤) 私の最後の2分間の発言の前半は暗くネガティブに、後半は明るく行きたいと思います。
前半暗いというのは、皆さん、今日のお土産にアラビア語で「リエシュ」という言葉を持ち帰ってください。これは英語で「Why」、日本語で「なぜ」という言葉です。イラクで人質になって帰ってきた高校生の今井紀明君、18歳。高校は卒業したのかな。今井紀明君が、あのぐじゃぐじゃにメディアにたたかれた記者会見の席上で伝えた、大事なメッセージなのです。たたかれたというのは、雰囲気がですよ。
彼を取り囲んでイラクの民兵が「ジャパニーズ・アーミー・リエシュ」と問いかけたのです。「なぜ日本の軍隊が」と。これはすごく悲しい響きを持っていませんか。つまり、おれたちと同じ褐色の肌をした、あるいは黄色い肌をしたおまえたちの軍隊が、なぜおれたちの兄貴、子供、娘を殺す米軍の軍隊を運ぶのだと。「ジャパニーズ・アーミー・リエシュ」。この言葉のメッセージを、日本のメディアは本当に隅々まで伝えたでしょうか。私は、それは十分ではなかったと思います。
もう一つ伝えていないことで、今年3月3日に起こった象徴的な出来事があります。一つは、国家公務員の社会保険庁の職員が、休日に赤旗の機関紙号外を 50部まいたということで逮捕されて、6か月間拘留されたということです。身柄拘束された。もう一つ同じ日に、立川テント村というところで自衛隊の職員の宿舎にビラをまいたら、住居侵入で逮捕された。同じ日です。3月3日。これこそまさに"People's Freedom"。今日おいでになった大きなメディアの人たちが共有すべきというよりは、根拠とすべき人民の自由が、まことに権力によって侵害された。
私は、ジャーナリズムを語るということは時代を語るということだと思います。大きく見れば、今の時代は、真っ逆さまに坂を転げていく時代だと思います。私たちが踏ん張らなければ。今日来た早稲田の学生、それこそ昔の言葉で言えば学友諸君、学生の人たちがもしジャーナリストを志望するのだったら、おれこそが真実を伝えるぞと、おれは踏ん張るぞと。
もし就職した大きなメディアがだめだったら、私はもう一つ明るい希望を語りたいのですが、韓国であれだけの困難を経てノ・ムヒョン政権を守りきったのはインターネットです。インターネットで500万人の市民の記者が書き込んだ、その力がノ・ムヒョン政権を誕生させ、維持させているわけです。もし大きなメディアに希望が持てなければ、私たちの手で、市民の手で、ピープルの手でメディアを作る時代だと、そのように希望を語りたいと思います。ありがとうございました(拍手)。
(元木) 有名な話で、もう皆さんご存じでしょうけれども、第2次世界大戦中、言論統制を進めていた官庁、内閣情報局というものがあって、そこの幹部が新聞記者の人たちを集めてこう言ったといいます。「今の世の中というのは大変に言論の自由があって、大変素晴らしい。おまえたちはこの言論の自由を謳歌して、いろいろなことをどんどん書け」と。戦時中です。そのときは国家総動員法、それから治安維持法があって、どんどん投獄され、中には殺されていく人たちがいた。そういう中で、権力を持っている側は、言論の自由はいっぱいあるではないかと。
しかし、この話を昔聞いて、今思い起こすと笑っていられないですね。もうどんどんそういうふうになって、言論の自由というのは、権力を持っている人たち......、私は今の小泉政権、小泉さんという人が個人的に大嫌いです。あの人のいちばんいけないのは、国民に対して説明責任を一つも果たさないことです。こういう人をトップに持っている我々の不幸。私は個人的にですが、Webで「週刊小泉純一郎」というものを2週間ぐらい前から始めました。これは小泉さんの嫌いな人だったらだれでもいいから、毎週ではなくて、このところは毎日更新して書いてもらっています。
日曜日、もうすぐ選挙があります。どこに投票するかというのは皆さんの自由ですが、やっぱりメディアもそうですし、我々日本人がものすごく大きな曲がり角に来ている。そういうことを考えて、ぜひ投票に行っていただきたいと思います。ありがとうございました(拍手)。
(猪瀬) 先ほど井上ひさしさんが、否定ということと肯定ということがあるとおっしゃっていて、否定だけではなだめなのだと。実は「日刊ゲンダイ」という新聞は、だめだだめだと書いてある。これはいいのですよ。酔っ払って疲れて長い通勤電車で帰るので、「日刊ゲンダイ」を読むと「ばかやろう」と叫びたくなる、それでいいと思うのです。「日刊ゲンダイ」はそれが商売だからいいのです。でもそれだけでは言論表現の自由という権利を行使したことにはなりません。一般的にすべての今の週刊誌や新聞を含めて僕がちょっと言いたいのは、だめだだめだと言っていると実は無責任なのです。ではどうしたらいいのだ、あなただったらどうするのだというふうに自分に突きつけていく問いかけを持って初めて、我々は文章表現を含めたいろいろな表現活動をしていくのだと思うのです。
