●「いま『戦争と平和』を考える」( 第2回 )
日本ペンクラブ 講演会
2003 年 1月11日(土) 日本記者クラブホール(内幸町 プレスセンタービル)
平成15年1月11日。今アメリカがまさにイラクの攻撃を決定せんというこの時期日本ペンクラブは、1年前の開催に引き続き、日本記者クラブで「いま『戦争と平和』を考える」をテーマとした講演会を、再度催した。
講演会は2部形式で、第1部で梅原猛会長、井上ひさし副会長、三好徹副会長が講演を行い、第2部で阿刀田高常務埋事、新井満埋事、松本楕子埋事、米原万里埋事の4名によるパネルディスカッション、そして最後に加賀乙彦副会長がまとめと日本ペンクラプの立場を述べ終了した。総合司会は高橋千劔破理事がつとめた。
なお、今回の講演会には、500名を越える申し込みがあったが、急の開催決定だったため、300名収容可能の会場しか取れなく、残念ながら大勢の方にお断りのお知らせを出すにいたったことも、併せて報告しておく。
以下は講演内容の抜粋要約である。
〔第一部講演〕
「ブッシユ政権とはなにか」・・・・・井上ひさし
私はこれからブッシュ政権を批判しますが、これは決してアメリカ人を批判しているわけではありませんので、そこのところは、はっきり区別しておきます。そして今日は、自分の意見はあまり言わずに、事実のみをお話ししたいと思っています。
まず、アメリカの国力が強大であるということ。アメリカの人口は2憶5干万人で、これは世界の人口の4.5%ですが、世界の総生産の33%はこのアメリカが占めています。軍事支出も勿論トップで世界の39%、これは2位から11位までの軍事費の含計とほぼ等しい額です。そして二酸化炭素の排出量は世界の 25%。また、遇去25年間のノーベル賞自然科学分野三賞の受賞者は、アメリカ国籍を持つ人が75%を占めています。世界の映画興業収入の50位までは、すべてアメリカ映画です。
では、そのアメリカが国際社会にどれくらい責任をしょっているかといいますと、何もしていないと言っていいぐらいで、これはレーガン政権の時代から始まったアメリカの一つ大きな特徴であります。例をあげますと、国際連合を運営するために必要な費用の分担金ですが、アメリカは25%と決められているのに、ずっと負担全を払っていません。しかしアフガニスタンを攻撃するときだけは、さすがに4憶ドルぐらい払いました。これは、国際連合の承認が必要だったからですね。つまり、自分の都合のいい時には払うというわけで、実は国際連合をかなり無視していると言っていい。アメリカが払わない分はどうするかというと、2位(18%)の日本以下が再分担して埋めているのです。
今世界中が、それが出来たほうがいいと言って、推し進めている計画の一つに、戦争犯罪を裁くための国際刑事裁判所がありますが、アメリカはこの設立を頑強に拒否しています。地球温暖化防止のために、世界の二酸化炭素排出量を決めた京都議定書からも、アメリカは石油業界の圧力で離脱を宣言しました。対人地雷全面禁止条約も拒否しています。自国を守るためにいつ地雷を埋めるかわからないから、というのがその埋由です。包括的核実験禁止条約も一方的に破棄しました。つまりアメリカは、ワシントン政府の行動の自由を制約するようなものはすべて敵対行為とみなすと言っているわけなんです。ョーロッパではこれを、単独行動主義と言っています。それから、これは去年の6月1日ブッシユ大統領が演説の中で初めて発言した考え方ですが、先制的自衛権というのもあります。これは、攻撃を受けなくても独自の判断で先制攻撃ができるという、もうメチャクチャなものです。
現在世界で確認されている石油埋蔵量は1兆バーレルだそうですが、その65.3%は中東5カ国に集中しています。北米は6%しかありません。ここからは私の意見になりますが、ブッシュ政権は、自分たちの生き方を支える石油を安定供給するため、中東に親米政権を立てたいと思っているのではないか。ケニアのモイ大統領が女性向けのセミナーでとてもいいことを言っています。「あなた方はもっと多くの事が出来るはずだし、もっと多くのものを手に入れられるはずです。しかし知性がないからそれが出来ないのです」このあなた方にブッシユ、あるいはワシントン政府を当てはめてもいいですね。アメリカの単独行動主義はトルーマン以来ともいえます。日本に原爆を投下したことについてローマのピオ12世が猛烈な抗議をしたところ、彼はこう答えています。「畜生を相手にしなければならない時は、相手を畜生として扱わなければなりません」
