●日本ペンクラブ・京都フォーラム 第22回WiP(ライターズ・イン・プリズン)の日
文学の力、表現の冒険
日本ペンクラブ獄中作家委員会(Writers in Prison Committee)
2002年10月6日(日) 京都会館 第二ホール
2002年10月6日(日)午後1時から、京都会館第二ホールにて「日本ペンクラブ・京都フォーラム」第22回WiPの日が開催された。テーマは「文学の力、表現の冒険。」
すでに開場前から、来場者の列が出来、若い人達の姿もちらほら--。さすが京都は文化都市との声が関係者からちらほら聞こえた。
今野敏WiP副委員長の開会宣言の後、梅原猛日本ペンクラブ会長から挨拶「日本ペンクラブは言うべきことは言う自由な団体」であることを強調、「獄中作家という名称は獄に入ったことのある作家の集まりであるとの誤解を避けるためにWiPと称した」との説明があった。続いて、京都市の高木壽一副市長からの挨拶「小学生、中学生、高校生と年齢が上がるにつれ、一月に一冊も読まない児童、生徒の比率が高くなる」というデータに触れた後「文学は権力者が、作家を獄に閉じ込めなければならなくなる程、強いものであるから、ぜひ多くの人に読書に親しんでもらいたい」、さらに森詠WiP委員長からは「文化の中心、京都から世界に発信」とのメッセージがあった。
高橋千劔破、新津きよみ両氏の司会により、いよいよ本番。
[津軽三味線演奏 佐藤通弘]
先ずは、斯界の第一人者ともいうべき佐藤通弘氏による津軽三味線の演奏。「じょんがら節」の演奏の後で佐藤氏は、「最近、津軽三味線が若い人達から注目を集めているが、その魅力は、即興演奏すなわち一人一人自分独自の演奏を持ち、師匠と同じではいけないということ。また、同じ曲でも毎日、毎日演奏方法が違う」という貴重なお話を。その後で、「津軽音頭」「にかた節」の演奏が続いた。
[対論『縄文人から見た人類の未来』 梅原猛・阿川佐知子]
作家には変人が多い、という梅原会長。阿川氏も父君、弘之氏と吉行淳之介氏、遠藤周作氏、北杜夫氏らとの交流にまつわるエピソードで「作家の変人」ぶりをユーモアたっぷりに紹介した後、本題へ。「私は縄文人」という梅原会長は、先ず、人によって演奏の仕方が違う「津軽三味線」はそれぞれ形が違う縄文式土器と共通するものがあり、「縄文的な文化」であるとし、弥生文化が「均整のとれた、製品的に優れているが、皆、同じであるのに対して」、縄文式文化は、
「自由で一つ一つが違い、個性的である」とその違いを述べた。梅原氏は、縄文人の信仰についても触れ、「死ねばあの世に行き、やがて誰かをこの世に返す」すなわち輪廻思想があること、生前に良い行いをした人ほど、早くこの世に返して貰えると信じられていたことを述べた。さらには、縄文人の自然観について、阿川氏が、アイヌ人は鮭を四匹捕まえると、一匹は川の神、一匹は森の神、一匹は大地の神に捧げ、一匹だけを自分の家族のために持って帰るという話を紹介すると、梅原氏は、そのようなアイヌ人に縄文文化が残っており、木を一本切ると、一本植えるというように、全て自分のものにするのではなく、自然に返してあげるということ、自然と一体となって生きているという意識が縄文文化にはあったことを述べた。それに対して、農耕文化である弥生文化は、森を切り開いて、田や畑を耕し、自然を破壊してきたが、近代以前にはまだ多少なりとも「縄文的」な発想が残っていた。それが、明治以降になると「縄文的」な考えは極端になくなって、現在に至っていることを指摘した。
さらに、日本人の「神」に対する考え方にも及ぶ。
阿川氏が「アイヌの神は絶対的ではなく、子供が湖に落ちると、神に向かって怒鳴り、やがて、神を許す」という風習があることに触れ、縄文人は、人と神とがある意味では対等でもあったと述べると、梅原氏は日本は明治になってから八百万(やおよろず)の神々であったものが、天皇一人が神となり、それが天皇に対して、非常に気の毒であったことを強調。昭和天皇が実は「諫早湾の干拓」には反対で、それを表した歌も詠んでいたという秘話も紹介した。