つまり、だめだだめだと言っていても始まらないから、ではどうするのか。あなただったらどうする。あるいはプライバシーの問題もそうだけれども、あなただったらどうする、というふうに常に問いかけが軸になると、単純な否定というのはなくなるのです。こうではないか、ああではないかというふうになってきますから。そういう当事者性を持ってくると、やっぱり外野席から単に批判するということはできなくなる。自分が責任を持って具体的に言論表現を駆使して提案していくしかないということになる。
それと、僕は最終的には政治家も役人も、あるいはいろいろな犯罪者等を含めた人々に対しても、我々が唯一勝てるとしたら、事実をきちんと示すことと、ルールがフェアであるいうことなのです。フェアで、つまり事実を歪曲しない。フェアであることによって、最終的に「ペンは剣よりも強し」ということになるのだと思います。以上です(拍手)。
(篠田) どうぞ。長田さん。
(長田) 本日コーディネーターをやらせていただきました。早稲田大学でちょっと授業を持たせていただいていまして、人間科学部に行っています。そこでいつも感じることは、学生は、本当に1980年代生まれの人ばかりなのですよね。本当にギャップを感じていました。柔道の山下泰裕さんの話をしても、「えっ、何それ。山下さん? 何?」。それで、柔道部ではない人が「はーい」と手を挙げるので、「何ですか」と言ったら、「あのハムの宣伝に出ているおじさんでしょう」と。お中元のときに出てくるハムの宣伝のおじさんだと言われたときに、がく然となりました。皆さんの先輩になりますが、山下泰裕、瀬古利彦といったときに、私はもうイメージがあって、次に話をしたいというときに、ああ、手が届かないのだなということをすごく感じていました。
言論表現委員会の末席におります。そして、私はこの会を早稲田でやりたいと提案しました。早稲田でやることにおいて何かを伝えられるのではないか。いままでは、市ヶ谷にある公共の私学会館でやっていました。それではだめだと言ったのです。
本当に暑く、今回条件が悪かったと思いますが、今日はやってよかったとコーディネーターとして長田は思っています。これからも早稲田でやりたいと思っています。皆さん、どうぞ来てください。なかなか条件が、寒かったり暑かったり、ここは大変なのだと思いますが、それでも来たいと私は個人的に思います。皆さんにも後で意見を聞きたいと思いますが。1回めなので、人数的にももっと来てくださるかな、上がいっぱいになってしまったらどうしようという議論があったのですが、まあいろいろあります。しかし、この火を消さないでいきたいと、思いますよね。
パネリストの皆さん、本当に忙しいのに、よく出てきてくれたと私は思っています。実に力いっぱい話をしていただいたし、何かを伝えたいというものがありありでした。この熱気の中で、これは温度が高いだけではなくて、やっぱりここは異常に熱いですよ。その中で伝えようと思ったことは非常に貴重だと思います。コーディネーターという立場で皆さんにもお礼を言いたいと思います。今日はありがとうございました(拍手)。
(篠田) 早稲田大学はいろいろな外部の人との市民講座みたいなことをやっていて、筑紫哲也さんとか田原総一朗さんとかが来ていまして、例えばこういう木俣さんみたいな当事者の人が来て、メディアどうしということはもちろんですが、視聴者とか読者とこういう平場で話すというのはすごく大事なことだと思うのです。ですから、そういう意味では、こういう試みをもっと増やしていきたいなと思います。
それから、今日のまとめというほどではないのですが、先ほど清水さんが週刊誌について、自分の持っている影響力と、それを作っている人間の認識にギャップがあるとおっしゃったわけです。先ほどの清水さんの意味とはちょっと違って、私は業界の人とよく話をしていて、テレビの人たちにすごくそれを感じるのです。テレビの影響力はものすごいのですが、作り手の側にそのことへの自覚が希薄だというギャップをすごく感じて、やっぱりそれはメディアをやっている人間がすごく自戒しなければいけないことだなと思って先ほど聞きました。
今日いろいろと問題点が出たことも含めて、今後もこういう機会を作っていきたいと思います。今日は大変暑かったですが、いい議論ができたと思います。どうもご協力ありがとうございました(拍手)。
(長田) ありがとうございました。
(了)