そういう国にどうやったら歯止めをかけられるのか。どうやってうまい具合にブレーキをかけるかが、これからの世界の分れ道だと思います。
「戦争とマスコミ」 ・・・・・三好 徹
マスコミといえば、やはり新間とテレビが大きな影響をもつといえますが、私は主として新聞のことをお話ししたいと恩います。日連難民高等弁務官・緒方貞子さんの義父の緒方竹虎さんは政治家であり、その前は朝日新聞の論説主幹でしたが、昭和28年頃戦前を回想してこんなことを書かれています。「もし日本の新聞が、あるいは新聞人が一致協力して、戦争へ進んでいく日本の方向に対して多少とも異議を唱えていれば、今日のこういう事態(太平洋戦争で大勢亡くなったこと)はなかったんではないか。それが出来なかったのは、ひとえに言論の自由がなかったからだ」
では、その言論の自由というのは何かという問題ですが、一つの例としで申しますけれど、昭和19年の2月ですが、毎日新聞に新名丈夫という記者の「竹槍では間に合わない」という原稿がのりました。これは、いわば陸軍を批判したことになりますから、当時の首相、東條英機が烈火のごとく怒りまして、新聞を発禁しろと騒ぎました。そして、それが無理とわかると、今度は38歳の新名さんに召集令状を発し、戦場へ送ろうと企てます。地元の連隊では、その歳では無理だろうと帰京させました。すると首相は、では同年のやつをみな集めて硫黄島へ送れと無理難題を押し付けます。入営させられた250人ですが、結局はやはり使いものにならないということで召集解除にはなりましたが・・・。
戦前は、新聞に対する当局の力というのが絶対のものでありましたから、国家に対して少しでも批判的なものを書けば、新聞であれ個人であれ、法律によって処罰されました。それでも明治の初め頃から、抵抗の歴史はありました。末広鉄腸という人は「政府を批判すれば、捕まって獄舎につながれてしまうことがわかっているのに、なぜ書くのか」と言われ「捕まるとわかっていようが、言うべきことは言うのが新聞人である」と言って書き続けています。ですが、現実の間題として、当時は生命の危険はありませんでした。ところが新名さんの時代になると、死ぬことが確実な戦場に送られるとか、新間が発禁になるとかありまして、緒方竹虎さんの言ったようなことは、現実には難しかったかもしれません。
しかし、そういう中でも見事に抵抗した方もいらっしやいます。昭和7年に、5.15事件に対して『福岡日日新間』にいた菊竹六鼓という人が、脅追され続けながらも軍部を批判する記事を書いています。友人や家族に「本当は怖いんだけども、そういった自分の怖がる卑怯さを笑いながら、自分は一生懸命書いているんだ」と手紙を残しながらです。『信濃毎日新間』の桐生悠々も、昭和8年「関東防空大演習を嗤う」という、陸軍をこけにした論説を書いて、陸軍から猛烈な圧追を受け、結局は退社に追い込まれました。このように個人的に反戦、反軍をやってきた人はいます。しかし新聞というのは企業となってしまうと、販売方面からも攻められれば、限度があり、最後まで会社あげての抵抗というのは出来ません。現在はそういったものを取締まる法律はありませんが、政府はまた個人情報保護法案を出そうとしています。
テレビのことで少し言いますけれども、テレビというのは、その映像自体が、作られたものであるのに、作られたものであるとわからぬまま報道されている。そこに、私は非常に危険なものを感じます。作られた映像が、あとでそれは嘘であったと暴露される例はよく聞きます。またワシントンで10万人の反戦集会・デモがあっても、日本のテレビも報道もほとんど伝えないといった現実もあります。
では、文章を書いて生活をしている人間が、こういう時代にいったい何が出来るかと考えるんですが、これはまた結構難しくて・・・。まあ、こういう会を開くとか、いろいろな形で我々の思いを伝え、皆さんと考えたいと。そういう活動を理解していただけるとありがたいと思います。
「いま平和を守ることの意味」 ・・・・・梅原猛