阿川氏が、華道の先生から聞いた「どんな雑草にも神が宿り、生け方に人生を託して、畏敬の念を持たなければならない」という話にも触れ、梅原会長も「昔のままの信仰に戻るべき、海や山にも神がある」という意識、つまり人間は自然に対する畏怖を忘れてはならないと強調。さらには、明治時代の「神仏分離」は、神仏が共存した日本人本来の宗教に対する寛容さも否定することになったこと、正月には神社へ参拝、法事は仏式、クリスマスも祝う日本人の「いい加減さ」はむしろ誇りにすべきことであり、多神教の寛容さを国際社会に訴えるべきであることを梅原会長は強調、カトリックが最近、多神教的になっていることなども紹介した。森の多さは日本の誇りにすべき点であり、これからの公共事業は森や海をきれいにするためという政策でならなければならないと力説した。
最後に梅原会長は、本当は作家志望で、60を越えて芝居を書いて、70を越えて狂言を書いた、今度は80を越えたらば、夏目漱石の「猫」の向こうを張って、「我輩はムツゴロウである」を書きたい。猫は人間のペットであるが、ムツゴロウは諫早湾の干拓などで、人間に虐待された存在であるから、人間に対して、より厳しい目を持っている、とその抱負を語り、対論を終了した。
[鼎談『小説の力、表現の冒険。』 阿刀田高・我孫子武丸・鷺沢萠(進行役)]
「昨年の9・11以来、きな臭さを感じはじめているが、その前に危険を感じたことは」との鷺沢氏の質問に、我孫子氏が「オイルショック(1973年)の時、父親の失業の不安から明日食べられるのかという不安を抱いたが、それ以来」と答え、このような危機の時代だからこそ文学がやるべきことは、という鷺沢氏の問題提起に、阿刀田氏が答える。「文学には他の文化や文明にはなしえない微妙な力がある。それは個人に接して、人の理性と感性に働きかけること。他の文明例えば、制度などは大勢の幸福のためにあるが、文学は一人一人に目を配る。例えば、結婚制度は世界で認められた良い制度であるが、それは飽くまでも制度にすぎない。結婚相手以外の異性を愛するという情熱までも否定したらば、個々の存在はあり得ない。もちろん、倫理に反してはいけないが、情熱までも否定することは出来ない。ああ、わかるよ、という共感も得られなければ」。
我孫子氏は「自分の小説に犯罪を扱うことが多い。犯罪は悪いが、そこへ行くまでの必然性を描き出す、法的なルールでは悪でも、それなりの何かがあったのでは、ということが文学の成しえること」と述べ、さらに「池田小学校の小学生殺害事件は、自分はその上の中学、高校出身なので、なじみがあり、ショックであったが、それによって、ストーリーを考える自分がいた。生々しい事件を扱う上で、気をつけなければならないこともある。マスコミは伝える義務があり、校庭の中に入って、子供たちに質問することもあるが、娯楽小説ではそれが出来ない。人として子供への取材を行っていいものかとも思う。ただ、自分は実際の事件をみると、被害者の気持ちや犯人が何を考えたか知りたい。自分の創ったキャラクターとして事件や犯人を創っていく場合、現実を反映せざるを得ない。ノンフィクションも可能だが、自分は余りやる気がない。ただ、自分のモラルで、ここまではOKだが、ここからは踏み込むべからずと反省しながらやっていかなければならない危険な部分はある」と続けた。我孫子氏は差別表現、残虐表現への抑圧には抵抗がある、とも述べ、言葉狩りをやるよりも思想的な問題の方が重要で、言葉を狩ることによって、差別をなくす本までも放逐しかねないとした。
この後、阿刀田氏は、ストーリーへのこだわりについて述べた。柳田国男が『遠野物語』で昔話は場所、人が不特定でどこにでも伝播するので動物、伝説は場所が特定されているので植物である」と述べたが、それは違うと思う。「隠れた小説家」がいつでもどこにでもいて、いいとこどりを刷る。例えば、大岡裁判で、子供を引っ張りあってどちらが実の親かを判定する話は『旧約聖書』にもある、という例を引いて、いかに人間はストーリーを好んでいたかを説いたが、最近の傾向として、ストーリーの力が弱くなっていることも指摘した。
さらに、最近の文学界の傾向として、日本の小説が長くなっているという我孫子氏の発言も。特撮などの発達により、リアリティーのハードルが上がり、ディティールの水準は確かに上がっているが、もう少し描写が欲しいとのこと。鷺沢氏は、編集する側が長編を求めることがあることも指摘、阿刀田氏も、経済的理由をいえば、大きく投資して大きく儲けるというのが全体的な傾向と述べた上で、日本人が小説と付き合うのは、生活の中で一冊くらいの本が程がいい、もう少し短編の本も出してもらいたいと述べ、「短い分だけ実験が出来る。また,活劇的な小説は映像にはかなわないが、小説ならば文字の楽しさが伝えられる。良い文章で書かれた小説は大切。そこに可能性を求める」ことを強調した。
我孫子氏からは最後に、「テロや殺傷事件について、マスコミは"事実は小説よりも奇なり"とよくいうが、そんなことはない、最近のテロや殺人はフィクションを模倣したようにも見える。とんでもない小説を読んで、それの方がはるかに奇であるということも知っておいて欲しい」。
[世界の獄中作家(政治的な理由などで抑圧された作家、ジャーナリストなど)のプロフィール紹介]
先ずは、宇野淑子氏により、中国のチャン・ウェイ・ピン(姜維平)氏(ジャーナリスト)の詩『故郷の流れる雲よ』の朗読。チァン氏は、香港の新聞に中国官僚の腐敗についての記事を書いて、「国家機密漏洩」の罪で禁固8年の刑を言い渡された。2番目は、茅野裕城子による、ウイグル自治区出身の東大大学院中国人留学生トフティ・テュニアス(托和提)氏へ宛てた夫人の手紙の朗読。トフティ氏は、ウイグル近代史論文執筆に必要な資料収集のために帰国した際、ウイグル独立運動に関与したとされ、「国家分裂煽動罪」などで逮捕され、懲役11年の刑で服役している
なお、トフティ氏の釈放要求の署名は、当日、会場でも行われ、多くの来場者の方からのご協力を頂いた。この場を借りて、御礼申し上げたい。
3番目は夫馬基彦氏による、インドネシアの詩人、グナワン・モハマッドが書いた詩『ザグレブ−グスマオに捧げる』。東ティモールを旧ユーゴに託した作品である。
4番目は園田恵子氏による、社会主義体制を批判し、通算27年の獄中生活を送ったベトナムの亡命詩人、グェン・ティ・ティエン氏の詩の朗読。
最後は、ふたたび宇野氏により、当日会場で配布したパンフレットの表紙にも記された、パレスチナの詩人、ザカリア・モハメドの詩『戦争』が朗読された。
司会の高橋氏から、朗読者4名の紹介も行われた。
[鼎談「いま問われるペンの力」西木正明・芝生瑞和・宮崎緑(進行役)]
宮崎氏が、ジャーナリストとして、パレスチナでの取材体験から、石を投げて抵抗する子供たちが14歳になるとプロのテロリストとして養成される話、さらには琉球と薩摩の狭間にあって、アメリカの占領下、復帰後、戦後日本に組み込まれて、アイデンティティを喪失した奄美大島の苦悩の歴史を、大島紬の着物姿で語った後「みえざる鉄格子」の話へ。
西木氏は、ある放送局から「エスキモー」は差別用語だから使うなと言われたことを、芝生氏は「9・11」以来、ブッシュ政権への異議申し立ての出来なくなったアメリカの状況、世界貿易センタービルの事件では2000人の人が亡くなったが、その報復戦の行われたアフガンでも民間人が2000人死亡した事、イラクの湾岸戦争では広島の原爆の約10倍の人が亡くなった事などから、アメリカでは、アメリカ人の命の重さと他の地域の人々のそれらとでは、認識の仕方が物凄く違っていることなどを話した。