日本ペンクラプ主催による「いま『載争と平和』を考える」という講演会は、一昨年の暮れに1度開催しましたが、もう1回やってくれという声が多く、若い人の意見も間きたいと言われまして、それは第2部でお聞きすることにいたしまして、早速私のお話を始めたいと思います。まず、北朝鮮のことを話します。たしかに拉致したのは事実ですし、北朝鮮は悪い。悪いんですけど、私はこのニユースを新間やテレビで見ますと、日中戦争の前にそっくりだと思うんです。毎日、中国が悪いことをしたとか、そういう記事がのっていて、それを擁護したらもう生きていけない・・・。日本も悪いことをしたんです。北朝鮮は今、金正日さんを神様にして、神様のために死ねと、戦前の日本の天皇制と同じことをやっていますが、そこで私は考えました。「マルクスは診断は合っているが、処方箋は間違っている。マルクス主義の悪い面が出てしまったのだ」と。それにしても、北朝鮮は追い込まれています。追い込まれると、窮鼠猫を噛むということもありますから、テポドンが日本に落ちるかもしれない。これを政治家は、真剣に考えなくてはならないけど・・・。
私は、軍部のメンツで戦争を起こした日本人を考えると、日本は馬鹿だったと思いますし、アメリカもアメリカで悪かったと思います。原爆で20万人以上人を殺し、東京大空襲でも10万人殺して、ちっとも反省しないんですからね。戦後、目本人は余計にアホになった。そして戦争直後は寛容だったアメリカも、今はもうあの時の寛容さはなくなっています。私は、なんか恐ろしい時代に世界は入って行くと・・・。
私は戦争の被害を体験している世代です。その立場で言うんですが「戦争は嫌いや!」どうして人間は戦争するんでしょうね。私は運動神経がにぶいので、教練の先生にいじめられ、サーベルを口にくわえさせられたこともありました。実にいやなものですよ、あれは。高等学校(旧制)1年のときは、毎日毎日「死」のことを考えて過ごしました。つらかった。高等学校2年のときは、動労動貝で名古屋の工場に行きました。その時のことですが、たまたま自分が入っていなかったその日に、私が入るはずだった防空壕を直撃弾が襲うということがありましてね。友人たちがたくさん死にました。その光景が焼きついてるなぁ。私は、こんなに悩んでても仕方ないからと、特攻隊になる試験を受けたんです。口頭試問で飛行機の名前が言えず、落とされましたけど。とにかく、戦争はいやです。日本が明治以来たどった戦争の道はとるべきではないと。
日本の良さはね。平安時代350年戦争がなかったこと。徳川時代も250年戦争がなかった。やっぱり、日本の伝統は平和国家ですよ。それを守るべきです。だけど、おかしくなってきている。愛国心についても考えなくてはならんけど。だいたい、政治家が悪いことばかりしている。ほんとにいい政治をしたら、みんな国を愛するようになりますよ。私は、政府が大政翼賛会みたいになってきているんで、それに対してペンクラブとして言うべきだと思ったんで、いろいろ声明も出して来たんです。
文学は、そういう間題を受けて素晴らしい文学を創る、それが大事なんです。最近、大庭みな子さんが書かれた著書で「浦安うた日記」(作品社)という素晴らしい作品があります。大庭さんは、14歳のときに呉にいたんです。広烏に手伝いに行った。あの原爆の落ちた町のあとで、みんなが苦しんでるとこに手伝いに行ったそうです。著書の中で彼女は、原爆のことや人間魚雷のことや、いろいろなことをお書きになっている。これは絵日記の形ですけどね。絵日記は日本の文学の伝統ですが、これはやっぱりいいですね。私も、最近また、狂言を書きました。題は「王様と恐竜」(集英社から四月に出版予定)。大統領じや差し障りがありますんで、王様にしたんですけどね。金も水爆も正義も手に入れたトットラーという王様がね。どうも最近経済がよくないし、賄賂をもらっているのも公になりそうだってんで、世論を他に向けるには戦争がいいと、自分に従わない国をやっつけようとするんですが・・・。
これは、私の時代に対するわずかな抗議でもあるわけです。いい作品は時代の危機に生まれてくるんです。世界の危機に対して、作家は自分の作品で答えるべきだと思います。
〔第二部 パネルディスカッション〕
◎ テーマ 日本の現状を考える
パネラー 阿刀田高 新井満 松本楕子 米原万里
新井 私は、98年の長野冬季オリンビック大会で開会式と閉会式のイメージ監督をやったんですが、そのときオリンピックのテーマとして「愛と参加の長野五輪」という言葉を考えました。私が書いた式典シナリオの中に一番こめたかったのは、この式典を単なるお祭りに終わらせたくない、メッセージ性の強いものにしたい、とりわけ平和を希求するメッセージを屈けたいということでした。そして、開会式には聖火ランナーとして、自らも地雷で足をなくし、現在は対入地雷の撲滅運動で世界的に高名な義足のランナーであるクリス・ムーンさんに走ってもらったり、ベートーベンの第九の歓喜の歌を世界5カ国で合唱したりしました。そこで閉会式ですが、5万人のお客様と一緒に、日本の唱歌「ふるさと」を歌うことにしたのです。