芝生氏は、パレスチナの詩人、モハメド・ダルビィシュの詩『忘却の記憶』、あるいは西木氏が昭和天皇暗殺計画を題材に、日韓関係について問題提起した『冬のアゼリア』などの優れた文学を例に出しながらも、それらが世界を変える力とはなっていないことから、ペンの力の限界を感じざるを得ないという問題提起をした。西木氏も、「自分たちは安全圏に身を置いている。例えば、ヘミングウェイのように、率先して身をさらしているような事をしていない」「かつてのイデオロギー対立ならば、倫理で始末できたが、民族や宗教の問題は生存本能とほぼイコールなのでなかなか解決が難しい。こういうときにこそ、哲学を含めた文学、芸術の方が力をもちうるのに、我々は怠けている」との厳しい指摘。さらに、アメリカ人ジャーナリスト、ブリンゲルによれば、ジョージ・オーウェルの描いたような世界がアメリカを初めとした先進国で現出されていることなども語られた。
話は、情報の収集、検証などにも及び、宮崎氏から、湾岸戦争以来、報道がアメリカの価値観によって切り取られたものしか入らなくなったことや、9・11 の報復に反対した唯一の女性議員が身の危険を感じて外にも出られないようなことは、社会、文化の違いではなく、どこの世界にも起きうること、西木氏からは、例えば、北朝鮮の拉致問題に関して「日本語教育が目的」というのは、過去の植民地時代に強制的に日本語を教えられていた人々が多数生存していた状況を考えると、果して鵜呑みにしていいのかという疑問があるなど、情報伝達に関する様々な問題点が指摘された。
「こうした今だからこそ、ペンの力で何をすべきなのか」。
進行役の宮崎氏の問いに、芝生氏は「ペンの力が世界を変えるとは思えないが、物書きが地道に、他の物書きを助ける」、西木氏は「今、アメリカが軍事と情報で覇権を握り、世界最強になっている。軍事力でアメリカに対抗することはできないが、メディア、あるいは一人一人のライターが、情報力でアメリカの覇権に競合できる力を」。
宮崎氏からは「IT革命後、巨大なメディアと個人がインターネットで同じ力で情報を持つことが可能になり、個人がマスメディアに対抗し、一人一人が送り手であり判断する主体となれば、ペンの力は新しい力として再生できる。オーウェルの小説を何度も引用したが、そのことからもわかるようにペンはそれだけ今、強い力を持っているのでは」と結んだ。
最後に、川村湊WiP副委員長より挨拶。「表現の方法を奪われた人々といかに連帯していけるか。こうした手作りの催しを行うことが我々の抗議の意思表示である」。
3時間半におよぶ様々な角度からの"ペンの力"への問いかけは、主催者側にも来場者側にも有意義なものであったと確信する。
(菊池道人 WiP委員会委員)
日本ペンクラブ獄中作家委員会(Writers in Prison Committee)は、毎年10月第一木曜日に東京で「獄中作家の日」シンポジウムを開催し、世界の獄中作家の支援活動を展開してきました。今年(2002年)は、はじめて東京以外の地で、大きなフォーラムを開催しました。その「日本ペンクラブ・京都フォーラム 第22回WiP(ライターズ・イン・プリズン)の日」について、お知らせします。
日本ペンクラブ・京都フォーラム文学の力、表現の冒険。
2002年10月6日(日曜日)正午開場・午後1時開演・午後4時40分終演
京都会館 第二ホール 京都市左京区岡崎最勝町13
協賛: 財団法人日本漢字能力検定協会
後援: 京都府 朝日新聞京都支局 毎日新聞京都支局 読売新聞大阪本社 産経新聞京都総局 日本経済新聞社京都支局 京都新聞社 NHK京都放送局 KBS京都 FM京都 京都府書店商業組合
協力: 文藝春秋 小学館 光文社 淡交社 光文社 白川書院
参加費: 1,000円(全席自由・作品集つき)
〜 プ ロ グ ラ ム 〜
開会宣言 今野 敏 WiP副委員長
挨拶 梅原 猛 日本ペンクラブ会長
高木壽一 京都市副市長
森 詠 WiP委員長
津軽三味線NOW 佐藤通弘
対論「縄文人から見た人類の未来」 梅原 猛・阿川佐和子
鼎談「小説の力、表現の冒険」 阿刀田高・我孫子武丸・鷺沢 萠
"獄中作家"プロフィール紹介
紹介者 宇野淑子・園田恵子・茅野裕城子・夫馬基彦
鼎談「いま問われるペンの力」 芝生瑞和・西木正明・宮崎 緑
閉会挨拶 川村 湊 WiP副委員長
総合司会 高橋千劔破 & 新津きよみ