《ここで当目の閉会式の映像が、スクリーンに7、8分間上映された》
その中で司会の萩本欽一さんが、ある宇宙飛行士の言葉を述べる「最初の一目、二日はみんなが自分の国を指差した。三日目、四目日になるとみんなが自分の大陸を指差した。しかし五日目になると、私たちの念頭には、たった1つの地球しかなかった」
私は、ふるさとを共に歌うことによって地球上に生きる60憶の人々の心の内に、平和という目に見えない橋が架かったらいいなあと思ったのです。ちなみに、ある宇宙飛行士って、どこの国の人だと思いますか。意外なことに、サウジアラビアの人なんです。
米原 戦争と平和を考えるとは言ってますけど、私は、最近の戦争といわれるものは、本当は戦争ではないと思っているんですね。戦争ならまだいいと。ベトナム戦争では、反撃能力がない国を一方的に攻撃するという形でしたし、湾岸戦争もそうでした。30万人の市民が殺され、今も多くの人たちが後遺症で苦しんでいます。そしてどちらの国も、一発たりともアメリカ本土を攻撃したことはありませんでした。
有事立法というとき、我々はすぐ、自由が侵される、戦争に動員される、あの時もひどい目にあった、と記憶を結び付けますけれど、今の戦争の怖さは、先進国と発展途上国の差があまりにもあるため、一定の自由を謳歌している国が、残酷な戦争をやり続けられるということなんですね。そういう所から私は、今の戦争が、ある意味で戦争ではないと。単なる鎮圧だ、と思っているのです。
阿刀田 人には、向き、不向き、というのがありまして、実はこういう問題を考えるのには、私はあまり向いてないタイプだと思うんですが・・・。しかしアメリカが戦争をおこそうとしている・・・。では何をしたらいいのか、ということになりますけど。私は、そうですね。いつも出来るだけクールにして、静かにきちっと現状を見て行くということだけはやって行きたいと、いつも考えています。
私が去年の暮れから考えでいることは「ああ、これはいよいよ覚悟しなくちやならんな」ということです。私は意気地無しで、暴力的なことはみんな嫌いなんです。平和を愛しているんです。日本の多くの人たちも平和を愛してはいるんだろうけど、このごろ何だかアメリカ寄りになってきて、有事法制なんかに傾いているんじゃないかと私は見ているんです。
ですから私は、「いかなる状況においても戦争はしない」とまず日本人が気待ちを固め、一つのモデルを作って、それを世界の世論に広げていくべきではないか、と思っております。とはいえ、軍備に頼らず、平和を守って行こうというのは、それなりの覚悟をしなくてはならない。いいことずくめはありえない。平和を選んでも危険は十分にある。そのための覚悟ですね。
松本 9.11 アメリカ同時多発テロの時、私はカナダにいました。その日はずっとアメリカのテレビを見、翌日はアメリカとカナダの新聞を読みました。新聞は過激な論調で、中には「パールハーバーアゲイン」なんて見出しもあったほどです。このとき私は、極東や中近東の人たちは、北米人から、キリスト教徒でないということだけで、神や道徳を信じない人と、一種の偏見で見られていると感じました。帰国するときの飛行場では、白人でないというだけで、徹底的に検査を受けました。靴下も脱がされ、化粧品も1つ1つ点検されました。戦時には、こんな差別のようなことが起こるんだなあ、と痛切に感じたわけです。
帰国しましたら、アメリカの友人からメールが来まして、シカゴ大学のホームページ見てくれ、とありましたので、そうしましたところ「テロには断固反対するけど、アメリカ政府の報復攻撃にも反対」とあり、「賛成の人は署名して下さい」とあったので、署名をしました。一週問後にまたメールが来まして、この6 日間で50万人の署名が集まった。そして、この署名は、プッシュ大統領や国連のアナン事務総長などへ送った、という報告が来ました。私はそれ以後、反戦運動を展開しているこの市民団体のメーリングリストに参加して、アメリカの動きも見守ってます。
米原 テロはたしかに悪い。何の罪もない、無垢な市民をいきなり襲うわけですからね。でも、こうして、なんだかんだと理由をつけて、まったく反撃能力のない国をつぶし続ければ、そう国はテロという手段しか、恐らく残っていないんだと思うんですね。ですから、こういう体制を続けていけば、今後いろんなところで起こってくると思うんです。ところが、そういう政府を選挙で選んだのは、民主主義を謳歌している国の市民であるという一面もあるんですよね。ですから、先ほど無垢な善良な市民がいきなり襲撃されると言いましたが、100%そうでもないんですね。日本も、憲法というものが、参戦しない最後の貞操帯の役目を果たしていたのに、それを何とかとっぱらおうとしていますから、危ないと思いますね。
松本 今、有事法制に関連する法案が出ていますけど、私もやはり、国民一人一人が、日本は全世界で最も進んだ平和憲法を待っているということを自覚することが、大切だと思います。法案の特徴について大まかに申しますと、有事の際、国民が徴用され、協刀を強制される。必要なときは土地財産が没収され、通信ばかりか、思想信条の自由まで制限されるようです。今私たちがやらなくてはならないことは、そういう法案の中身をよく理解し、きちんと反対していく。今回のイラク攻撃についても、アメリカの軍事行動は報復戦の連鎖反応しか招かないということを白覚して、世界に向けて、戦後、日本の軍隊が外国人を一人も殺してこなかったということを、もっと大々的にアピールしたいと思います。
米原 ただね、民主主義国家においては、今の生活が楽しけりゃいいやと考える人の一票も、それは駄目だと思う人の一票も、同じ一票なんでね。なかなか動かないんですね。
松本 多様な意見があるのが民主主義の利点だと思うんです。平和のために有事法制が必要だと考える人も、会場にいらっしやるかもしれません。
米原 有事法制に全然関心ない人もいっぱいいるわけですよね。というより、圧倒的な人が無関心というか。でも、その無関心の傾向にも一つの転機があったと思うのはベトナム戦争のころで、あのころは多数の日本人の意識が、爆撃を受ける側にあったような気がするんです。ところが、今の日本人は、たとえばイラク、アフガンで空爆下に、おぴえる人々ヘの想像力がなくなっているんです。ニューョークの同時多発テロで傷付けられたり、亡くなった人々ヘの想像力はすごく働きやすいんですけど。
松本 やっぱり、圧倒的にアメリカ発の情報が多いんですね。米原情報も、単なる数字ではなくて、心と頭を動員させて知らせる情報というのは、やはり文学なんですよ。文学作品の翻訳も、資本主義の国だから、やっても商売にならないからという理由で、圧倒的に先進国偏重なんですけれども、もっとアフガンやイラクや、空爆下のことじやなくてもいいですよ、その人たちの日常でも。そこに、私たちと何にも変わらない人間が生きているということを知らせることが出来れば。それが、文学の役割だと思うんですね。
阿刀田 私たちの決断は、70の良きことと、30の悪きこと、まあそういう情況では迷いませんが、51対49といった極めて微妙なところで、いつも悩まされているんだと思うんですね。しかし、そんな時にでも、やっぱり自分は人を殺すようなことには絶対加担しないとか、自分が信念を持てるようなことが皆あるわけで、それが大事なんじやないかと思うんです。
新井 私も、文学のカは、そう見捨てたものではないということを申し上げたいんですが、今日私はここに「木を植えた男」という絵本を持って来ました。これは、何 10年間も1人の羊飼いの老人がドングリを植えつづけて、とうとう荒地だったプロバンスを緑の大地に変えてしまった、そういう感動的なお話です。物語の最後に作者はこんなふうに結んでいます。「戦争を起こして、すべてを破壊つくそうとするおろかな人間がいる。一方で、名誉や報酬をいっさい期待しないで、ただひたすら木を植え続けた、このような神のごとき人間もいたのである」と。
《司会1・それでは最後に、昔さんから一言ずつまとめの発言をお願いします》
阿刀田 ペンクラブのような文学者の団体があって、政治的ないろんなことに対して、良心に基づいて発言をしていくことは、とても大切なことだと強く考えております。私は執行部に属しておりますが、なぜ執行部におりますかというと、私、財政担当なんです。ペンクラブというのは、皆さん志の高い人が多いもんですから、どんどん志が高くなっていってしまって、十分に大切なお金のことに関しては...ちょっと弱い。私は、この団体が存在することが大事だと思いますので、財政面で頑張ってます。世界に平和を訴えるためのカンパなどを考えてますので、その節はよろしくお願いします。
松本 1 月18、19日に日本とワシントンで、イラクへの攻撃をやめようという大規模なデモが行われる予定で、これはもしかしたら100万人くらいになるかも知れないということです。さて、そのデモが日本の新聞・テレビで報じられるかどうか、皆さん注目してみてください。市民の反戦の動きを、もし日本のマスコミが報じることが出来なけれぱ、私たちの未来はかなり暗いものではないか、という気がします。そして、私たち日本人も、新聞を読んだりテレビを見たりして、今の日本の政府に対して、わからないなりにも、御家族で話をなさってみるのがいいのではないかと思っています。
米原 実は私、物書きになってしまったら、動かないもんですから20キロぐらい太ってしまったので、こういう伸ぴる服ばっかり着てるんですね、最近。そういうわけで、私にとって一番向いている戦い方っていうのは、ハンガーストライキなんですが(笑)。それはともかくとして、先ほど私が言った「今のは戦争ではなく鎮圧だ」という話なんですが、ある雑誌の連載コラムに書こうとしたら、70%書き直せって言われたんですね。それで、私降りたんですけど。物を書く人が、本当に遠慮して物を言えなくなるというんじや意味ないですからね、私はこれからもその姿勢を貫きたいと思います。
新井 「木を植えた男」の映画を持ってきましたので、ちょっと見てください。
《ここで、その一部を数分間上映》
私は、この話に感動して南仏プロバンスを訪ねて、紀行文集まで出したんですけど、現地で未亡人に「本当にあった話なんですか」と聞いたところ「あれはまったくの嘘です」て言うんですね。しかしですね。その作品がフィクションであるかノンフィクションであるか、そんなことは問題じやない。大切なことは、そこに真実があるかどうかなんです。私たちは、その真実に感動するんです。木を植えることは素晴らしいんだよということを、ペンという方法で世界に知らしめた。それは、心の荒野に木を植えたということではないでしょうか。何かいいことを訴えるときには、心の中にイマジネーションさせないと人間は動かない。イメージ出来なかった人は、木も植えないし、井戸を掘ったりもしないんです。戦争がいかに恐ろしいか。乎和がいかに大切か。そういうことをイメージさせるペンの力を忘れてはいけないと思うのです。
〔総括〕
「まとめと日本ペンクラブの立場」・・・・・加賀乙彦
今日の話を総括するのは難しいですが、イラクヘのプッシュ政権の攻撃が始まりそうなので、とにかくそれはやめてもらいたいという気持ちは、お伝え出来たと思います。今、新井さんが言われたように、心に平和の木を植えていきましょう。今日300人の方がお帰りになって3人の方に平和を話せば、どんどん木はふえていくのだろうと思います。それから、先ほど米原さんが「これは戦争ではない」とおっしやいましたが、私もそう思います。
テロリストを僕滅する。つまり、アフガニスタンでビンラディンを探すという名目で一方的に攻撃する。ビンラディンはどっかに行ってしまいまして、今度はフセインを追い出すって言って、フセインはどっかに逃げて行くわけでしょうが、そういうふうにして次々とテロリストがどこかの国に逃げて行くと、世界中の国を攻めなくてはならなくなります。そういう風な馬鹿げた戦争は繰り返してはならないということを私たちは発言したいし、言いたいと思います。
あのパールハーバーのとき、日本軍はアメリカ人を二千数百人殺しました。そして、そのあと日本人は、アメリカ軍によって350万人殺され、最後は原子爆弾で一般の人も大勢殺戮されました。原子爆弾は一応、軍事施設を目標に落とすということだったらしいんですが、実際はそうではなかった。同じことが、ベトナムでも起こり、アフガニスタンでも起こり、今度はイラクでも起こるでしょう。私たちは、原爆の体験からそれがわかるんです。私たちはその経験を忘れてはいけません。これで集会は終わりますが、どうか皆さん、平和の木を値えましょう。
※ ※ ※ ※ ※
反戦の署名をしてその運動を盛り上げようとする人もいれば、遠慮せず物が言えないならと連載を断ってしまう人もいる。自分は自分の形で戦うという立場から、組織を運営する裏方さんへ徹する人もいる。そして、壇上で発言する人がいると思えば、それを聴くために集まる人もいるといった具合で、皆それぞれの立場で、意識を高め、反戦の誓いを貫こうと、気持ちを新たにした一日だった。筆者も、拙いながら、この日のことを記録にとどめるという役割を無事終了し、私なりの参加が出来、ほっとしている。
文 = 広報委員会委員 ととり礼治


